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2010年08月02日14時46分掲載
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アジア
フィリピン政治の行方 民主主義と富の再配分がカギ 堀 芳枝
マニラ新聞によると、フィリピンのアキノ大統領は26日、首都圏ケソン市の下院議事堂で、就任後初の施政方針演説を行い、アロヨ前政権下における不当な予算支出を「これは犯罪ではないのか」と指弾した。いつもながらの大騒ぎの大統領選を経てフィリピン新政権が動き出したのだが、権力の所在やあり方を含めフィリピン政治の動きは外からは見えにくく、また経済も海外送金経済が構造化されたまま長年の停滞を脱しきれないでいる。そんなフィリピンの政治と民主主義の状況をフィリピン研究者の堀芳枝さん(恵泉女学園大学)に解説していただいた。(日刊ベリタ編集部)
◆親の七光り大統領の誕生
フィリピンはマルコス独裁体制(1972〜86年)をピープル・パワー(2月革命)によって追放し、コラソン・アキノ(1986〜92年)の民主主義政権を復活させた国として知られています。その後、アキノ支特派で元軍人のフィデル・ラモス(1992〜98年)、人気俳優ジョセフ・エストラーダ(1998〜01年)、元大統領を父親に特つグロリア・マカパガル・アロヨ(2001〜10年)と続き、今回5月10日に歴代15番目の大統領が選出されました。
フィリピンの大統領制は任期6年、再選禁止で、大統領は国民の直接選挙で決まります。今回は9人が立候補し、ベニグノ(ノイ・ノイ)アキノ(自由党)が選出されました。彼の父親はマルコスの政敵として83年に暗殺されたニノイ・アキノ、母親はコラソン・アキノ元大統領ですから、本人のパーソナリティよりも民主主義のシンボルともいえる親の七光りでその名を全国に轟かせ、経済界や中間層からも支持を得ました。
不思議なことに、庶民を裏切り、不正蓄財疑惑で退陣したエストラーダ元大統領が次点で、スラムから身を興してフィリピン有数の不動産王となったマニー・ヴィリヤール(国民党)と、貧困層の票を取り合いました。
また、同時に行われた下院選挙にはイメルダ夫人(マルコスの妻)、アジア人で初めてプロボクシング5階級制覇を成しと遂げ国民から絶大な人気のマニー・パッキャオも出馬し、イメルダとともに当選しました(今回大統領から下院議員に転じたアロヨ前大統領も当選しました)。今回の選挙報道では、彼らのきらびやかな経歴が政策よりも注目され、まるで有名人の人気投票のようでした。
◆ピープル・パワーからポピュリズムへ
第一に、この人気投票のような選挙の意味を考えなければなりません。公正や正義のために人々が立ち上がった「86年のピープル・パフー」は素晴らしかったのですが、やはり革命は一瞬のきらめきで、その理想を制度化して日常の議会政治で実現してゆくことは困難でした。革命後、議会には地主層が舞い戻り、アキノ大統領も地主階級出身ですから、農地改革など富の再配分を根本から変えることはできませんでした。 マルコスという独裁者を自分たちの手で追い出したという誇りと自信をつけた国民は、そこに苛立ちを感じ、選挙で「チェンジ」を求めました。とくに貧困層はカリスマ性のあるエストラーダやヴィリヤールに、あるいは単に投票したら報酬をくれる候補者に投票します,今後、フィリビンの民主主義はボビュリズムや衆愚政治(デマゴーク)に陥る危険性があります,
第二に フィリピン選挙の伝統といわれる「3G」<gun(銃))・goon(私兵)・gold(金)>、「3P」<patronage(パトロネーージ)・pay-off(報酬)・personality(パーソナリティ)>の問題がいまだに根強いということ‘です。 これを防ぐため、フィリピンでは、選挙制度で再選を禁止して権力の集中を防ぎ、NGOや市民団体も代表を議会に送れるよう、98年から政党リスト制(日本の比例代表選挙制をイメーージ)が導入されました。また、ボランティアによる選挙監視活動やワークショダプやセミナーを通して有権者教育も行われました。 しかし、昨年11月にミンダナオ島マギンダナオで選挙をめぐって57人が虐殺された事件を皮切りに、今年の1月から4月27日までに全国で約33人が死亡、統の不法所持で2千人が逮捕されています。また、04年の大統領選挙では、政府の選挙管理機関ばかりか政府公認で集計をおこなう市民団体まで、不正疑惑が発覚し、NGOや市民団体への信頼が揺らぎました。
第三に、大統領候捕者たちの政策が選挙の争点となっていません,ノイ・ノイは「汚職反対・貧困をなくそう」をスローガンに掲げ、汚職がなくなれば毎年約60億ドルを国家予算に使えると訴えましたが、汚職防止の具体的な政策や制度設計についての発言はありません。他の候補者も似たりよったりです。
◆市民社会への道
民主主義がポピュリズムや衆愚政治に陥らないために必要なことは、政治的リーダーシップと国民自身が民主主義の本質に立ち返ることでしょう。フィリピンは東南アジアのなかでもいち早く民主主義制度を導入し、50年代の経済も安定していました。ところが、70年代にマルコスー族とその取り巻きが国家資本を独占し、累積債務を膨らませて経済が停滞して以来、フィリピンが世界経済において注目されることはありません。 今や中国やインドの急成長が注目され、その先には圧倒的に人件費の安いバングラディシュがあります。そして今、東南アジアの注目株は、メコン川流域のタイ、ラオス、カンボジア、ミャン了−、中国の雲南省などであって、フィリピンではありません。
現在、フィリピンの失業率は7・4%、半失業率は18・9%(08年)、貧困率は32・9%(06年)です。約900万人(国民全体の10入に1入)が海外へ出稼へぎに出ており、送金額は76億4千万ドル、国内総生産(GDP)の約1割に相当します。 国民が海外に出稼ぎに行かなくても、仕事があり、家族が1日3回食べて、子どもが学校に通えるような収入がある社会をつくってゆくことが、政治家の任務であったはずです。それがいまだに達成されていないのは、リーダーシップの不在や制度の未発達によるところが大きいのではないでしょうか。 ノイノイ・アキノ新大統領は、マルコスー族の蓄財や、アロヨ前大統領の不正・汚職問題を追及しあきらかにするといっています。でも、イメルダもアロヨも下院議員に当選したので、時間がかかると思います。
民主主義の本質は、国民が市民として成熟し、政治参加することだと思います。二月革命の時のピープル・パワーの意義は、国民ひとり一人が公正や正義の実現のために立ち上がった点にあったはずです。そして、その成果として87年の新憲法と91年の地方政府法に「市民社会条項」が盛り込まれ、農地改革や農林分野、保健衛生や都市貧困などの分野で、政府とNGO、住民組織が政府と協力してプログラムの策定や実施に参加できるようになったのです。
フィリピンはピープル・パワーを踏まえて90年代に国家から自律した市民社会が誕生し、国家の政策を補完してきたはずでした。もし、フィリピン社会が良くなる可能性があるとすれば、この「永久革命としての民主王義」の道を進めて、富の再配分のメカニズムを解決し、経済成長を促すしかないのではないでしょうか。
経済発展が先となった中国やアジアNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ベトナムとは違った道筋をたどることになりますが、そこにフィリピンのユニークさがあるのではないでしょうか。エリートも大衆もそれを白覚したら、政治も変わるかもしれません。
(恵泉女学園大学教員)
※初出は月刊『まなぶ』2010年6月号
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