英国生まれの経済地理学者デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey、1935−)は現在、その論文が世界で最も引用される学者の一人だそうである。そのハーヴェイの著書「新自由主義〜その歴史的展開と現在〜」(作品社)の中には、レーガン時代以後、アメリカで急速に拡大した富の格差を見事に実証するデータがいくつか紹介されている。これらのデータの出所には呪文のようデュメニル&レヴィ(Dumenil & Levy)と記されている。デュメニル&レヴィのデータにはたとえば以下のようなものがある。
1,「アメリカで最も豊かな1%の人口が保有する資産の割合」を見ると、1920年代の末、つまり大恐慌直前には48%近くの富が上位1%に偏在していた。その割合が劇的に下がったのが1970年代であり、1975年頃には22%ぐらいにまで下がっている。それはベトナム戦争終結の頃であり、アメリカが高いインフレ率を抱えていた頃だ。一方、1980年代に入ってレーガン大統領(任期1981−1989)が登場すると、流れは逆転し、80年代末には37%近くにまで盛り返している。
ちなみにインフレの加速は富の価値を相対的に下落させる。そこに資産家たちは脅威を感じた。そのとき、ポール・ボルカーが登場した。デヴィッド・ハーヴェイの著書の中にこんな一説がある。
「1970年代に二桁のインフレ率が続いていた時期、実質金利はしばしばマイナスであったが、連邦準備制度理事会の決定でプラスの水準に設定された。名目金利は一夜にして上昇し、多少上下した後、1981年7月には20%に近づいた。かくして、<その後アメリカの工場を空っぽにし、組合を破壊し、債務国を破産のふちに追いやることになる長い深刻な不況が、つまり、長い構造調整の時代>が始まった。ボルカーは、これが1970年代のアメリカおよび世界経済の大部分に見られたスタグフレーションの慢性的危機を脱するための唯一の方法だと論じた」
連邦準備制度理事会議長だったポール・ボルカーによるこの金融政策の劇的な変更はアメリカのケインズ主義的な金融政策の終焉を意味する。
2,「最高経営責任者(CEO)の報酬と給与所得者の平均値との比較」を見ると、上位10位以内のCEOの報酬の平均値は1980年頃ではサラリーマンの平均給与の200倍程度だが、2000年頃には2000倍に増えている。もう少し射程を広げて上位100位以内のCEOの平均値で見ると、1980年頃には70倍程度だが、クリントン時代(任期1993−2001)の2000年頃には600倍ぐらいにまで増えている。
3,「アメリカの累進課税の変化」を見ると、所得税の最高税率は1970年代には70%だったが、レーガン政権の末期には28%ぐらいにまで下がっている(その後、少し増えて40%になる)。 一方、最低税率は14%から11%に下げられるが、その後、15%ぐらいまで上げられる。これらはウイリアム・ロス上院議員とジャック・ケンプ下院議員によるケンプ−ロス減税法案(レーガン政権が始まった1981年に実施)による。
デュメニル&レヴィはジェラール・デュメニルとドミニック・レヴィである。二人はともにフランス国立科学研究センター(CNRS)の主任研究員であり、しばしば連名で研究を発表している。データの1は彼らの共著「階級権力の復活(CapitalResurgent)」から。2と3は彼らの研究を発表しているサイトhttp://www.jourdan.ens.fr/levy/biblioa.htm の中の、Neoliberal Income Trends. Wealth, Class and Ownership in the USAから。これらは英語の資料集である。
■フランス国立科学研究センター(CNRS)
http://www.cnrs.fr/
|