イラストレーター・画家・絵本作家のトミー・アンゲラー(Tomi Ungerer 1931〜)が来年3月末まで「ポリトリックス(Politrics)」と銘打った美術展を開催している。公開されているのはこれまでにアンゲラーが描いた政治をモチーフにしたポスターやイラストなど。開催場所はフランスのストラスブールにあるトミー・アンゲラー美術館だ。
http://www.tomiungerer.com/politrics/ アンゲラーは「すてきな三人ぐみ」や「ムーン・マン」など140冊以上の本を作り、その多くが世界各国で翻訳出版されている。しかし、セックスと機械をモチーフにした大人向けの風刺画集「フォーニコン」(FORNICON)を出版したことで批判を浴び、アメリカの図書館から子供向けの作品まで追放されるという憂き目にもあっている。
彼の政治の原体験は生まれ故郷アルザスでのナチ体験だった。アルザス地方はフランス領とドイツ領の間を行き来する歴史的な経緯のある街である。1931年生まれのアンゲラーは少年時代にナチに迎合する大人たちを垣間見た。アルザス地方は第一次大戦後、フランス領に併合されたため、アンゲラーが生まれた時はフランス領だった。しかし、ナチスドイツの台頭で1940年に今度はドイツに併合されたため、小学校ではフランス語が禁止されることになった。しかし、戦後は再びフランスに併合されている。
1956年に彼は「60ドルの所持金とスケッチと原稿が詰まったトランクを手に」ニューヨークに渡った。出版社ハーパー&ロウの児童書の編集者アーシュラ・ノードストロムと出会ったのが機縁となって絵本を次々と出版し、一躍スターダムの道に。
1962年にはベトナム反戦運動や黒人差別撤廃を目指す公民権運動にも画家としてコミットした。今回の「政治」展も、この頃描かれた作品が多数公開されているようだ。黒人と白人が互いに相手の足を齧りあっているポスターもその1枚である。この年にはベルリンで展示会を開き、社会民主党(SPD)のヴィリー・ブラント党首や作家のギュンター・グラスにも出会っている。
余談だが、ギュンター・グラスも少年時代をドイツとポーランドの両国の狭間の町、ダンツィヒ(グダニスク)で送っている。バルト海に臨む古都ダンツィヒは第一次大戦後にポーランドの管轄地となったが、ナチの台頭でドイツ管轄下に併合され、ドイツの敗戦時には焼け野原になり住民の90%が死ぬか、遠隔地に避難する運命にあった。さらに戦後はポーランド領になった。
話が脇にそれたが、トミー・アンゲラーは次第に右傾化するアメリカを去り、カナダ、アイルランドなど国境を次々と越えながら創作活動を続けてきた。これまで人種差別、ファシズム、核兵器などに反対しており、さらに欧州の統合、特にドイツ・フランス間の関係改善に画家としてコミットしてきた。
タイトルの「ポリトリックス」という言葉は「政治」と「ごまかし(トリック)」の造語なのだろう。
■ニューヨークタイムズ編「NYT新聞アートの40年」 ミルトン・グレイザー、アル・ハーシュフェルド、ローラン・トポール、ジュールス・ファイファー、ブラッド・ホランド、アンジェイ・デュジンスキ、マイラ・カルマン、ロナルド・サールなど、錚錚たるイラストレーターの作品が登場する。トミー・アンゲラーの作品も登場。論説・オピニオンページを彩ってきた漫画、イラスト、デザインが10分の映像で紹介されている。
http://www.nytimes.com/interactive/2010/09/25/opinion/opedat40-illustration.html 1970年9月にニューヨークタイムズは新聞漫画を一新し、新聞独自の新しい表現を探求し始める。それは60年代にアングラ誌で活躍したイラストレーターのジャン=クロード・スアレズ(Jean-Claude Suares)をアートディレクターに起用したことに象徴される。スアレズは言う。 「新聞アートは漫画よりもシュールレアリスムやダダなどの美術からインスピレーションを受けるべきだし、単なる挿絵というより見る人の感情を揺さぶる独立した作品であるべきだ」 またエディターのニコラス・ブレックマンは「政治アートは普段我々が当たり前に見ているものに違った視点から光を当てるものだ」と話している。
■絵本「すてきな三人ぐみ」(トミー・アンゲラー作) クリスマスプレゼント用に都内の書店で売り出されているのを見たがまさに贈り物にふさわしい一冊。
http://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=16
村上良太
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