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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年08月16日00時34分掲載
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アジア
【イサーンの村から】(5) 透明な水と濁った水 森本薫子
イサーンの農家は米の収穫が1年の主な収入源になるのだが、天水に頼っているため一期作である。灌漑設備の整った中部では二期作できるし、北部の山岳地帯の水に恵まれた地域などは1年に3度も作っているところもある。イサーンの地は大昔は海だったため、深く掘ると塩が出てきてしまう。その塩害のため、大規模な灌漑設備をつくることができないのだ。地域内に川や運河が流れていたり、公共の大きな池があったりすればまだラッキーだが、それもない場合は自分の土地に池を掘ることで貯水対策をしている。雨季にたくさんの水を貯め、必要な時期に吸い上げて使えるように。
◆雨水はおいしい
今年の田植えの時期も雨が降らず、池から水を吸い上げて田んぼに入れた農家も多かっただろう。「今年は雨が降らない。暑すぎる。異常気象だ。」毎年聞くセリフのような気もするが。水を吸い上げる手段がない農家は、ひたすら雨を待つ。
タイの農村では、飲用水として雨水を利用する。雨樋から流れ落ちてくる雨を、大きな水瓶に溜めておくだけだ。ある程度の期間おいておくとおいしくなる。もちろん雨水は大気がきれいなところでしか飲めない。イサーンはまだ大丈夫なようだ。たしかに東京の水道水よりずっとおいしい。 タイを紹介するガイドブックには、雨水は飲まないようにしましょうと書いてあるけれど、JVC(日本国際ボランティアセンター)のスタディツアーでは農村ホームステイの時には皆、その家の雨水を飲んでもらうし、うちの農園に来た人たちももちろん雨水を飲む。JVCスタッフ時代から今まで受け入れたスタディツアー参加者や研修生を合わせたら200人以上になるが、水でお腹を壊した人は一人もいない。「病は気から」というのは本当で、「危ない」と思って緊張している人はお腹を壊しやすいようである。
どんな水がきれいでどんな水がきたないのか。それがわからなくなっている。透明ならきれいなのか?濁っていたら汚いのか?イサーンの家では、水浴びの水は大きな瓶に溜まっている場合が多いのだが、JVCのスタディツアーでホームステイする村でもそうで、その水は少し茶色く濁っていることがある。そして、その中にタニシがくっついていたり、ぼうふらを食べてもらうために小さな魚を入れていたりする家もある。このツアーは主に「国際協力や開発に関心のある人」を対象に行っているので、水が濁っていようとも誰も文句も言わずに水浴びしてくれる。心の中ではどう思っているかわからないが、口には出さない。 以前に私の中学時代からの友人が参加してくれたことがあった。彼女は看護師で、開発に関心があったわけではなく私がどんなことをしているかを見にわざわざ参加して来てくれたのだ。農村ホームステイの後いつものように参加者とまとめの話し合いをした時に、大学で国際協力を専攻している参加者たちが分析的な感想を述べた後に、私の友人が言った。「泊まった家の水浴びの水が茶色く濁っていて、その上、魚がいてびっくりした。ちょっといやだなぁと思ったけど、我慢して浴びた。でも、施設で金魚を飼っているのだけど、その水槽の水を替えるとき、水道水を入れてすぐ金魚を戻すと金魚が死んでしまうので少し時間をおかなければならない。透明だけど、金魚が死んでしまう水と、濁っているけど小さい魚が生きられる水って、どっちがきれいなんだろうと思った」と。彼女の言葉は自分の生活と重ねたときの素直な感想だった。もしかしたら他の参加者はそれまで、「タイの農村の水は濁っている」と割り切っていただけかもしれない。
◆「不潔で死んだ人はいない」
水が重要な地域ではどんな水でも利用する。一方、水は十分あるわけではないのに水道から出る透明の水しか使えない感覚になっている日本人。イサーン人はちょっとでも溜まっている水があれば手を洗ったりする。田んぼ、水溜り、金魚の水槽、外に放置され雨水が溜まったバケツ・・もちろん濁っている、が気にしない。手が汚れたらちゃちゃっと、ご飯の前にちゃちゃっと、洗う。そして、その手でもち米をにぎって食べる。そんなイサーン人を見てひるんでいた私だが、逆に、自分自身が水道から流れ出てきて透明でさえあれば清潔だと感じていることに気づいた。茶色く濁った泥水の池よりも、塩素がどれだけ入っていようと、透明のプールの水の方がきれいに感じている自分。「菌」というのはどこにでも存在するのだから、少々の菌がいようとそこら辺の溜まり水で手を洗ってもち米を握る方が、殺菌剤のついたウェットティッシュで拭いた手よりは安全なのかも、と今では思うほどになったけれど。イサーン人化しすぎ?
化学的な目に見えない汚染と、土や埃や生活の中に存在する菌による汚れ(?)。どちらが危ないのか。日本人から見たら「不潔」と思われそうなイサーンの生活。埃のたまった家、濁った水で洗った食器、知らない人とも使いまわしのコップ、最後にいつ洗ったかわからないタオル。でも、そこからの菌の繁殖などで病気になった人も聞いたことがない。「不潔で死ぬ人はいない」って本当だ。少なくとも・・イサーン人は、添加物たっぷりのインスタント食品や冷凍食品を日常的に食べる人はほとんどいないので、身体の中は汚染されていないのだろう。とは言っても、タイでの味の素の人気はすごいもので、今ではどんな料理にも欠かせない調味料となっているのも事実。それでも日本ほどアトピー性皮膚炎や食品アレルギーになる人の割合が断然少ないのは、普段から不思議な葉っぱたち(薬草)を食して浄化しているからか?
大雨が降って面白い現象。雨水で川や運河がいっぱいになり、道路まであふれ出すことがある。そんな時には興奮したイサーン人たちが水と一緒に上がってきた魚を捕まえるため、洪水状態の道路に踊り出てくるのだ。その楽しそうな顔といったら・・・! 子供達は泥水遊びで大はしゃぎ。もちろん「風邪引くから家に入りなさい!」なんて怒るお母さんはいない。日本では憂鬱な気持ちにさせる雨。イサーンでは、恵みの雨、歓喜の雨、興奮の雨なのである。
写真1:雨水を溜めるタンク 昔は素焼きのタンクだったのが、最近はセメント製がほとんど。素焼きのタンクの方が、水をおいしく保存できたはず。 写真2:こんなちょっとした水溜まりがあれば、イサーン人はもちろん手を洗うのにでも使います。
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雨水をためる水がめ
水たまり
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