昨年に続いて本年も沖縄の米軍基地問題は最大のテーマであり続けるだろう。沖縄県民の声は明確である。県知事をはじめ反基地の姿勢で一貫しているといえるのではないか。問題はメディアの対応である。沖縄紙と主要大手紙の2011年元旦社説を読んだ。 浮き彫りになったことは、沖縄紙が「基地依存」からの脱却を唱えているのに対し、本土の大手紙は冷淡すぎる。沖縄県民の民意を正当に評価しようとする姿勢はうかがえない。むしろ沖縄の悲願に背を向けている印象である。その背景には日米安保体制がある。日米安保の呪縛から脱出しない限り、沖縄の正当な反「米軍基地」への展望はみえてこない。
▽ 沖縄紙が米軍基地問題で発信したこと
まず沖縄のメディアは新年を迎えて米軍基地問題で何を発信しているのか。年末と元旦の琉球新報社説(見出しと社説の要旨)を紹介する。
*2011年元旦付=新年を迎えて/「豊かな沖縄」づくり元年 「発展の鍵」は県民の手に 2011年。沖縄の未来を決める「転機の年」を迎えた。 21世紀も10年が経過したものの、沖縄には「戦争の世紀」とも呼ばれた20世紀の残滓(ざんし)や垢(あか)が、いまだにこびりついている。 その残滓や垢を落とし、新世紀にふさわしい夢と希望、活力にあふれる「豊かな沖縄」づくりに挑む。その始動の年としたい。
昨年は、普天間飛行場返還・移設問題を中心に、迷走する政治に翻弄(ほんろう)された沖縄だった。 沖縄経済は長く「基地依存経済」と言われてきた。しかし、いまでは基地から得られる利益や配分、経済効果は、すでにフェンスの外側の民間経済に比べ大きく劣化している。 実際に過去の基地返還跡地の経済波及効果は、基地時代に比べ那覇新都心(米軍牧港住宅地区)で12倍、小禄金城地区(那覇空軍・海軍補助施設)で30倍、北谷桑江・北前地区(ハンビー飛行場など)では208倍に上る。 県内の米軍基地が全面返還された場合は、経済波及効果は2・2倍。沖縄経済の規模が倍増するとの県議会試算も公表されている。 今、沖縄経済は、米軍基地に支配された「20世紀の呪縛」を解き、沖縄が持つ豊かな土地、資源、労働力を民間でフルに活用し、「豊かな沖縄」を実現する時を迎えている。
「政府依存、政府任せの沖縄振興計画の限界」が指摘される中、地方主権を先取りする知恵と意思、構想力が県民に求められている。 復帰40年を前に、すでに県内には多くの優れた社会・産業資本が整備されている。課題はその利活用。整備重視から県経済の「成長のエンジン」となる資本をいかに始動・発進し活用するか。「発展の鍵」は県民が握っている。
*2010年12月31日付=2010年回顧/喜びと怒り味わった年 うそのない政治へ変革を
日本漢字能力検定協会が発表した、今年の世相を1文字で表す漢字は「暑」だった。沖縄の立場からはひとくくりに言い表せない。 国内政治なら「欺」という文字で表現できる。昨年の衆院選直前、民主党代表だった鳩山由紀夫氏は「(普天間飛行場は)最低でも県外移設が期待される」と言明した。ところが首相に就任すると、その主張はどんどん尻すぼみになる。 4月25日に読谷村で「米軍普天間飛行場の早期閉鎖・返還と、県内移設に反対し、国外・県外移設を求める県民大会」が9万人(主催者発表)を集めて開かれたにもかかわらず、5月には「普天間の代替地はやはり県内、より具体的には辺野古の付近にお願いせざるを得ない」と姿勢を転換した。結果的には自公政権と大差ない。 しかも理由に挙げたのが根拠に乏しい「抑止力」だ。普天間飛行場には十数機の固定翼機と三十数機のヘリが常駐しているとされるが、訓練などでたびたび国外に派遣されており、実質的にもぬけの殻同然になることも少なくない。「抑止力」論は、基地を沖縄に置き続けるために後から取って付けた理屈にすぎない。 安全保障に対する知識も信念もないまま、甘言を弄(ろう)しただけだった。普天間飛行場の県外・国外移設を期待して民主党に投票した多くの県民からすれば、詐欺に遭ったに等しい。揚げ句の果てには、成立時に民主党が反対した米軍再編推進法を盾に、再編交付金をちらつかせて名護市に辺野古移設の受け入れを迫る始末だ。 (中略)11年は誰もが笑顔で幸せに過ごせる年であってほしい。
<安原の感想> 「欺」に終始した民主党政権への怒り 琉球新報社説は年末の2010年回顧では国内政治について「欺」という文字で表現できる、と書いた。米軍普天間基地に関する民主党政権の当初の公約「県外移設」から「県内移設」に腰砕けになったことを指している。この怒りは当然である。しかも「抑止力」論について「基地を沖縄に置き続けるために後から取って付けた理屈」と断じている。これまた当然であろう。 一方、元旦社説では「基地依存経済」から脱却しつつある現状と展望が具体的な数字の裏付けによって示されている。しかも沖縄の「発展の鍵」は県民が握っている、と明言している。脱「米軍基地」の沖縄を創っていく主人公はほかならぬ沖縄県民だという宣言と受けとめたい。地方主権の実践である。
▽ 沖縄からの発信に大手紙は応えているか
大手紙の元旦社説(見出しと要旨)を以下に紹介する。 肝心なことは沖縄からの反基地への発信に本土の大手紙がどう応えているかである。結論を言えば、正面から受けとめる姿勢は残念ながら見受けられない。むしろ目立つのは沖縄の反基地という民意に応えるのではなく、背を向ける姿勢に終始していることである。
(1)東京新聞=年のはじめに考える 歴史の知恵 平和の糧に 日本は第二次世界大戦の惨禍から学んだ人類の知恵ともいえる「戦争放棄」を盛り込んだ憲法九条を擁し「核なき世界」を先取りする「非核三原則」、紛争国に武器を輸出しないと宣言した「武器輸出三原則」を掲げてきました。 これらは今後、国際社会に日本が貢献する際の足かせではなく、平和を目指す外交の貴重な資産です。紛争国に武器を与えない日本だからこそ自衛隊の国連平和維持活動参加が歓迎されるのです。 脅威や懸念には米国など同盟国、周辺国と連携し現実的に対応しながらも、平和国家の理想を高く掲げ決しておろそかにしない。 そうした国の在り方こそ、世界第二位の経済大国の座を中国に譲っても、日本が世界から尊重され続ける道ではないでしょうか。
<安原の感想> 憲法九条は平和外交の貴重な資産 戦争放棄と憲法九条、非核三原則、武器輸出三原則は日本の平和外交の貴重な資産という認識には同感である。ただ気にかかるのは「脅威や懸念には米国など同盟国と連携し現実的に対応」という表現である。米国など同盟国を無批判に肯定することは戦争のための軍事同盟である日米安保体制を容認することにほかならない。これでは社説の主張する「平和国家の理想」と矛盾しており、沖縄の反基地という心情との距離は縮まらないのではないか。
(2)朝日新聞=今年こそ改革を 与野党の妥協しかない 長い経済不振のなかで、少子高齢化と財政危機が進む。先進国の苦境を尻目に新興国は成長軌道へ戻り、日本周辺の安全保障環境が変化しだした。政治はこれらの難問に真剣に取り組むどころか、党利党略に堕している。そんなやりきれなさが社会を覆っている。 危機から脱出するにはどうするか。迷走する政治に、あれもこれもは望めまい。税制と社会保障の一体改革、それに自由貿易を進める環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加。この二つを進められるかどうか。日本の命運はその点にかかっている。 思えば一体改革も自由貿易も、もとは自民党政権が試みてきた政策だ。選挙で負けるのが怖くて、ずるずる先送りしてきたにすぎない。民主党政権がいま検討している内容も、前政権とさして変わらない。どちらも10年がかりで進めるべき息の長い改革だ。 だとすれば、政権交代の可能性のある両党が協調する以外には、とるべき道がないではないか。たとえば公約を白紙に戻し、予算案も大幅に組み替える。そうした大胆な妥協へ踏み出すことが、与野党ともに必要だ。
<安原の感想> 沖縄の反基地路線から遠のく 民主党政権への失望感は果てしなく広がっている。その背景として朝日社説は税制と社会保障の一体改革、さらに自由貿易の先送りを挙げている。果たしてそうだろうか。先送りではなく、民主党が自民党政権時代の市場原理主義(=新自由主義)路線、すなわち対米従属と日米安保への執着、大企業優遇(法人税引き下げなど)に限りなく接近しつつあるためではないのか。 しかも社説は民主党と自民党との事実上の連立のすすめを説くに至った。これでは沖縄の反基地路線から遠のくほかない。朝日は沖縄を見捨てるのか。
(3)毎日新聞=2011 扉を開こう 日本の底力示す挑戦を 日本を元気にするために、次の課題について一刻も早く道筋をつける必要がある。 ・経済の再生と地方の活性化。日本の創造性と魅力(ソフトパワー)を鍛えること ・日米同盟を揺るぎなくする一方で日中関係を改善すること ・子育てにも若者にも最大限の支援をすること ・消費税増税を含めた財政再建 ・創造的で人間的な力のある若者を育て科学技術や文化の振興をはかること 軍事力や経済力のハードパワーに対してソフトパワーの基本は人々を魅了するところにある。文化や価値観、社会のあり方などの魅力により観光や留学、就業などの形で外国人を引き寄せる。それが外交や安全保障、経済再生にもつながる。 ソフトパワーの領域に限らない。重要なのは人々の元気と底力を引き出す仕掛け人を生み育てていくことだ。
<安原の感想> 沖縄の反基地にこそ「日本の挑戦」を 扉を開こう 日本の底力示す挑戦を、という問いかけ自体には賛成である。しかし読み進むにつれて「待てよ」という印象が深まってくる。沖縄の反基地にこそ「日本の挑戦」を、という趣旨かと思ったのは、当方の勘違いであった。 ソフトパワーの重要性を強調したいのであれば、ハードパワーからの転換が不可欠ではないか。ところが「日米同盟を揺るぎなくする」とハードパワーの典型、日米安保(軍事同盟)に執着している。これでは肝心の沖縄の反基地の姿勢は視野から消えるほかないだろう。
(4)読売新聞=世界の荒波にひるまぬニッポンを 大胆な開国で農業改革を急ごう 懸念すべき政治現象の一つが、日本の存立にかかわる外交力の劣化と安全保障の弱体化である。それを如実に示したのが、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件と、メドベージェフ露大統領の北方領土視察だ。 人権尊重、法の支配、民主主義という国際的な規範を無視し、あるいは軽視する、これらの「異質」な周辺国からの圧力や脅威に対抗するには、強固な日米同盟が不可欠だ。 自国の安全は自らが守る決意と、それを裏付ける防衛力の整備という自助努力の上で、日米同盟関係を堅持し、強固にする。菅首相はこの基本をきちんと認識しなければならない。 同盟強化のためには、沖縄県にある米軍普天間飛行場の移設問題を、できるだけ早く解決しなければなるまい。 再選された仲井真弘多(なかいまひろかず)知事の理解と協力を得るには、米軍施設の跡地利用、地域振興の具体策とともに、沖縄の過重な基地負担を軽減する方策を示す必要がある。菅首相自ら先頭に立って知事と県民を説得しなければならない。
<安原の感想> 「日米同盟の強化が必須」に固執 読売社説の見出しは「大胆な開国で農業改革を急ごう」となっているが、主眼は「日米同盟の強化が必須」という主張にある。読売は早くからその主張に固執してきた。迷いなく一貫している。見上げた姿勢というべきかも知れないが、そうはいかない。 「菅首相よ、先頭に立って沖縄県知事と県民を説得せよ」という姿勢は、反基地という沖縄の民意を無視するものである。菅首相もこれには有り難迷惑ではないのか。日米安保のような二国間の軍事同盟は世界的に観て、もはや時代遅れの遺物になりつつあることを指摘しておきたい。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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