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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2010年11月17日23時20分掲載
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文化
【演歌シリーズ】(11)風を泣かせた詩人 石本美由紀 佐藤禀一
遠藤実、川内康範、阿久悠、三木たかしとここ数年に身罷(みまか)った作曲・作詩の演歌人の情に耳を傾けて来た。しばらくつづくであろう。今回は、石本美由紀である。
◆『悲しい酒』の詩情
ひとりぽっちに しないでおくれ
これは『みだれ髪』(曲・船村徹)の詩の一節である。「ひとりぽっち」美空ひばりが病床で詩人星野哲郎に「ぜひ入れてほしい」と依頼した情音だ。『みだれ髪』いい歌だ。この曲については、別の項で論じるが、美空ひばりが最後に歌ったのがこの曲であったことを喜ぶ。『愛燦燦』(詩・作曲・小椋佳)や『川の流れのように』(詩・秋元康 曲・見岳章)だけでは、淋しすぎる。
一人ぼっちが 好きだよと 言った心の 裏で泣く 好きで添えない 人の世を 泣いて怨んで 夜が更ける
ぽっちとぼっちの違いはあるが、“一人ぼっち”美空ひばりの歌の底に漂う深い孤独感であろう。『悲しい酒』の石本美由紀の“一人ぼっち”が『みだれ髪』の星野哲郎の“ひとりぽっち”に重なる。 人は、誰もがひとつやふたつの切ない別れを経験している。石本美由紀の『悲しい酒』の詩は、そうした別離の感傷を揺らめかせている。「飲んで棄てたい 面影」「好きで添えない」人を追って、聴く人それぞれの“一人ぼっち”にダブる詩音である。だから、人の心に垂直に染みる。
「詩先」が曲づくりの基本であった時代にあって、作詩家は、作曲家にインパクトを与え、歌い手の心をわしづかみにする情話を紡がなければならない。いい詩があって、初めて曲・編曲・歌声がひとつになる。『悲しい酒』は、石本美由紀の詩が、古賀政男の想像力をかきたて喩えようもない情音を沸きたたせた。 『悲しい酒』は、昭和35年北見沢惇に供されたが、25歳という若さで逝ってしまい消えかかっていた曲だが、様々な曲折を経て6年後の41年美空ひばりが歌って大ヒットするのである。
「ああ 別れたあとの心残りよ/未練なのね/あの人の面影/淋しさを 忘れるために/飲んでいるのに/酒は今夜も 私を悲しくさせる/酒よ/どうして どうして/あの人を/あきらめたらいいの/あきらめたらいいの」
当初、この台詞は、入っていなかった。ひばりのアイデアで石本が書き加えた。このことは、石本自身が語っている。
ひとり酒場で、飲む酒は 別れ涙の 味がする
佐伯亮がギターによる前奏に哀愁を滲ませて編曲。美空ひばり29歳で歌い始め、年齢を経るにしたがって歌う時間が長くなり“一人ぼっち”感が深くなる。別れ、なかでも最愛の肉親をつぎつぎと失ったことと無縁ではあるまい。そして、「ひとりぽっちに しないでおくれ」と歌ってこの世に別れていった。
◆美空ひばりとの出会い
詩人石本美由紀と歌手美空ひばりとの出会いは、石本47歳、ひばり17歳、昭和29年。曲は、上原げんと作曲の『ひばりのマドロスさん』『さよなら波止場』である。このトリオで『君はマドロス海つばめ』『港町十三番地』……とマドロス、波止場ものでつぎつぎとヒットをかっ飛ばす。中でも石本がひばりに供した詩で私の心をとらえてはなさない曲は、『哀愁波止場』である。
「夜の波止場にゃ 誰ァれもいない/霧にブイの灯 泣くばかり/おどま盆ぎり盆ぎり/盆からさきゃ おらんと……/あの人の 好きな歌/波がつぶやく 淋しさよ」
船村徹作・編曲、詩も旋律も哀しい。石本美由紀は、すっと心をよぎる情感を言葉に託し、愛(エロス)の思い出を潜ませる。“哀愁”という言葉がピタリとはまる作詩家だ。船村徹の旋律もそうだ。二人の感傷が、美空ひばりの澄んだそれでいて哀しみに震える裏声(ファルセット)に溶ける。『哀愁波止場』は、美空ひばりの表現力を開花させた曲でもある。
◆都はるみとの出会い
都はるみの歌にも石本美由紀の忘れがたい詩がある。
「別れることは 死ぬよりも/もっと淋しい ものなのね/東京をすてた 女がひとり/汽車から船に 乗りかえて/北へ ながれる/夜の海峡 雪が舞う」
猪俣公章作曲・竹村次郎編曲『おんなの海峡』である。故郷を棄て東京へ東京への時代に、一人の女を北に向かわせ寒風に身を晒させた。都はるみの声と肉体が共鳴し、切ない風となって吹き抜ける。
◆ちあきなおみとの出会い
歌い手は、詩と旋律に心をまかせ、感情を移入して歌をつくる。詩の人生に己が体験を重ねる。詩の人生を演じる。旋律を血の心に流し込む。感情移入の方法は、さまざまである。しかし、多情は、聴く者を鼻白ませる。例外もある。「いつものように 幕が開き」開幕が妖しい。この多情が聴く者を引きずり込む。そう『喝采』(詩・吉田旺 曲・中村泰士)のちあきなおみである。この妖しさをコロッケがデフォルメして真似てみせた。『さだめ川』『酒場川』『矢切の渡し』ちあきなおみの多情に船村徹の旋律、石本美由紀の詩が睦んだ名曲だ。
道行(みちゆき)――相思相愛の男と女が死をも見つめた行き場のない旅――を詩った『矢切の渡し』。「つれて逃げてよ……/ついておいでよ……」この頭の二人の会話をどう表現するかに、歌の良し悪しがかかっている。後に、細川たかしが朗々と実に楽しそうに張りのある高音で歌いヒットさせたが、とても道行の歌とは思えない。「北風が泣いて吹く」「揺れながら艪(ろ)が咽ぶ」小さな渡し船の中で二人が身を寄せる。ちあきなおみは、男への想いを深々と沈めそっとささやき、男は、何があっても離さないという決意をつぶやく。そして、これ以上泣けないという情を込め、しかし、希望は、捨てないという情(こころ)を歌う。ちあきなおみは、唯一多情を武器に、歌を昇華させた歌手だと思っている。
このなおみの『矢切の渡し』に心を留めた役者がいた。梅沢富美男は、この歌で妖艶に踊って“下町の玉三郎”ともて囃された。ちあきなおみの多情な『矢切の渡し』が、梅沢の舞に色香を匂わせたのである。 石本美由紀は、なおみの個性にあわせ情が泣く詩を供したのである。
◆風の詩人石本美由紀
「風が泣いてる 夕風夜風」(『逢いたいなァあの人に』歌・島倉千代子 曲・上原げんと)「窓に夜明けの 風が泣く」(『長良川艶歌』歌・五木ひろし 曲・岡千秋)そして、「北風が泣いて吹く」(『矢切の渡し』)石本美由紀の風は、よく泣き、それぞれの詩情に吹き渡る。でも、泣かせてばかりいたのではない。 「晴れた空 そよぐ風」(『憧れのハワイ航路』歌・岡晴夫 曲・江口夜詩)「風がそよそよ 南の風が」(『長崎のザボン売り』歌・小畑実 曲・江口夜詩)さわやかな風もそよそよとそよいでいる。(敬称略)
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