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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年09月13日09時22分掲載
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中国
なぜ敦煌学者の研究回顧録まで発禁に? 文革期に正義と伝統を守った人々も紹介
中国の党中央宣伝部によって発禁にされる著作物がどれくらいの数にのぼるのか、ほとんどの場合、何の発表もないのでわからない。発禁とされた書籍で、存在が海外にも知られているものは中国の深刻な社会問題を取り上げたもので、発禁前には中国国内でも大きな反響を呼んでいた。ところが最近は少部数の専門書にまで発禁がおよんでいる。今年8月には、敦煌学者・蕭黙氏が書いた『一葉一菩提 我在敦煌十五年』が国家新聞出版署の通達により発禁となった。これは敦煌での研究生活15年を振り返る回顧録であり、初版はわずか5000部。人口比で見ればとても一般書ではない。なぜこのようは書籍にまで発禁処分が下されるのか?(納村公子)
74歳になる著名な敦煌学者、蕭黙氏は、この5月、偶然ネットで、3年前に書いた『一葉一菩提 我在敦煌十五年』が北京の『中華読書報』紙の「5月の推薦図書」に入っていることを知った。蕭黙氏はこのとき初めて20万字におよぶ著作が出版されたことを知った〔初版は今年4月、新星出版社により刊行〕。ところが、8月8日、文革時期を回想したこの本が、中央宣伝部と国家新聞出版総署によって発禁とされ、「発行を停止し、宣伝、増刷を禁ずる」とされたと知ることになる。 そのとき事件はまだ進展中で、蕭黙氏は、報道・出版の主管部門による違法行為に対し、自身のブログで厳しく抗議し、法に基づき徹底的に闘うつもりで、胡錦濤国家主席と温家宝国務院総理に上申書を提出したという。
文化部〔日本の文部科学省にあたる〕の中国芸術研究院の研究員であった蕭黙氏の表現は穏やかで、ユーモアを含めて事実を記録している。2010年4月に出版後、好評を得ていた。6月以降、数十のメディアがこの本の報道をし、『広州日報』、『新京報』、上海の『文匯報』など十数の新聞は全面を使った報道をした。この回想エッセイは十数の都市の書店で売り上げ上位ランキングに入り、敦煌関係図書の中でトップとなり、初版5000部はたちまち完売となった。
『一葉一菩提』は、文化大革命の10年を含む敦煌での15年にわたる人生を記録したものだ。その穏やかであっさりとし、ユーモアのある筆致は、氏のやさしい人柄と、優れた伝統文化の継承者であることに由来するものであり、著作は敦煌学にとって貴重な資料となっているという評価がある。
蕭黙氏は出版後、喜んで100冊あまりを購入し、友人に送った。6月のある日、蕭黙氏は、この本を読んだ北京の友人2、30人と食事をしながら語り合う約束をした。友人たちの多くは文学界や歴史学界、政治学界の第一線を退いた著名人である。
集まりの前日の6月24日、蕭黙氏が所属する文化部中国芸術研究院のある共産党副書記が彼の家を訪問した。簡単な挨拶のあと副書記はこう切り出した。 「私も何事もなければおじゃましたりしないのだが、ついさっき関係方面からの知らせがあったので、いちおうそれをお伝えしたほうがいいと思ってね。『一葉一菩提』という本を出したそうだね。もし記者会見とか座談会が開かれるとしても、あなたは出ないほうがいい」 蕭黙氏はこう答えた。「そのような会はありません。ただ友人たちが出版祝いで集まって雑談でもしようというだけです」 副書記はしばらく考えてから言った。「みなさんが来られるなら、あなたが欠席するわけにもいきませんな。それでもよく考えてお決めください。私はただ関係方面の考えをお伝えするだけですので」
蕭黙氏は、副書記がまだこの本を読んでいなかったので、簡単に内容を紹介した。この本は文革について書いているが、文革を全面否定しており、それは32年前の第11期第3回共産党全体会議で出された文革を徹底否定する決議精神に符合していると。また原稿は2008年、文化部が主管する幻術研究院主催の『伝記文学』誌に全文を12回に分けて掲載していること。文化部の出版司も文書でこの原稿を肯定しており、単行本は連載記事とまったく同じで、記事をつなげるために加筆しただけだと。また、芸術院の院長(文化部副部長が兼任)は『伝記文学』の名誉社長、名誉編集長であって、発表前に原稿を読んでもらっていると。
蕭黙氏は、副書記に明日の集まりに出席しないかと誘ったが、副書記は「その必要はない」と答えた。蕭黙氏は「もしご心配でしたら、集まりのもようを全部録音ないし録画して、その音や映像をCDに焼いて送りますから審査してください」と言ったが、それも「その必要はない」と答える。副書記はまた「おそらく関係方面の知らせは、あなたについてではなく、出席する誰かだろうと思う」と言う。
「それは誰なのか教えてください。その方に出席しないようお知らせします。失礼なやり方ですが、そちらにご迷惑をかけるわけにはいきません」 と答えたところ、副書記の返事はこうだった。「私も具体的に誰なのか知らない。あなたが考えて決めてください」
蕭黙氏はずいぶん考えた末、「大局を考慮」し、出席を予定していた焦国標氏〔元北京大学副教授。ネット上で中央宣伝部をきびしく批判したことから職位を追われる〕に電話し、当日は欠席してくれるように頼んだ。焦国標氏は、その日は教会に礼拝に行くので集まりには行かれないと答えたが、事情を聞いて当局のやり方にひどく憤慨した。蕭黙氏はしきりに謝った。結局集まりは予定通り行われ、噂を聞いてかけつけた予定外の客もいたが、参加の意志を伝えていた在職中の若い人は現れず、出版社からも誰も来ていないことを、蕭黙氏は気づいた。
8月始め、友人たちから著書を求められ、蕭黙氏はネットの書店を見たり、王府井の新華書店に行ったりして本を買おうとしたが、品切れになっていることがわかり、喜んで出版元に連絡し、すぐに重版してほしいと頼んだ。ところが出版社の人から思いもかけないことを聞かされた。社長が中央宣伝部に呼ばれ、この本を出版する経緯を尋ねられ、さらに書面の記録をとられたという。数日後、出版社の担当者が新聞出版総署に呼び出され、発禁命令を受けた。「発行を停止し、宣伝も増刷もしてはならない」と。新聞出版総署はこのとき初めて発禁になったことを知った。
『一葉一菩提』のまえがきで、蕭黙氏はこう書いている。「人と社会には多面性がある。拙著で力を入れたのは、あのねじ曲げられた社会での人間としてのプラス面をうたいあげることだった」。中央党校の杜光教授もこう寄せている。「過酷な条件のもとで発揮された人の善良さと社会の明るい一面を見落としてはならない。蕭黙氏の『一葉一菩提』は人と社会の正しい面をうたいあげ、社会に特別な貢献をした」。和平出版社の編集員、審龐暘氏もこう言っている。「大悪に満ちた歴史的場面から、民族の優れた伝統的道徳精神を取り出したことにおいて、本書は他に勝っている。これは著者が現実社会に生きる今の人々に対する貢献である」
本誌のインタビューで蕭黙氏はよい人物として描き出した人は、頼子隆、劉紹祖、鄭紹栄、白雁玲、李治安、孫一心、鍾聖祖で、いずれも県レベルの党指導者で、人間として正しい力を発揮したと紹介した。彼らは特別な状況下で人道主義の精神と、中国の伝統文化のよさを行った人々だという。著書ではまた一般の敦煌の人を描いたが、その人々の善良さによって敦煌がひどい災いから逃れられた。人々の尊敬を集める常署鴻〔1904〜1994年、画家、敦煌学者〕のことは、本書で最も力が入れられている。
「どんな社会でも主流を代表するプラス面の時代的精神が必要だ。それがあってこそ発展的動力が生まれる。こうした精神は歴史の伝統の上に築かれなければならない。歴史の蓄積である。私は災難の時代を書いたとしても、わが偉大なる民族が数千年の長きにわたって蓄積してきた正義と善良なる人間性の伝統精神は埋もれることなく、今日ではさらに貴重なものとなっている」と蕭黙氏は言った。
中国人は生きることにこだわるだけでなく、死ぬことにもこだわると、氏は言う。「死ぬからにははっきりさせる」ということだ。だが、当局は発禁について通知も話も一切ない。社会の良識と正義を守る有識者として、その精神的生命は肉体の命よりも重要であり、著作権や財産権を含む法的な権利は言うまでもない。彼らはそれをゴミのように扱い、「ウリを切るように頭を切る」ことをした。彼らにこのような権力を与えたのは誰なのか。蕭黙氏は言った。「私は必ず再版を出す。少なくとも3年、5年のうちに、長くても10年、たとえ自分が死んでもきっと再版し、必ず伝えていく。『なんじの身と名は滅びても、江河は滅することなく万古に流れる』。私の命は著作とともに続いていくのだ」
当局によって小説『如焉』を禁書とされた、その作者の胡発雲氏は友人の蕭黙氏の本が発禁になったことを知り、メールを送った。 「今回、関係組織による発禁については、私はもちろんあなたの側に立つ。またあなたのこうした恐れを知らない気概を賞賛する。長い間、発禁処分を受けた者はただ泣き寝入りをするばかり。正しさを通すためにシッポを振り哀れみを乞うことまでする。だから発禁処分が続き、ますますやりたい放題になっている。唯一の失敗はおそらく2007年初めのこと、内外ですっかり評判を落とした〔2007年1月、新聞出版署が8冊の本を発禁にする発表を行い、逆に著作物への関心が高まった〕。この数年忘れていたが、またシッポを出した。今回はあなた一人だったが、まわりの多くの人々はみんなあなたを支持している」。
蕭黙氏略歴 1937年、湖南省衡陽生まれ。中国文化部芸術研究院メンバー、建築芸術研究所の元所長、中国共産党員。敦煌の文物研究所で15年間研究を行い、現在、敦煌・トルファン学界、中国紫禁城学界顧問、伝統建築および園林学術委員会常務理事。著書に『中国建築芸術史』などがある。
原文=『亜洲週刊』2010/9/5 江迅記者 翻訳(抄訳)=納村公子
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