11日、ロンドンの記者クラブ「フロントライン・クラブ」で、「ウィキリークスはジャーナリズムに鏡をかかげているのか」という題で、メディア関係者が議論するイベントがあった。内部告発者からの大量の一次情報を匿名で掲載するウィキリークスの登場で「ジャーナリズムが大きく変わった」という見方が出る一方で、その「影響の判断には長い年月がかかる」とする慎重な声も出た。(ロンドン=小林恭子)
「フロントライン・クラブ」は放送・映像ジャーナリズムに主眼をおく、ジャーナリストたちのクラブだ。クラブを発足させたボーガン・スミスは、現在、スウェーデンでの性犯罪容疑で逮捕された後、保釈中のウィキリークス創始者ジュリアン・アサンジに居住地を提供している。
以下はこのイベントで筆者が取ったメモの採録である。実際の議論の模様は以下の動画で見れる。
http://frontlineclub.com/events/2011/01/on-the-media-wikileaks---a-mirror-for-journalism.html
動画を再視聴して間違いがないかどうかを確認していない段階での採録であることを、どうかご了解願いたい。
出席者は:司会が、アルジャジーラ英語放送のプリゼンターの一人、リチャード・ギズバード。これに、タイムズのコラムニスト、デービッド・アーロノビッチ、アサンジの弁護士(メディア専門)マーク・スティーブンスM、ガーディアンの副編集長イアン・カッツ、ロンドン市立大学の中にある調査報道の研究所「センター・フォー・インベスゲティブ・ジャーナリズム」のディレクターのギャビン・マクフェイデ ンである。(以下、すべて敬称略。)
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―「文化の衝突」
司会:米誌「バニティー・フェア」の記事によれば、アサンジとガーディアン側との間に「対立」ができた、という。これはジャーナリズムの編集上の対立か、それとも個人のパーソナリティーが衝突したのか?
イアン・カッツ(ガーディアン):雑誌が書いたほどの対立はなかったと思う。もっと複雑な話だ。昨年3月、アサンジの弁護士マーク・スティーブンスと一緒に席に着き、6時間ぐらい、話し合ったのは確かだ。
この時、独シュピーゲルの記者もいたかな?そこで、どうやってこれから巨大な情報を公開してゆくかを相談した。同時に情報を一斉公開することで合意した。アサンジは欧州の媒体を入れたがっていたので、ルモンドなども入れることにした。
この共同作業は本当にすばらしいもので、数ヶ月続いた。緊張関係はあったかもしれないが、同時に、学ぶことが多かった。
ウィキリークスはネット媒体で、国境を越えて情報を出すという力がある。当局が容易には抑制できない。データジャーナリズムでもある。私たちは古い新聞ジャーナリズム。扱うデータが非常に多くて、多くの記者が関わった。巨大な量の情報を見て、これでどうやって、情報源を守ったらいいのだろう、と考えた。
最後は、文化の違いが出たと思う(ガーディアンとウィキリークスの間で)。
昨年の夏に出たアフガン戦争ログだが、ウィキリークスが持っていたのは生データ。このデータが引き起こすリスクへの考慮がなかった。そこで、いわばガーディアンに情報の精査などをアウトソースした。
―「ジャーナリズムのやり方を変えた」
マーク・スティーブンス(アサンジの弁護士):まあ、大体そういうことだった。ウィキリークスは、これまでのジャーナリズムのやり方を変えたと思う。大きな変化だ。(対立や衝突が起きたのは)家族だったらストレートに本音を言えるが、他人同士だとなかなかそうはいかないから。これまでに、メガリークで誰一人、危害にあった例はないと思う。私は、一連の情報が、過度に機密情報として分類されていたのではないかと思う。ほとんどが公開されてしかるべきものだった。社会のためになるのだから。
―「ガーディアンがアサンジを飼育」
デービッド・アーロノビッチ(タイムズのコラムニスト):一言で言えば、野獣のアサンジを、ガーディアンが飼育したのだと思う。一人の米兵(マニング)がクーデターを起こし、巨大なデータを外に出した。これは一回こっきりの話かもしれない。その影響が何なのか、まだ結論を出すのは早すぎる。もっとこういう種類のデータが外に出るのかどうかは分からない。話は、(アサンジがガーディアンに来たのではなく)、ガーディアンがアサンジにアプローチしたのだろうと思う。ガーディアンはゲイトキーパー(門番)の役目を果たしたのだろうと思う。それと、バニティー・フェアの記事は、ガーディアン側の取材でできたものだった。(弁護士のスティーブンス、「そうだ。こちらには全く取材がなかった」と声を出す。)
アサンジは、自分は生情報を出す側にいて、ガーディアンがゲイトキーパーの役を果たすと言っていた。ジャーナリズムの面からとても面白い現象だ。ある女性ジャーナリストが言っていたが、すべてのジャーナリストはその手段を正当化できない、と。つまり、記事を作るためには、いろいろな手段を使うのだ。ガーディアンはアサンジを使ってそうした。アサンジでなければ、情報はガーディアンに来なかった。次の新たなウィキリークスの類似サイトがガーディアンと協力するかどうかは分からない。一回のみの現象かもしれない。
―「津波のような情報量」
ギャビン・マクフェイデン(「センター・フォー・インベスゲティブ・ジャーナリズム」―CIJ―ディレクター):巨大なデータの堆積はまるで津波のようだった。ウィキリークスは2007年から活動を開始したが、ケニア、南アフリカ、世界中から情報が集まる。集まりすぎて、人材が足りないぐらい。巨大な量の情報がたくさん入ってくる。毎日だ。情報が集まるのは、リーク者が安全な場所だと思うからだろう。内部告発サイトとしては、ウィキリークスは最高に成功したサイトだと思う。最も効果的に、世界の腐敗に説明責任を持たせることができるサイトだ。
スティーブンス(弁護士):ウィキリークスが情報を出しても、それが自分の国に関係ない限り、報道機関は見逃してきた。優れたジャーナリズムはウィキリークスから出てくる。外交公電の公開でも、真実が出た。外交は嘘が多い。公開されたものが真実を表す。これが本当の話だ。(リーク情報を元にしたなど)ジャーナリズムがきれいごとではないことは、この部屋にいるみんなが知っている。
マクフェイデン(CIJディレクター):ニューヨーク・タイムズはガーディアンとは異なる報道を行った。タイムズが出したのは、ほんの一部のみだ。ガーディアンに比べて10分の1だ。米国の報道機関はあまり報道していなくて、ニューヨークでは出ていても、私がシカゴに行ったとき、全く見かけなかった。イラク戦争の戦闘記録の情報を出したときも、英国のテレビでこれを取り上げて放映したのは民放チャンネル4の「ディスパッチ」だけだった。ニューヨークタイムズは最小限の情報しか出していないし、米国のメディアはウィキリークスやアサンジに批判的だ。
アーロノビッチ(コラムニスト):先ほど、情報の公開で「死んだ人はいない」という発言があったが、実際は分からないと思う。公電の公開でもいろいろなことが起きているのだし。ガーディアンの社説にも、一定の情報は公開して欲しくないと思っている、と書かれていた。つまり、敵に渡ったら好ましくない情報や、テロを起こすような情報だ。
しかし、何が公開するべきで何を公開しないかを、一体誰が決めるのだろう?どうやって決めるのだろう?政府の全員が大うそつきだ、いやそうじゃないというのは、不毛の議論だと思う。そこで、実際にはガーディアンが、自分たちの判断で、やりたいように情報を選択して出している。しかし、その選択が正しかったかどうかを一体どうやって検証するのか?司法の場か?報道の自由に司法が介入といえば、みんなが大騒ぎをしてしまう。
スティーブンス(弁護士):アサンジは、公開前に、米政府や英国の国防通知担当者にコンタクトをとっている。人の命を危険にさらす情報や、軍隊の実際の動きに関する情報に関しては、考慮する、と言っている。
マ クフェイデン(CIJディレクター):私の経験では、センターの私のところに、ある女性から電話がかかってきた。数人のアフガン人の子供たちの名前を消し て欲しい、と(注:CIJは生データの精査に協力している)。すぐに消した。2秒もかからなかったろう。しかし、彼女がどうやって私のコンタクト先を知っ たのかが疑問だった。聞いてみると、米国務省に聞いたというのだ。驚きだった。
カッツ(ガーディアン):ガーディアンがアサンジを「使った」ということはないと思う。緊張感が漂う会議があったことは認めるけれども。アサンジのコントロールがきかないところで、(注:ウィキリークス内の誰かが)ある人に生情報を渡してしまったのだ(注:これは、在英ジャーナリスト、ヘザー・ブルック)。そこで、こうなった以上は、情報公開の時期を早めるかどうかで議論になった。
司会:誰かが生情報を渡したというのは、ウィキリークス内部の誰かがということか?
カッツ(ガーディアン):言いたくない。アサンジのガーディアンに対する「裏切り」とは思っていない。ただ、アサンジは目立つ性格で、これを使っていると思う。
ス ティーブンス(弁護士):ウィキリークスがジャーナリズムの姿を映し出しているのかどうかというと、そうだと思う。これから、どうやって情報を出すのかが 変わった。メディアは、アサンジが情報を取得した方法が嫌いだから、アサンジを否定的に見るのだと思う。倫理的に判断している。
マクフェイデン(CIJディレクター):他のメディアがメガリークを大々的に出していないのは米政府から圧力があるからだ。例えばニューヨー・タイムズのように。例えば、「拷問」という言葉を使っていなし、犠牲者の数も少なく報道している。例えば、検問所での死者が、その周り2マイル四方での死者よりもひどく多い。イラクのアブグレーブ刑務所での米軍によるひどい取り扱いも、ニューヨーカーのサイモン・ハーシュが報道したけれども、報道から1年半ぐらい、何もおきなかった。今、ニューヨーク・タイムズはアサンジを攻撃している。
アーロノビッチ(コラムニスト):公開された情報のほとんどはすでに報道されたことや、私たちがわかっていたことだったけれど、あれほどまとまった事実の積み重ねはない。
マ クフェイデン(CIJディレクター):アフガン政府の汚職は広く知られていたが、例えば、アフガン政府の高官がスーツケースに現金を納めたというエピソー ドが出て、リアルになる。すばらしいのは生情報が出ていること。これがあるので、事実を否定できないーたとえ新しい内容がなくても。
カッツ(ガーディアン):今、内部告発者はウィキリークスに行く。もしガーディアンに持っていったら、ガーディアンが独自の「色」をつけるから。
―「異なるスキルが必要とされる」
スティーブンス(弁護士):ジャーナリズムの意味が大きく変化している。巨大なデータがディスクに入っている。これを分析しないといけない。異なるスキルがジャーナリストに必要になった。 それと、アサンジは「ブランド」ではないと思う。もともと、匿名だったが、米メディアに名前を出されてしまったので、そうしているだけだ。私の印象では、特にメディア戦術に長けているとは思えない。
質問:今回のメガリークで、各国の政府が情報管理を厳しくするようになったと思うか?
スティーブンス(弁護士):情報管理がゆるかったのは、ある意味では米政府のみ。今回の情報も300万人が見れるようになっていたのだから。
質問:巨大なデータを報道機関は処理できるほどの人材とお金があるのか?
カッツ(ガーディアン):準備万端とはいえない。
アー ロノビッチ(コラムニスト):分析屋(アナリスト)の位置が大きく変わった。例えば、経済の問題なら、特定のシンクタンクに意見を聞く。今は情報が大量に 出ている。これを分析する人が必要になった。何が重要で何が重要でないのか。アナリストに聞かないと分からないのだ。メディアはこうしたことをやっていけるかどうか?お金がかかる。調査報道の1つにもなる。
これからもウィキリークスに類似したサイトはどんどん出てくる。情報の公開へ求が高まる。民主主義の問題でもある。一体誰が、どの情報を公開するかどうかを決めるべきなのか?どうやって?大きな問題だ。
元F1のモズレー会長(性的嗜好を大衆紙に暴露された)が、プライバシー保護の運動を続けている。しかし、そんなことは、もう関係なくなってくる。例え ば、ガールフレンドの一人が、ウェブ上に体験話を載せてしまえば終わりだ。医療記録だって、誰かがサイトに載せるかもしれない。そういう時代に生きてい る。
質問:アサンジはジャーナリストか?
スティーブンス(弁護士):どちらでもいいのではないか?
マクフェイデン(CIJディレクター):問題になるのは、もしアサンジがジャーナリストだと、米国では、憲法上、報道の自由の観点から保護の対象になるという点だ。
スティーブンス(弁護士):広い意味で、アサンジはジャーナリストだと思う。アサンジは米メディアでは攻撃されている。テロリストという人もいるくらい。
司会:もしアサンジがテロリストなら、記事を載せたニューヨークタイムズはテロリストにはならないのだろうか?(機密を暴露したのだから、同じはずだ。)
―なぜ、アサンジに批判的な記事をガーディアンは出したのか?
質問:スウェーデン検察庁のリーク情報(アサンジの性犯罪容疑に関する詳細)がガーディアンに来て、ガーディアンはアサンジ攻撃とも見られる記事を出した。アサンジからすれば、裏切られたと思ったのではないか。
カッ ツ(ガーディアン):情報がガーディアンに来たので、出さざるを得なかった。もし出さなければ、たくさんのメガリーク報道をしていて、ガーディアンの ジャーナリズムに公正さがない(偏っている)と思われる可能性があったからだ。アサンジに関する批判的な報道を出さなければならなかった。
スティーブンス(弁護士):今は、情報源の信憑性を計れない時代。ネットの新時代。マスメディアから人は離れ、もっとばらばらになっている。ブログや他の情報発信手段がある。
カッツ(ガーディアン):ウィキリークスは、ジャーナリズムの創造的な構成要素だと思う。
アーロノビッチ(コラムニスト):アサンジに対する、本当の意味での身の危険はないと思う。身の危険があるのは、現在、中国で投獄されている人々だ。
マクフェイデン(CIJディレクター):ウィキリークスには中国で投獄されている人から預かった書類もたくさんある。
質問:ウィキリークスがもっと前から活動を行っていれば、2003年のイラク戦争は止められたか?
マクフェイデン(CIJディレクター):可能性はあった。しかし、新聞は報道しなかっただろうと思う。
アーロノビッチ(コラムニスト):答えは、ノーだ。イラクの大量破壊兵器に関する脅威を記した、英諜報部の報告書を政府は出した。当時のブレア首相は、後で、報告書ではなく「生データを出せばよかった」と言っているくらいだ。情報が出ても、戦争は回避できなかった。
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以上、メモをもとにした情報である。時間のある方は動画をご覧いただきたい。(細かい点を動画を視聴してチェックしていないことを、再度記しておきます。)
私自身の見方は、タイムズのコラムニストと結構重なる。ウィキリークスがあっても「イラク戦争は回避できなかった」(かなりたくさんの情報が少なくとも英 国ではたくさん出ていた)「もっと時間が経たないと、何が起きたのかを理解できない」「私たちはウィキリークスの時代に生きている」。(「英国メディア・ウオッチ」ブログより)
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