広島、長崎ともに65回目の「原爆の日」を迎えた。悲願の「核なき世界」はいつ実現するのだろうか。今年の祈念式典には国連事務総長のほか、原爆投下国・米国の駐日大使などが初めて参加した。歓迎すべき変化といえる。広島平和宣言は、非核三原則の法制化、「核の傘」からの離脱を訴え、一方、長崎平和宣言は非核三原則の法制化とともに「北東アジア非核兵器地帯」構想を提案した。これが実現すれば、「核なき世界」へ向かって大きく前進するだろう。 ところが民主党政府は自民党政権時代とは異質の大きな一歩を踏み出そうとはしない。非核三原則の法制化には乗り気ではない。「核の傘」からの離脱や「非核兵器地帯」構想には否定的である。なぜなら「核抑止力」論にこだわり続けているからである。しかし「核なき世界」への希望は失わずに持ち続けたい。
以下、広島平和宣言、長崎平和宣言、国連事務総長のあいさつを紹介する。さらに「核兵器ゼロ」実現の条件を探る。
▽ 広島平和宣言 ― 非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱
秋葉忠利・広島市長の「広島平和宣言」(2010年8月6日・大要)は以下の通り。
核兵器のない未来を願う市民社会の声、良心の叫びが国連に届いて、今回、潘基文(パンギムン)閣下が国連事務総長としてこの式典に初めて参列、また70か国以上の政府代表、さらに国際機関代表、NGOや市民代表が被爆者やその家族、遺族、広島市民の気持ちを汲み参列されている。 核保有国としては、これまでロシア、中国等が参列されたが、今回初めて米国大使や英仏の代表が参列されている。 このように核兵器廃絶の緊急性は世界に浸透し始めており、大多数の世界市民の声が国際社会を動かす最大の力になりつつある。
今こそ、日本政府の出番である。「核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」ために、まずは、非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱、そして「黒い雨降雨地域」の拡大、並びに高齢化した世界すべての被爆者にきめ細かく優しい援護策を実施すべきである。 また内閣総理大臣が、被爆者の願いを真摯(しんし)に受け止め自ら行動してこそ、「核兵器ゼロ」の世界を創(つく)り出し、「ゼロ(0)の発見」に匹敵する人類の新たな一ページを2020年に開くことが可能になる。核保有国首脳に核兵器廃絶の緊急性を訴え、核兵器禁止条約締結の音頭を取る、すべての国に核兵器等軍事関連予算の削減を求めるなど、選択肢は無限である。
私たち市民や都市も行動する。志を同じくする国々、NGO、国連等と協力し、先月末の「2020核廃絶広島会議」(注1)で採択した「ヒロシマアピール」に沿って、2020年までの核兵器廃絶のためさらに大きなうねりを創っていく。 (注1・安原記)広島市と平和市長会議が主催した会議で、世界中の都市や平和NGOが参加し、5月のNPT再検討会議後の核廃絶のための活動方針を策定した。
▽ 長崎平和宣言 ― 「北東アジア非核兵器地帯」構想を
田上富久・長崎市長の「長崎平和宣言」(2010年8月9日・大要)は以下の通り。
今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議では、当初、期限を定めた核軍縮への具体的な道筋が議長から提案された。この提案を核兵器をもたない国々は広く支持した。世界中からニューヨークに集まったNGOや、私たち被爆地の市民の期待も高まった。 その議長案をアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核保有国の政府代表は退けてしまった。核保有国が核軍縮に誠実に取り組まなければ、それに反発して、新たな核保有国が現れて、世界は逆に核拡散の危機に直面することになる。NPT体制は核兵器保有国を増やさないための最低限のルールとしてしっかりと守っていく必要がある。
核兵器廃絶へ向けて前進させるために、私たちは、さらに新しい条約が必要と考える。潘基文国連事務総長はすでに国連加盟国に「核兵器禁止条約」の検討を始めるように呼びかけており、NPT再検討会議でも多くの国がその可能性に言及した。すべての国に、核兵器の製造、保有、使用などのいっさいを平等に禁止する「核兵器禁止条約」を私たち被爆地も強く支持する。
被爆国である日本政府も、非核三原則を国是とすることで非核の立場を明確に示してきたはずである。しかし非核三原則を形骸化してきた過去の政府の対応に、私たちは強い不信を抱いている。さらに最近、NPT未加盟の核保有国であるインドとの原子力協定の交渉を政府は進めている。これは、被爆国自らNPT体制を空洞化させるものであり、到底、容認できない。 日本政府は、なによりもまず、国民の信頼を回復するために、非核三原則の法制化に着手すべきである。また、核の傘に頼らない安全保障の実現のために、日本と韓国、北朝鮮の非核化を目指すべきで、「北東アジア非核兵器地帯」構想を提案し、被爆国として、国際社会で独自のリーダーシップを発揮してください。
▽ 国連事務総長 ― 「核兵器のない世界」という夢を実現しよう
潘基文国連事務総長のあいさつ(要点)は以下の通り。
皆さんは力を合わせ、広島を平和の「震源地」としてきた。 私たちはともに、「グラウンド・ゼロ」(爆心地)から「グローバル・ゼロ」(大量破壊兵器のない世界)を目指す旅を続けている。それ以外に、世界をより安全にするための分別ある道はない。核兵器が存在する限り、私たちは核の影に怯(おび)えながら暮らすことになるからである。私が核軍縮と核不拡散を最優先課題に掲げ、5項目提案(注2)を出した理由もそこにある。
私は9月にニューヨークで軍縮会議を招集する予定である。そのためには核軍縮に向けた交渉を推進しなければならない。また被爆者の証言を世界の主要言語に翻訳するなど、学校での軍縮教育も必要である。 地位や名声に値するのは、核兵器を持つ者ではなく、これを拒む者だという基本的な真実を、私たちは教えなければならない。
今日、ここ平和記念公園には、一つのともしびが灯(とも)っている。それは平和のともしび、すなわち核兵器が一つ残らずなくなるまで消えることのない炎である。私たちはともに、自分たちが生きている間、そして被爆者の方々が生きている間に、その日を実現できるよう努めようではないか。 核兵器のない世界という私たちの夢を実現しよう。子どもたちや、その後のすべての人々が自由で、安全で、平和に暮らせるために。
(注2・安原記)5項目提案は潘氏が2008年10月、ニューヨークでの講演で明らかにしたもので、「核抑止力」論を批判した上で、次の5つの行動を提案している。 ・すべてのNPT締約国、特に核保有国が条約上の義務を果たし、核軍縮に向けた交渉に取り組む。 ・安保理常任理事国が核軍縮過程における安全保障について協議を開始する。 ・包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉を直ちに無条件で始める。 ・核保有国が自国の核兵器について説明責任を果たし、透明性を確保する。 ・他の種類の大量破壊兵器の廃絶や通常兵器の生産・取引の制限など補完的措置をとる。
<安原の感想> 国連事務総長の初参加は画期的 今年の広島平和祈念式典には駐日米大使の初参加など核廃絶に向けてさらに一歩前へ進む可能性をうかがわせる出来事があったが、なかでも国連事務総長の初参加は画期的といえる。しかも同事務総長の次のようなあいさつは傾聴に値する。 ・学校での軍縮教育も必要である。地位や名声に値するのは、核兵器を持つ者ではなく、これを拒む者だという基本的な真実を、私たちは教えなければならない。 ・自分たちが生きている間、そして被爆者の方々が生きている間に、その日を実現できるよう努めようではないか。
従来、あまり指摘されなかった軍縮教育の必要性に言及していることは新しい視点である。長崎平和宣言も「長崎は核不拡散・軍縮教育に被爆地として貢献していく」と述べている。 もう一つ、「被爆者が生きている間に、その日(核廃絶のとき)を実現しよう」という呼びかけにも注目したい。残り少ないいのちの被爆者たちへの心遣いがにじみ出ている。オバマ米大統領がチェコの首都、プラハで行った演説(2009年4月)の「核廃絶は容易ではない。私が生きている間は実現しないだろう」という逃げ道を遺した姿勢とは対照的である。
▽ 「核兵器ゼロ」実現の条件(1) ― 非核三原則の法制化を
広島平和宣言は、非核三原則の法制化について次のように述べている。 今こそ、日本政府の出番である。「核兵器廃絶に向けて先頭に立つ」ために、まずは、非核三原則の法制化を実現すべきである ― と。 長崎平和宣言も、日本政府は、国民の信頼を回復するために、非核三原則の法制化に着手すべきである、と指摘している。この非核三原則の法制化は、三原則を堅持するためには不可欠の条件といえる。
これに対し、菅直人首相はどう答えたか。広島、長崎の平和祈念式典での首相あいさつは次のようであった。 唯一の戦争被爆国である我が国は、「核兵器のない世界」の実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有している。私は、核兵器保有国を始めとする各国首脳に、核軍縮・不拡散の重要性を訴えていく。また核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、日本国憲法を遵守(じゅんしゅ)し、非核三原則を堅持することを誓う ― と。
目配りの利いたなかなかのあいさつのように見えるが、事実はそうではない。まず「行動する道義的責任」という文言は、オバマ米大統領のプラハ演説に出てくる。同大統領は次のように述べた。「核兵器を使用した唯一の核大国として、アメリカ合衆国には行動する道義的責任がある」と。演説の真似といえば、その通りだが、その非をあげつらう必要はないだろう。
むしろ問題とすべきは、「核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、(中略)非核三原則を堅持することを誓う」という文言である。 参考までに自民党政権最後の麻生太郎首相が昨2009年8月、広島と長崎の平和祈念式典で行った挨拶を紹介しよう。つぎのように述べた。 私は改めて日本が、今後も非核三原則を堅持し、核兵器の廃絶と恒久平和の実現に向けて、国際社会の先頭に立っていくことを誓う ― と。
実はこの文言は、自民党の歴代首相が毎年述べてきたもので、ほぼそのまま菅首相のあいさつでも使われた。 重要なことは「非核三原則を堅持」は偽装であること。現実には非核三原則(「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」)は崩れている。1960年の日米安保条約改定時に日米政府間で合意されたとされる核密約によって非核三原則のうち「持ち込ませず」が、空洞化している。つまり実際には核兵器積載の米艦船・航空機が日本政府との事前協議なしに日本国内に自由に出入りできるようになっている。 平和宣言が唱える「非核三原則の法制化」は、長崎宣言では今年が初めてではない。非核三原則そのものが崩れているのだから、その法制化には日本政府は拒否反応を示してきた。民主党政権・菅首相の姿勢も自民党政権時代と比べて変わる可能性は余りないだろう。
▽ 「核兵器ゼロ」実現の条件(2) ― 「核の傘」と「核抑止力」論から離脱を
広島市で開かれた原水爆禁止2010年世界大会・国際会議(8月2〜4日、外国の市民団体、政府代表、国連など国際機関代表など、27か国から70人余が参加)で採択された宣言(要点)は次のように指摘している。
・NPT再検討会議で、いくつかの核保有国は、核兵器廃絶への行程の協議などに反対し、批判を呼んだ。こうした態度の根底には、核兵器による脅迫で影響力の確保をはかる「核抑止」政策がある。「核抑止力」論は核兵器拡散の要因ともなっている。これこそ「核兵器のない世界」実現への最大の障害である。核保有国とその「核の傘」のもとにある同盟国に、これと決別するよう迫る広大な世論と運動が必要である。 ・被爆国日本が米国の「核の傘」に依存することは、アジアの平和と安全、「核兵器のない世界」の実現にとって重大な障害である。日本国憲法9条を守り活(い)かし、核兵器持ち込みを認める「密約」を破棄し、「非核三原則」の厳守により日本の非核化をめざす運動、沖縄・普天間基地をはじめ在日米軍基地の再編・強化に反対し撤去を求める運動に連帯する。
この原水禁世界大会の宣言は「核の傘」と「核抑止力」論を批判する立場であり、正論である。「核抑止」政策は、「核の傘」と表裏一体の関係にあり、いざというときに核兵器を使用することを意味している。それがどれほどの惨禍と悲劇をもたらすか、広島、長崎が余すところなく教えている。 究極の打開策はもちろん核廃絶であるが、非核三原則の法制化と並んで、<「核の傘」からの離脱>(広島平和宣言)、<日本と韓国、北朝鮮の非核化を目指す「北東アジア非核兵器地帯」構想>(長崎平和宣言)の実現も次善策として有効である。 「核の傘」からの離脱について、菅首相は「核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と広島市内での記者会見で語った。これは日米安保体制下では米軍の「核の傘」から離脱することはできないという本音を語ったわけで、被爆者たちから反撃を受けたのは当然のことである。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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