英放送界の経営陣、制作・編集幹部など千人余りが毎年参加する「エディンバラ国際テレビ・フェスティバル」(ガーディアン紙他主催)が、英スコットランドの首都エディンバラで8月27日から3日間、開催された。初日の基調講演でBBCのマーク・トンプソン会長は、公共放送と商業放送が混在する英放送界の重要性を訴えるとともに、有料衛星放送BスカイBの巨大化に大きな懸念を示した。多チャンネル化、デジタル化が進み、大きな変革期にある放送界を牛耳るのはどこか? フェスティバルでの議論を追ってみた。(英エディンバラ=小林恭子)
昨年の基調講演で、米ニューズ・コーポレーション欧州・アジア部門の会長兼最高経営責任者でBスカイB会長のジェームズ・マードック氏は、全英向けテレビ8局、ラジオ10局のほか地域放送、国際放送を持ち、ウェブサイトやビデオ・オン・デマンド・サービスでも圧倒的影響力を持つBBCの存在を「身震いするほど恐ろしい」と形容した。BBCを中心とした英国の公共放送体制を否定し、独立したジャーナリズムを保障する唯一のものとして「利益」を挙げた。
これに対する反論として、トンプソンBBC会長は今回、放送界が公共放送と商業放送の組み合わせで構成されているがゆえに競争が働くとともに、利益のみでは正当化できない企画に投資でき、結果として質の高いオリジナルの番組制作が可能になっていると述べた。
そして、BBCの国内事業の主要収入源であるテレビ受信料(年間約34億ポンド、約4380億円)をはるかに超える59億ポンドの売り上げを持つBスカイBが今後も巨大化すれば、「BBCばかりか、商業放送を含めた放送業全体を取るに足らないほど小さな存在にしてしまう」と指摘した。
会長はまた、有料テレビ市場最大手のBスカイBに対し、オリジナル番組の制作への投資を増やし、民放ITVほかの放送局の番組を放映する際には「再放映料を支払うべきだ」と、経営にまで踏み込む発言を行った。
BBC自体が、民放局や新聞社からしばしば「民業を圧迫している」とその巨大さを批判されてきた。著名タレントへの高額報酬の支払いや経営陣による高額経費使いが近年明るみに出て、事業サービスの縮小・停止、役員報酬体系の見直しなどへの圧力が高まっている。
目下の最大の注目点は、BBC運営の根幹をなすテレビ受信料体制が今後も継続するかどうかだ。現行体制は2012年末で終了となり、13年以降、大幅削減となるかあるいは制度そのものが消滅するのかは未定だ。トンプソン会長は「1ポンドの削減は英国のクリエーティブ産業が1ポンドを失うことを意味する」として、来年から始まる受信料体制の政府との交渉を前に、大幅削減がないよう釘を刺した。
一方、講演の翌日、ジェレミー・ハント文化・メディア・スポーツ相は、受信料体制の将来は「来年から交渉に入るのでなんとも言えない」が「削減を度外視しない」と述べた。政府機関の予算が平均25%削減される中、公的機関のBBCにも同様の削減が期待されていると説明した。
メディア評論家スティーブ・ヒューレット氏はガーディアンのコラム(8月30日付)の中で、トンプソン会長のBスカイB巨大化批判には一理あるとし、同局の株39%を所有する米ニューズ・コーポレーションが残りの株取得を目指していることを指摘。もし実現すれば、既に傘下の子会社を通じて英新聞市場で複数の大手紙を発行する同社を経営するマードック一家が、英メディア界でさらに大きな影響力を持つ可能性があると警告した。この事態を避けるため、政府がBBCの側に立つ、つまり受信料の大幅削減を打ち出さない可能性もあるという。
放送界を主導するのはBBCか、あるいはニューズ・コーポレーション所有のBスカイBか? 受信料交渉が始まる来年、議論が白熱化する見込みだ。
フェスティバルウェブサイト(動画他)
http://www.mgeitf.co.uk/home/mgeitf.aspx (新聞協会報9月7日号の筆者原稿に補足。)
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