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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年07月03日10時11分掲載
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外国人労働者
“新日系フィリピン人”が人身売買のターゲットに 国際移住機関(IOM)に実態を聞く
警察からの連絡を受けてTさんがある保護施設に駆けると、憔悴しきった様子の若い女性と、40代くらいの女性が、職員に付き添われてソファに座っていた。(和田秀子)
若い女性はTシャツにジーパン姿で、素足にミュール。年配の女性は部屋着のような薄手のワンピース一枚だったという。
Tさんがふたりのソファに近づくと、それまで空虚に壁を見つめていた女性たちの表情が一変した。キョロキョロと目を泳がせ、あからさまにTさんを警戒し始めたのだ。
Tさんは、国際移住機構(IOM、http://www.iomjapan.org/ )国際移住機関という国際機関で働く職員。IOMは、人身取引の被害者に対する母国への自主的帰国や、帰国後の自立支援事業などを全世界で展開しており、日本においても警察や入管から被害者保護の連絡が入ると、こうして全国各地の保護施設を訪れているのだ。
■だましの手口
Tさんがふたりにヒアリングを行ったところ、若い女性はカオリ(仮名・18歳)と言い、フィリピン育ちの“日本人”であることが分かった。40代と見られる女性はカオリの母親で、フィリピン人。ふたりは8ヶ月前にブローカーにだまされて来日し、劣悪な環境下で労働搾取を受けていたという。
カオリの生い立ちと保護されるまでの経緯をひもといてみた。
カオリは、日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた。彼女の母親は、1990年代前半に興業ビザで日本に入国し、フィリピンパブで働いていたいわゆる“じゃぱゆきさん”だ。
パブで出会った男性と結婚してカオリを出産したが、ほどなくして夫から暴力をふるわれるようになり、1歳に満たないカオリを連れてフィリピンに帰国。以後、夫から養育費を受け取ることもなく、母子はフィリピンで細々と生活を続けていた。
カオリは日本での生活を覚えていないし、日本語の読み書きもできない。しかし、物心ついたころから自分が“日本人”であることを意識し、裕福な国である日本に強い憧れを抱くようになっていた。と同時に、「父親に会いたい」という思いを募らせていたという。
そんなある日、カオリと母親は遠縁の親族からブローカーを紹介される。 聞けば、そのブローカーは、日本での父親探しや定住・就職支援を行う団体を運営しているという。 「これまで何人もの父親探しを手伝ってきた。オレたちに任せておけば悪いようにはしない。父親が見つかるまで、カオリにはウェイトレスの仕事を、母親には介護の仕事を斡旋する」 そんな甘い言葉に誘われて、ふたりはふたたび日本を目指すことにした。
当初、カオリと母親はいっしょに来日できると聞かされていたが、「日本国籍を持っているカオリが先に来日し、生活の基盤を整えたほうが、母親のビザ取得が容易になる」と説得され、結局カオリは単身で来日することになった。
到着後、カオリが連れて行かれたのは、フィリピン人女性が集団で生活するマンションの一室だった。様子がおかしいことに気づいたカオリがブローカーの男性に詰め寄ると、「おまえの仕事はウェイトレスじゃない。この女たちといっしょにクラブのホステスとして働くんだ」と告げられたという。 あまりのショックと憤りにカオリは激しく抗議したが、男や同僚の女性たちは取り合おうともせず、翌日からホステスとして働くことを余儀なくされた。
■劣悪な労働環境
カオリには一日の休みもなかった。未成年にもかかわらず飲酒を強要され、持病のぜんそくと貧血が悪化したが、医者にかかることも薬を与えられることもなかった。
渡航費という名目で大幅に天引きされた月給は、わずか4万円。そのお金さえも、まったく支払われない月もあったという。 行動の自由はなく、近くのコンビニまで買い物に行くのが精一杯。ブローカーの一味である日本人男性から、わいせつ行為を受けることもあったが、「人に言うと母国の母親に危害を加える」と脅されていたため、黙って従うしかなかった。
やがて母親も来日したが、カオリといっしょに住むことは許されず、カオリと同様に過酷な労働環境の元で搾取を受けていたという。母子はブローカーの目を盗んでケータイ電話で連絡を取り合い、来日から8ヶ月たったある日、意を決して逃亡を図る。 知り合いのフィリピン人から教えてもらった外国人支援団体に駆け込み、保護されるに至ったのだ。
■“新日系フィリピン人”は数千から数十万人
現在フィリピンでは、カオリのようにフィリピン人女性と、日本人男性との間に生まれた“新日系フィリピン人”と呼ばれる若者たちの存在が問題となっている。
彼らの母親は、日本政府が興行ビザを大盤振る舞いしていた1980年代〜2000年前半に来日し、日本人男性との間に子どもを設けたが、カオリの母親のように訳あって子連れで帰国。その子どもたちが“新日系フィリピン人”なのだ。
“新”と付いているのは、第二次世界大戦以前にフィリピンに移住した日本人とその子孫である日系人と区別するためだ。
現在、“新日系フィリピン人”は数千から数十万人いると見られており、人身売買のターゲットとして狙われるケースが増えている。 カオリのように日本国籍を取得している子どももいるが、その多くがフィリピン国籍か、無国籍のままであることも少なくない。
2008年に国籍法が改正され、父母が結婚していなくても、日本人の父が認知すれば日本国籍を取得することができるようになったのだが、残念ながらこれが「父親を探しに日本へ行こう」という騙しの口実をブローカーに与える一因となっている。
カオリのように保護されるケースは氷山の一角で、「家族に危害を加えられては困る」と思って泣き寝入りしている被害者や、「十分な知識がないため、自分が搾取にあっていることにすら気づかない人もいる」と、Tさんはいう。
■母国は、どこか?
Tさんの仕事は、人身取引の被害者一人一人に適切なカウンセリングを行い、支援を提供することだけではない。もっとも重要な任務は、被害者を安全に母国へ帰国させ、社会復帰ができるよう道筋をつけることだ。
しかし、カオリのような新日系フィリピン人の場合、「母国とはどこか?」という問題がつねにつきまとう。 日本人ではあるが日本語は分からず、就労のためのスキルもない。フィリピンに戻っても、日本国籍であるがゆえに、フィリピンの公的制度の元では保護されないケースも多い。
フィリピンでも日本でも生きる場所のない不安定な「日本人」の存在が、人身取引の一例を通して浮かび上がった。
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