モンマルトルに瀟洒な劇場、「アトリエ座」(Theatre de l'Atelier)があります。19世紀に建造され、小ぶりながらも欧州の古典的な建築スタイルの劇場です。パリの8月はバカンスの時期、多くの人が南仏などに出かけてしまいます。しかし、そろそろ町に人も戻りつつある頃。この劇場では映画でおなじみの俳優ファブリス・ルキーニによる朗読が始まろうとしています。演目はフランスの作家フィリップ・ミュレー(Philippe Muray1945−2006)の作品です。
アトリエ座にはフランス映画でよくみかける俳優たちが出演しています。イレーヌ・ジャコブ、ロマーヌ・ボーランジェ、シャルル・ベルラン、ジェラール・ダルモン、キャロル・ブーケ、ファブリス・ルキーニなど。彼らはフランスを代表する俳優たちです。それだけアトリエ座に敬意を払っていて、ギャラの多寡は度外視してもこの伝統ある劇場に出演したいと考えているからでしょう。演出にもパトリス・ルコントのような映画監督が参加しています。
この劇場は入場料も庶民的です。公演によって多少違いますが、大体一番高い席でもせいぜい3000円〜4000円未満、一番安い桟敷席なら1000円ぐらいからあります。劇場の向いには食料品店もあり、ワインを買って劇場前のベンチで開演を待つのも悪くありません。
19世紀に建てられたこの劇場は当時、「モンマルトル座」と呼ばれていました。モンマルトルはムーランルージュでおなじみのように、場末の歓楽街でした。モンマルトル座もまた大衆向けのコメディ劇場だったのです。この劇場が現代演劇に真剣に取り組むようになったのは1922年、芸術監督にシャルル・デュラン(Charles Dullin 1885-1949)が起用されてからです。シャルル・デュランは当時のフランス演劇の実力者で、その後、アントナン・アルトーやジャン=ルイ・バローなど、多数の演劇人を育てています。
デュランは1922年に芸術監督に就任すると、「この劇場は詩と思索の劇場である」と宣言し、商業主義と決別します。この時、モンマルトル座は「アトリエ座」に名前を変えました。1940年には2代目の芸術監督にアンドレ・バルサック(Andre Barsacq)が起用されます。バルサックは多くの劇作家に会いしましたが、会うだけでなく作家の創作意欲をかき立てました。また通常の俳優だけで満足せず、人が驚くような人材を登用していきます。こうして今日のアトリエ座につながる流れが築かれていきました。1999年からローラ・ペルス(Laura Pels)が芸術監督をつとめています。
過去に上演されたものにはピランデルロ、イヨネスコ、ベケット、ベルンハルト、カミュ、ストリンドベリ、マルグリット・デュラス、ジャン=クロード・カリエール、ボーヴォワール、テネシー・ウイリアムズ、エドワード・オールビー,ハロルド・ピンター、ウッディ・アレンなどの戯曲が含まれます。
この春、アトリエ座でアンナ・ガヴァルダの小説を脚色した「私は愛していた(Je l’aimais)」を見ました。演出はパトリス・ルコント、主演はイレーヌ・ジャコブとジェラール・ダルモンです。舅(ダルモン)が息子の嫁(ジャコブ)と別荘に数日間出かける話です。嫁はその夫が家を出て行ったために精神的に追い詰められており、舅はその心の苦しみを和らげてやりたいと考えたのです。舅が過去に犯した浮気話をきっかけに、これまで表層でしかつきあっていなかった二人は対話を始めます。喜劇を得意とするパトリス・ルコントの演出だけに深刻な物語ながらしばしば笑いが起こる舞台でした。
村上良太
■アトリエ座 住所は 1, Place Charle Dullin ,75018 Paris. ホームページは http://www.theatre-atelier.com/theatre-atelier.php ■芸術監督ローラ・ペルス(Laura Pels) ボルドー生まれ。パリでパントマイムを学び、ピエール・ソーニエ(Pierre Saunier)劇団に入団。その後、ロンドンで演劇の勉強を続け、渡米。 1992年、ニューヨークの劇団を支援するためにローラ・ペルス財団を立ち上げる。200以上のボランティア組織を通して、舞台や教育プロジェクトなど650以上のプロジェクトに資金を提供した。 その公演にはモリエールの喜劇やチェーホフ作「イワーノフ」、アーサー・ミラー作「みんなわが子」「橋からの眺め」、ジョルジュ・フェドー作「耳に蚤」などが含まれる。 さらに1996年にはローラ・ペルス国際財団を創設し、英仏語圏の間の演劇交流のために資金提供を行う。ハロルド・ピンター(英)、デヴィッド・ヘアー(英)、ローラン・トポール(仏)、ジャン=クロード・カリエール(仏)などの作品が含まれる。 1999年にはアトリエ座を買い取り、芸術監督に就任した。 (アトリエ座のホームページを参照した)
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