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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年06月08日11時51分掲載
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文化
《演歌シリーズ》(4)川内康範の愛の詩(うた)(下) 情が濡れる究極のエロス 佐藤禀一
川内康範は、心に残る愛の誌(うた)を書いた。森進一が唄った『おふくろさん』(曲・猪俣公章)は、川内と森の母親への想いをダブらせた無償の愛、慈悲の歌であることを前回書いた。
一方、情が濡れる男と女の究極のエロスを描いた詩がある。「愛というのは、最終的に情死であるということです。片方が枯れれば、もう片方も枯れていくという。(中略)愛というものは軽く扱うものではない。命を賭けるものだということを突きつけたまでさ」川内康範は、”情死”の歌を書きつづけた。しかし、「もともと作詞家を目指したことはない」のである。月刊誌や週刊誌に、恋愛小説を書き、それがラジオ・テレビでドラマ化されまた、映画化され、その主題歌のため必要に迫られ作詞したのである。『誰よりも君を愛す』(曲・吉田正)、『骨まで愛して』(曲・文れいじ)、『恍惚のブルース』(曲・浜口庫之助)、 『君こそわが命』(曲・猪俣)・…。『誰よりも君を愛す』は、『週刊明星』連載中ラジオ・ドラマ化された恋愛小説であるが、「世に言うメロドラマとは違っている」それが歌でも表現されている。
愛した時から 苦しみがはじまる 愛された時から 別離(わかれ)が待っている
日本の詩脈には、『万葉集』から別離の感傷が脈打っている。そして、相愛の男と女が、何らかの事情で別れざるを得なくなったときに川内康範は、"情死”が待っていると言う。情死とは、男と女の相対死の心中を言う。相愛の男と女がその真実を互いに示す自死のことである。これを物語にしたのは、江戸時代中期の浄瑠璃・歌舞伎の脚本家近松門左衛門である。大阪本町醤油屋の手代徳兵衛と北の新地天満屋の遊女お初が天神が森で情死した事件を題材にした『曽根崎心中』、大阪網島大長寺で心中した紙屋治兵衛と紀伊国屋の遊女小春の情死を脚色した『心中天網島』がその代表的な作品であろう。
近松作品を元に磯田正浩監督により『心中天網島』を映画にした。篠田に加えて作家の富岡多恵子、武満徹(音楽担当)が脚本を書き、前衛的な映像処理をほどこしたモノクロ映画の傑作ん一本である。死を前に、治兵衛(中村吉右衛門)小春(岩下志麻)が、墓場で情を交わすシーンは、エロスが悶えて印象的であった。死とエロティシズムなど大仰に言うつもりはないが、それを小説に描き、歌にした川内康範は、現代の近松門左衛門だと思っている。
近江俊郎が唄った『別れの磯千鳥』(詞・福山たか子 曲・フランシスコ座波)と『誰よりも君を愛す』の詩を比較してみよう。
逢うは別れの はじめとは 知らぬ私じゃ ないけれど 切なく残る この想い 知っているのは 浜千鳥
「逢うは別れの はじめとは」も凄味があるが、追憶のロマンティシズムにしか過ぎない。「愛した時から/苦しみがはじまる 愛された時から 別離(わかれ)が待っている」の凄味には、及ばない。思い出の切なさなどではなく「命かけて 誰よりも 誰よりも 君を愛す」なのである。命がかかっている。
この歌は、闇を含んだ松尾和子のハスキーボイスで、ささやくように唄われ、はじめて情死のドラマが立ち上がる。質は、違うが藤圭子、山口百恵の闇を含んだ声ならもしやとも思うが、やはり男と女の愛の行き止まりをつぶやけたのは、松尾和子をおいて他にあるまい。 この歌は、初めマヒナ・スターズでとビクターから望まれたが、川内康範は、首を縦に振らなかった。プロデュサーと作曲家の吉田正に、新宿のクラブで歌っていた無名の松尾の歌を聴かせたところ、なかなかいいと納得され、まさに、川内の眼力によって、松尾和子は、スター・ダムにのし上がるのである。青江三奈の発掘とともに有名なエピソードである。
当時(1960年代前半)ムード歌謡がブームでもあった。夜の世界を裏声で唄うコーラス和田弘とマヒナ・スターズは、”ムード・コーラス”の元祖と言える。甘いあまーいマヒナ・スターズの裏声と松尾和子の闇を含んだハスキー・ボイスが、不思議なことに、とても魅力的なハーモニーを生んだのである。
『誰よりも君を愛す』は、1960年の日本レコード大賞(第二回)にも輝いたのである、 歌詞以外の引用は、『生涯助っ人 回想録川内康範』(集英社)による。
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