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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2011年03月09日01時18分掲載
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コラム
読書の苦しみ 村上良太
コラムニストのマイク・ロイコは学校で読まされる文学の類は名作と言われるものほどその退屈さにも磨きがかかっていた、と書いていた。コロンビアの文豪、ガルシア・マルケスは学生時代に「ドン・キホーテ」を読むのがいかに苦痛だったかを最近翻訳出版された回想録「生きて、語り伝える」(新潮社)の中で吐露している。
「私の「ドン・キホーテ」体験は、いつも別立てで話さざるをえない。カサリンス先生が予告していたような感動をおぼえることがなかったのだ。遍歴の騎士の賢人ぶった熱弁は私には退屈だったし、従者の馬鹿な言動も全然面白くなかったので、しまいには、自分が読んでいるのは、あんなにいろいろ言われているあの本とは別のものではないかと思ったほどだった。しかし、私は、うちの先生ほど学識ある先生がまちがっているはずはないと自分に言い聞かせて、むりやり下剤を飲むようにして必死で飲みこんだ。高校時代にはもう一度、義務的な課題として読まねばならず、もう見るのもいやなほど嫌いになったところで、友人から、トイレの棚に置いておいて毎日のお務めの間に読むようにしたらどうか、と助言された。」
岩波文庫の「ドン・キホーテ」は全部で6巻ある。映画や芝居にもなっている。イラストつきの短いバージョンもたくさん出ている。しかし、その本当の面白さはもとの小説の中にしかないと言われる。ハリウッド映画になると、ヒューマニズムの説教臭が鼻につく。そのために、スペイン語圏だけでなく、英語圏でも、ぶっ通しの徹夜で読み継ぐ「ドン・キホーテ」読書マラソンなるものまでしばしば行われている。しかし、読書嫌いにとってはこれほどの悪夢はないだろう。
プルーストの「失われた時を求めて」は翻訳書で全13巻ある。読了するためにはかなりの意志を必要とする。俳優で歌手のイブ・モンタンは「私は名刺を持たないが、他人に私のことを聞かれたら、「失われた時を求めて」を読了した人間です、と答えることにしている」と言っていたそうである。フランス人たちの中には大胆な飛ばし読みをして「読んだ」と言っている人が少なくない。しかし、一方ですっかりはまってしまって読了するたびに最初のページに戻ってエンドレスに読み始める人が何人もいるそうである。
毎年、数多くの小説が書かれているだろうが、無名の新人が書き送った作品であれば、読み手(編集者)は疑いを持ちながら読むのだろうし、何ページか読んで面白くなければ没だろう。しかし、古典の場合は世代を超えて価値を認められてきた凄みがある。マルケスが書いているように、古典なら「うちの先生ほど学識ある先生がまちがっているはずはない」と言い聞かせることができる。面白くないとしたら、非は自分にあるのだろう、という気にさせるのが古典である。
マルケスは「ドン・キホーテ」の苦しみのくだりでこう続けている。
「そうして初めて私は、突然の爆裂のようにして、「ドン・キホーテ」を発見することになり、前から後ろからと味わいつくして、いくつも挿話をまるごと暗誦するほどになったのだった。」
なぜこのようなことが起きるのだろうか。長い苦しみが、喜びの前提なのだろうか。巡礼者が長い徒歩の旅の果てに、目的地にたどり着いた霊的経験のようなものなのか。
村上良太
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