米南部ルイジアナ州の沖合い約80キロのメキシコ湾で、4月20日、石油掘削施設が爆発し、大量の原油が流出した。地元のビジネスや環境に多大な悪影響をもたらし、鉱区の採掘権を保有する英国際石油資本BPは米国民や政治家の大きな批判の的になった。原油流出事件のこれまでを、英国の視点から振り返った。(ロンドン=小林恭子)
以下は在英邦字誌「英国ニュースダイジェスト」の最新号(8月19日号)掲載分に補足したものである。http://www.news-digest.co.uk/news/index.php
4月 20日夜、米南部ルイジアナ州沖のメキシコ湾海上にある石油掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライズン」で、大規模な爆発と火災が起きた。11人の作業員が行方不明となり(後、死亡)、22日、施設は海に沈んだ。水深約1500メートルの海底に伸びる、破損した掘削パイプから、大量の原油が海中に流れた。
石油掘削施設はスイスの会社トランスオーシャンが所有していたが、同社に作業を委託していたのは鉱区の採掘権を持つ英「国際石油資本」 BPだった。 流出を止めるための何ヶ月にも渡る戦いが始まった。
世界の各地でさまざまな石油会社が、「深海油田」(水深 300−500メートを超える海域の油田)開発のための掘削作業を日々行っている。
原油価格が高騰した2−3年前から、特に人気となっており、オバマ米大統領も、3月、新規深海油田開発を推進する案を発表したばかり。
特に穴場となっている地域の1つが「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれる、メキシコ湾、アフリカ・アイボリーコースト、ブラジルを結ぶ三角地帯の水域だ。米政府によると、メキシコ湾での深海油田用掘削施設は1992年の3から 2008年の12に増えている。
BPが採掘を委託した掘削施設は2001年に操業を開始。昨年9月、メキシコ湾の別の場所で、水深1万メートル以上の部分で作業を行い、世界最深の掘削施設として記録を作った。
海底のパイプから噴出したガスと原油の流出を止める作業には時間がかかった。 BPは、海底油井の入り口に重液、セメントを注入する「トップキル」、ドーム型装置を使って原油を海上に吸い上げる方法、セメントを流し込んで封じ込める「スタティック・キル」作戦などを実行。8月上旬には流出をほぼ止めたが、約490万バレルの原油が流出してしまった。
BPによる事故の対策費用は61億ドル(約5210億円)に上った(8月9日時点)。7月末明らかになったBPの2010年第2四半期決算は純損益が171億5000万ドルの赤字。前年同期は43億8500万ドルの黒字であったのとは対照的となった。原油事故関連で、321億9200万ドルの特別損失を計上したためだ。
しかし、悲惨なのはBPというよりも、米国の地元市民だった。メキシコ湾に接するルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、フロリダの各州の沿岸は油膜や油の塊が漂着し、海域の三分の一が漁業禁止区域に指定されたのだ。観光業や地元沿岸経済が大きな打撃を受けてしまった。
―英米関係にきしみ?
地元民や惨状を知った米国民、政治家から大きな怒りと不満の声があがった。怒りの矛先は、速攻策を打ち出せないように見えたオバマ米大統領、BP、英国(BPは現在多国籍企業だが、英国に本社を置く)だった。
特に槍玉にあがったのが、まるで事故が他人事でもあるかのように、「早く自分の生活を取り戻したい」と発言した、BPの最高経営責任者トニー・ヘイワード氏だ。オバマ米大統領が米テレビのインタビューの中で(自分がそうする立場にあれば)「私だったらヘイワードを解雇する」と発言し、反ヘイワード感情をあおった。事故処理に当たる一方で、一時英国に帰国したヘイワード氏がヨットレースを観戦したことも不評を買った。
オバマ大統領のBP批判は次第にエスカレートした。6月、ホワイトハウスの執務室からの初のテレビ演説の場を使い、BPに対し、被害を受けた地元民への保証に必要な資金を確保するよう求め、国を挙げての重要な問題であることを示した。翌日、大統領と長時間にわたって会談したBP幹部は、年内の配当見送りを発表している。株主よりも問題処理を優先するべきというのが大統領の持論だった。
6月17日、原油流出問題を巡って開催された、米下院エネルギー・商業委員会小委員会の公聴会に召還されたヘイワード氏は、7時間を越える質疑応答の冒頭に「深いお詫び」を表明した。しかし、事故原因に関して「調査中なので答えられない」などとし、議員からの反感をさらに増大させてしまった。
反ヘイワード、反BP感情が、次第に英国に対する不信感へとエスカレートしたように思えたのが、「リビア疑惑」だ。
米パンナム機爆破事件(1988年)の犯人として、事故の場所となったスコットランドで受刑中だった元リビア情報機関員が、昨年、病気を理由に恩赦となって本国に帰国した件があった。イングランド地方とは別の司法制度と議会を持つスコットランドの法曹界と政界の判断による恩赦・帰国だったが、一部の米政治家らが「BPがリビアとの油田開発計画を進めるために、恩赦となるよう英政府に圧力をかけた」と主張するようになったのだ。
7月20日、訪米したキャメロン英首相とオバマ大統領が会談し、英米両国が「特別な関係」を持つことを確認し合ったが、BPに対する疑念のまなざしは米国内で消えていないようだ。
そのほぼ1週間後、BPは、ヘイワード氏が9月末で辞任すると発表した。後任は米国出身のボブ・ダドリー取締役だ。同氏の課題は企業イメージの回復と被害補償の対応になりそうだ。被害地域に住む地元民や生活の糧を失った漁業を営む家庭にとって、まだまだ心が休まらない日々が続く。
ー原油流出事件の経緯
2010年4月20日:米ルイジアナ州ベニスの南東部から沖合い約84キロの、メキシコ湾に設置された石油掘削施設「ディープ・ウオーター・ホライズン」で、爆発事故発生。11人が死亡。 22日:36時間の炎上後、掘削施設が海底に沈む。 26日:BPが深海ロボットを使って原油の流出を止めようとするが、失敗。 30日:流出原油がルイジアナ州の海岸に表面化する。オバマ大統領が米国内での新たな海底石油掘削作業の開始を禁止する(11月末まで)。 5月2日:オバマ大統領が第1回目の現地視察。原油流出と清掃の責任は「BPにある」と発言。 8日:BPが原油が流出している掘削施設に巨大な金属製の箱を置いて流出を止める作戦開始するが、失敗に終わる。 11日:ディープ・ウオーター・ホライズンに関わったBP、施設を所有しているトランスオーシャン、設置工事を行ったハリバートンの3社が責任の擦り付け合い。 10日:BPが流出部分にゴルフボールや古いタイヤなどを詰め込む「ジャンク・ショート」作戦を開始。金属製のドームをかぶせる「トップハット」作戦の準備開始。 19日:海洋学者が流出原油が米東岸にまで流れる可能性を指摘。 26日:BPが泥を使って施設を取り外す「トップ・キル」作戦を開始。3日後、失敗したと報告。 28日:オバマ大統領が1回目の現地視察。「最後の責任は自分がとる」と発言。 6月2日:原油流出を巡り、BPに刑事責任を求めるための調査が米国で開始される。 4日:オバマ大統領が3回目の現地視察。 8日:大統領が「誰の尻を蹴るべきか」、専門家と話していると述べる。 12日:オバマ大統領が、キャメロン英首相に対し、自分のBPに対する批判は国籍とは無関係と述べる。 14日:大統領が4回目の現地視察。 15日:大統領がテレビ演説で、「BPに損害の支払いをさせる」と語る。 16日:BPが原油流出で損害を受けた人を助けるための総額200億ドルの基金を設置する、また株主配当金の支払いは今年しないと発表する 17日:BPのヘイワード最高経営責任者が原油流出をめぐる問題で、米下院の公聴会に出席し、質疑応答を行う。 7月22日:BPが、泥を入れてゆく「スタティック・キル」作戦を準備中と述べる。ヘイワード最高経営責任者の辞任が噂に。 27日:ヘイワード氏が10月で辞任し、後任は米国人幹部ボブ・ダドリー氏になることをBPが発表。BPの第二四半期の決算が発表される。 8月3日:米政府が、流出原油の規模はこれまでで最大の490万バレルと発表する。 4日:BPが「スタティック・キル」作戦がうまく行っていると述べる。米政府原油流出原油の4分の3は自然の力で「清掃」された、とする。 9日:BPが原油流出事故の対策費用が61億ドルになったと発表。
(資料:BBC他)
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