日本の東京電力福島原発事故は深刻な状況が続くが、この事故は世界に大きなインパクトを与えてきた。ドイツ政府の脱原発に向けた動きを初め、原子力に依存するフランスでも反対の声が大きくなってきている。
原子力発電は原料となるウラン鉱山での放射能汚染を初め、原子力発電所での放射能汚染、さらには核廃棄の過程と、その過程の間の輸送において、放射能汚染を防ぐことができず、またたまり続ける使用済み燃料は処分方法すら確立しておらず、到底、活用するにはあまりに危険ばかりの技術であり、この放射能汚染を止めるためにも、地球規模での原発の停止、ウラン燃料の使用停止が不可欠となるだろう。ウラン燃料は石油以上にわずかしかなく、そもそもこのような危機を犯してまで開発することにまったく意義は存在しない。
しかし、残念ながら、地球上のすべての国が明確に脱原発をめざし始めたというには遠い現実がある。経済成長著しい南の国の中には原発開発は今なお堅持している国が存在する。先進国で行き場を失った原子力産業がBRICsなど南の国に一斉に向かいかねない。
その一例としてブラジルの原発政策を一瞥しておきたい。
● ブラジルのエネルギー政策
ブラジルでは現在、リオデジャネイロとサンパウロの中間に位置するアングラドスヘイスに2つの原子炉がある。ブラジルは1972年に最初のアングラ1号基の建設を開始、75年にはドイツと協力協定を結び、1号基は1985年に稼働を開始した。2号路は2001年稼働開始。そして現在3号炉が建設中で2015年の稼働を予定している。
ブラジルでも福島原発の事故を受けて、原発反対が世論の5割を超すという状況になっているが、政府は原発増強路線を変えていない。アングラ3号基以外に4から8の原子炉を2030年までに新設するという計画を持っている。そのための建設候補地を今年、40選定して、年末までに4つの原子炉の建設予定地を決めるとしている。
しかし、一方、その建設予定地となることが見込まれるブラジル北東部(日本の東北と同様貧困が大きな問題の地域)の州知事たちは建設に躊躇を表明しており、今後、原発がすんなりと建設されるとは限らない。
ブラジルでの原発の総発電量に占める割合はわずか3%しかない。ブラジルでは8割近くを水力発電に頼っており、遠くの巨大ダムからの送電は不安定で、サンパウロなどでも大停電事故が頻繁に起きている。急速に経済発展しているブラジルでは、だから発電量を増やすことが必要だ、という言い方がまかり通る。遠方の巨大水力発電や原発に電力を依存することが効率や安定性にとって不利であることが顧みられることが少ない。
それよりも分散型で使うところの側で発電できる風力や太陽熱・太陽光、砂糖きびなどの絞りかすを活用したバイオガスなどによる再生可能エネルギーの活用は大いに可能性があるにも関わらず、再生可能エネルギーを活用するための法案は2003年に保留になったまま審議されていない。
● ウラン鉱山開発も−広がる放射能汚染の懸念
ブラジルでは原発だけでなく、ウラン鉱山開発にもアクセルがかかっている。アマゾン含めた3つのウラン鉱山を開発しようとしており、ウラン完全自給に加え、ウラン輸出をめざしている。すでに稼働しているウラン鉱山でも放射能汚染事故が起きており、今後、ウラン鉱山からの放射能汚染が懸念される。
http://noticias.r7.com/brasil/noticias/rico-em-uranio-brasil-investe-para-produzir-combustivel-nuclear-em-casa-20110417.html (ウラン鉱山の地図があり)。
● 環境破壊と人権侵害を生むブラジル政府のエネルギー政策
ブラジルでは原発政策以外のエネルギー政策でも数々の問題が生み出されている。
・ バイオ燃料 ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイの広大な地域で遺伝子組み換え大豆が植えられており、欧米や中国の家畜の餌、バイオ燃料の原料として急速に大豆モノカルチャーが増大している。大量にまかれる除草剤によってベトナム戦争で生み出された先天的欠損症をもった赤ん坊や子どもを中心とする健康被害が広がっている。一方、モノカルチャーの急速な増大は先住民族を初めとする住民の排除を大規模に生み出している。
・ 巨大ダム ブラジルはエネルギーの8割を水力に頼っているが、最近の経済成長でそのダム建設に拍車がかかり、環境破壊、先住民族の権利侵害が各地で起きている。アマゾンのベロモンチダム建設反対運動が有名だが、それ以外にも数え切れないほどのダム建設計画がブラジル全土であり、川に生活がかかっている先住民族や伝統的住民の生存がおびやかされている。
・ 海底油田開発 ブラジルはメキシコ湾岸重油事故を起こした油田よりもはるかに深い地層(プレサルト層)から油田を開発する技術を持っており、現在では大きな産油国になっている。リオデジャネイロをはじめ、ブラジル沿岸の大西洋で数多くの海底油田を掘削しており、さらにはニュージーランドでの深海油田開発をブラジル石油公社(ペトロブラス)が進めようとしており、マオリや環境保護を訴える人びととの対決が続いている。大西洋岸のアフリカ沿岸でも開発を進める構えである。
こうしたエネルギー政策は必ずしもブラジル人自身の必要によって生み出されているとは限らないことに注意をお願いしたい。たとえば、アマゾン奥地に作られるベロモンチダムの電力はサンパウロやリオデジャネイロの住民のために使われるだろうか? 軍事独裁政権時代の1975年にアマゾン地域で建設の始まったトゥクルイダムはその電力の3分の2を日本に輸出するアルミ精錬のために使っていた。
先進国での環境規制が厳しくなり、アルミ精錬など、大量エネルギー消費、汚染産業は先進国から南に向かった。そうした産業のエネルギーをまかなうために、巨大なエネルギー開発が必要となっている。そしてそのアルミなどの製品の多くは先進国に向かう。
● 今年が自然エネルギー(再生可能エネルギー)への転換の最大のチャンス
多くのブラジル人にとって、原発の問題とは遠い世界の問題かもしれない。急激な経済成長、度重なる停電、そしてブラジル社会に存在する技術信仰、そして後述する現在のエネルギー政策の停滞によって、原発こそがブラジルの未来だ、という宣伝はブラジル社会で説得力を持ってしまいかねない。チェルノブイリを経験したドイツのような強力な原発への拒否感情はブラジル社会には十分ないかもしれない。それでも世論調査では原発を否定する人が5割を超した。しかし、政府は原発推進政策を変えようとしていない。
こうした状況の中で、5月21日からリオデジャネイロで国際ウラニウム映画祭が開かれ、世界各地のウラン鉱山の問題や核に関わる映画が上映される予定である。ウラン鉱山の問題から核廃棄物の問題まで広くウラニウムをめぐる問題に注目が集まることに期待したい。
http://uraniumfilmfestival.org/html/english.html
さらにドイツでの脱原発政策の確定により、ドイツ政府からアングラ原子炉3号基への保障融資が止まる可能性がある。ドイツ政府が広範な原子力技術協力の見直しをするかどうかわからないが、ドイツ政府の政策はブラジル政府の政策にも大きな影響を与えざるをえないだろう。
繰り返しになるがブラジルでの現在の原発の総発電量は全体の3%程度しかなく、自然エネルギーを強化することで十分カバーできる。今こそ、その転換期にすべきであろう。風力、太陽熱・太陽光、農業生産を生かしたバイオガスなどブラジルには豊かなエネルギーを活用できる可能性が高い。
● 南米でも脱原発に向けた動き
南米にはブラジルの他、アルゼンチン、メキシコで原発が動いている(ブラジル2,アルゼンチン3,メキシコ1の原子炉)。アルゼンチンも原発開発は原発強硬姿勢を変えていない。しかし、メキシコは原発の新設を保留する姿勢を見せている。ベネズエラも原発開発を凍結、最近、ボリビアも凍結と核のない南米の宣言を大統領が行った。中南米での原発の発電量はまだ小さいので、この地域が近い将来原発から自由な地域になる可能性は十分高いと考えたい。
● 日本の経験を世界に
日本での東京電力原発事故は当然日本だけの問題に留まることはできない。
日本で起きたことを可能な限り、明らかにし、すべての人にとって検証可能にしていくことが今後の世界にとってひじょうに重要なものとなっていくことは確実であろう。
日本政府や東京電力による事態の矮小化を許さず、起きたことのすべてをありのまま世界にしっかり伝えていくことの重要性を訴えたい。
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