「大人は脱原発で正しい判断を」と訴える女子中学生の新聞投書に注目したい。若者たちから大人につきつけられた不信任の声であり、なぜ大人たちは「脱原発」への正しい判断ができないのか、という焦燥感に駆られた心の叫びとも言えるのではないか。 メルケル・ドイツ首相は5月末、記者会見で「ドイツは2020年までに原発を全廃し、太陽光など再生可能エネルギー(=自然エネルギー)の分野で先駆者となる。世界の模範となる」と述べたと伝えられる。これに反し、日本の菅首相は先のG8サミットで自然エネルギーの拡充を唱えはしたものの、「原発も活用していく」と煮え切らない。脱原発への道には、人間だけではなく、動植物を含む生きし生けるもののいのちと尊厳がかかっている。
▽ 女子中学生の新聞投書、「大人は脱原発で正しい判断を」
ひとつの新聞投書(5月29日付毎日新聞「みんなの広場」に掲載)を紹介する。見出しと投書者(氏名は省略)は以下の通り。
*大人は脱原発で正しい判断を(女子中学生 14歳 東京都目黒区) 今まで原発は安価で二酸化炭素を出さない未来のエネルギーといわれてきた。しかし今回の福島原発の事故で、人間が原子力を制御できているわけではないことが明らかになった。 年々増えていく放射性廃棄物も心配だ。除去できないから、とりあえず埋めておこうというのは無責任だ。事故をきっかけに原発について調べた中で、一番ショックを受けたのはこの点だった。私たち子どもに核爆弾入りの国土をプレゼントしているのとなんら変わりはないではないか。 だから原発は廃止してもらいたい。すぐには無理でも、明確な意志で自然エネルギーに移行していけないだろうか。現行の原発関連の研究費や交付金を太陽光発電の研究費や購入助成金に回せば、今は割高な自然エネルギーにも競争力がつき、日本の技術として未来の経済活動の柱にもなる。 中学生の私たちも将来の日本や世界のために頑張っていきたい。だから今の大人たちにも正しい判断をしてほしい。
この投書は「正しい判断」として次の3点を挙げている。 ・人間は原子力を制御できないことが明らかになった。 ・放射性廃棄物は、除去できないから埋めておこうというのは無責任だ。これは私たち子どもに核爆弾入りの国土をプレゼントしているのと変わらない。 ・脱原発に踏み切り、自然エネルギーへの移行をすすめること。自然エネルギーの技術は未来の経済活動の柱にもなる。 以上のような女子中学生の脱原発への期待に大人たちは果たしてどこまで応えようとしているか。つまり「正しい判断」をしているかどうか。
▽G8サミットに関する大手紙社説の姿勢
5月27日閉幕した主要8カ国首脳会議(G8サミット=フランスで開催)が採択した首脳宣言に関連して日本の大手5紙社説は何を論じたか。「脱原発」にどの程度言及しているか、つまり女子中学生が期待する「正しい判断」を見出すことができるか ― という視点から紹介したい。 主要8カ国とは、日本のほかアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、ロシアの各国である。菅首相はサミットの場で日本の電力全体に占める自然エネルギー(=再生可能なエネルギー)の発電比率(現在水力を含めて約9%)について「2020年代の早い時期に20%とするよう大胆な技術革新に取り組む」と表明した。
まず大手5紙の社説の見出しは以下の通り。 *朝日新聞(5月27日付)=2本立ての社説で、一つは「新エネ目標 太陽と風で挑戦しよう」、もう一つは「天然ガス協力 脱・原発依存に生かせ」 *毎日新聞(5月28日付)=2本立てで、「G8と原発 安全対策を早く進めよ」と「海水注入問題 何を信じていいのやら」 *東京新聞(5月27日付)=自然エネ20% 目標倒れは許されない 同上 (5月28日付)=菅首相G8出席 政権崖っぷちと心得よ *読売新聞(5月27日付)=新エネルギー策 安全性高めて原発利用続けよ 同上 (5月28日付 =G8首脳会議 原発安全へ日本の教訓生かせ *日経新聞(5月27日付)=自然エネルギー拡大の条件 同上 (5月28日付)=首相はサミットで世界の不安に応えたか
以下、社説の要点を紹介する。 *朝日新聞 <新エネ目標>必要な電力を確保するには、自然エネルギーの飛躍的な活用が欠かせない。ただ自然エネルギーの割合は現在、大型の水力を含めて10%足らずしかない。20%実現の道はたやすくはない。(中略)即戦力として、もっと風力に目を向けてもよい。 一方、首相はフランスのサルコジ大統領との会談で、安全性を確保したうえで、原発を「活用していく」と語った。原発そのものを今後どうしていくのか、そろそろ本格的な論議を始めるべきではないか。 <天然ガス協力>脱・原発依存への現実的な道としては、再生可能エネルギーの促進策と平行し、天然ガスの有効活用に取り組んでいくべきだ。
*毎日新聞(海水注入問題・略) <G8と原発>原発の安全が主要議題となり首脳宣言にも盛り込まれた。その意義を評価したい。首脳宣言では、日本の事故から教訓を読み取ることの重要性を指摘。すべての原発保有国に安全点検をするよう促している。原発推進か、脱原発にかじを切るかの違いによらず、当然の対応策だ。ぜひ迅速に進めてほしい。
*東京新聞(自然エネ20%・略) <菅首相G8出席>日本の首相がサミット冒頭で発言するのは異例だ。しかしせっかくの冒頭発言もサミットでの論議の流れをつくるには至らなかった。発言内容からは「自然エネルギーへの転換」を目指す明確な意思が読み取れないからだ。 エネルギー基本計画を見直してこれまでの原子力、化石エネルギーに自然エネルギーと省エネルギーを加えて四本柱としたが、原子力の割合は明示していない。サミットは自然エネルギーへの転換をアピールする機会だったが、首相発言後の討議では原発推進発言が相次いだ。
*読売新聞(G8首脳会議・略) <新エネルギー策>そもそも自然エネルギーが普及しないのは、その質・量・コストに難があるからだ。風力や地熱開発は立地の厳しい制約もある。資源小国の日本が経済力を維持し、復興に確かな道筋をつけるためには、やはり、原発の安全性を高めて活用していくことが現実的な選択である。 世界各国は二酸化炭素の排出量を減らす地球温暖化対策も迫られている。その点で原発はなお、有力なエネルギー源といえる。日本は原発を利用しつつ、石油などの化石燃料や、自然エネルギーも組み合わせる最適なモデルを目指さねばならない。
*日経新聞(首相はサミットで・略) <自然エネルギー>原子力発電所の新増設が難しくなるなか、太陽光や風力などの利用拡大は当然の流れだ。だがエネルギー政策全体でどう位置づけ、コストの高さなどどう克服するか、具体策が欠かせない。 欧州連合(EU)は温暖化ガスの削減へ向けて自然エネルギーの利用を柱にすえている。発電量比では09年にすでに約2割に達し、20年には35〜40%を賄う計画だ。日本の目標(2割)は前倒ししても控えめだが、国際社会に公約した意義は大きい。
▽ 5紙社説は「脱原発」にどこまで触れているか
今回のG8首脳宣言は脱原発にどのように触れているのか。次のような文言となっている。 「各国が、エネルギー・ミックスにおける原子力エネルギーの利用および貢献について、段階的導入または段階的廃止も含めさまざまなアプローチを取り得ることを認識する」と。 一つのまとまった方向を打ち出したのではなく、脱原発か原発推進かは各国それぞれの自由な選択による、という意味である。
さて各国の姿勢をみると、脱原発派はドイツ、イタリア、原発推進派はアメリカ、フランス、ロシアで、日本はどうか。菅首相は今後のエネルギー基本計画として「原子力、化石エネルギーに自然エネルギーと省エネルギーを加えて四本柱」とすることをサミットで説明したが、原発も「活用していく」という立場であり、決して脱原発派ではない。
以上のような姿勢を新聞社説はどう評価しているか。原発推進を擁護しているのは読売社説だけで、「原発の安全性を高めて活用していくことが現実的な選択である」と指摘している。「原発の安全」という迷妄から抜け出せないらしい。 原発大惨事の「3.11」以前は大手各紙とも原発批判の姿勢ではなかった。むしろ擁護してきた。それが最近、多数派は原発批判に鞍替えしたわけで、この調子では風向き次第でいつまた変化するか分からない。「信念乏しい社説」という懸念が消えない。
読売以外の各紙社説は原発に疑問符をつけているといっても、その姿勢は多様である。例えば朝日社説は「脱・原発依存」という表現を使いながら、一方では「原発そのものを今後どうしていくのか、そろそろ本格的な論議を始めるべきではないか」などと悠長なことを言っている。「脱原発」の視点から「原発削減をどう進めていくか、議論しよう」という意味なら、そう書かなければ読者には真意が伝わらない。
同じ朝日の若宮啓文主筆は座標軸(5月23日付)で「脱原発で東北ビジョンを語れ」という見出しで次のように書いている。 ヒロシマ、ナガサキに加えて今度のフクシマだ。開催国フランスに気兼ねしすぎず、世界有数の地震国として「脱原発」の国造りを鮮明にするのがよい。太陽光や風力を軸に「東北を新たな自然エネルギーの供給の場に」と国会で語った菅首相は、そんな「東北ビジョン」を世界の実験とすべく、技術や資金の投入を呼びかけてはどうか、と。 主筆の座標軸が脱原発を明示しているのに比べ、社説は歯切れがすっきりしない。朝日としては脱原発で筋を通すことに迷いでもあるのだろうか。
▽ 「脱原発」社会の実現を目指して
完全な脱原発、すなわち100%再生可能なエネルギー(=自然エネルギー)で成り立つ社会の実現は果たして可能なのか。「WWF(注)エネルギー・レポート」(2011年2月発表)はつぎのように指摘している。 大幅なエネルギー効率の改善を達成しながら、再生可能なエネルギーを急速に拡大していくことによって、原発の段階的廃止を進め、2050年に100%再生可能なエネルギーでまかなう社会は可能である、と。 (注)WWFは1961年の設立当初、World Wildlife Fund(世界野生生物基金)という名称で、WWFはその略称だった。その後、活動を野生生物の生息地を含めた、自然環境の保全に拡大し、名称も1986年、World Wide Fund for Nature(世界自然保護基金)に変更した。さらに2001年以降、「WWF」が正式名称となっている。
上記の「WWFエネルギー・レポート」は、以下のようなIPPC(気候変動に関する政府間パネル)による『再生可能エネルギー源と気候変動の緩和にに関する特別報告書』(2011年5月9日発表)の分析・見通しと共通の認識に立っている。 ・IPPCは、再生可能エネルギーは急速に伸びており、2009年は金融危機にもかかわらず、風力発電30%以上、太陽光50%以上、太陽熱20%以上増加したと指摘している。また2008年から2009年にかけて新たに増加した設備容量のうち、ほぼ半分が再生可能エネルギーで占めるほど成長している。増加した再生可能エネルギー発電所の50%以上が途上国にある。 ・ほとんどの再生可能エネルギーは、技術的な発展とともに今後数十年で、費用も十分下がってくることを示した。 ・再生可能エネルギーをさらに拡大していくためには、社会的インフラを整え、投資を促す政策で後押しすることが必要だ。
<安原の感想> 「核のゴミと廃炉」の長期管理という難問 「WWFエネルギー・レポート」によれば、「2050年に100%再生可能なエネルギーでまかなう社会は可能」、つまり原発は世界全体で不要となる。この見通しによれば、女子中学生の脱原発への願望が実現するのは、何と約40年後である。
しかも原発技術者、平井憲夫氏の「原発がどんなものか知ってほしい ― 優しい地球 残そう子どもたちに」と題する遺書が深刻な問題を訴えていることに注目したい。 原発は今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油が要る。今作っている以上のエネルギーが必要になることは間違いない。しかもその核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのだ。そんな原発がどうして平和利用といえるか、と。 (ブログ「安原和雄の仏教経済塾」に2011年4月5日掲載の記事<「平成の再生」モデルを提唱する 大惨事の廃墟から立ち上がるとき>の一節「原発技術者の遺書は訴える」を参照)
核のゴミ(=使用済み核燃料)や閉鎖した原発(=廃炉)を長期間にわたって管理しなければならないし、しかも管理するのは「私たちの子孫」である。いのちと尊厳にかかわる危険、悲劇と背中合わせのこの難問を女子中学生の投書は見事に衝いている。ところが少数の良心的な原発専門家は別にして、政権も経済界もメディアも、この「使用済み核燃料」や「廃炉」の長期管理という難問が、完全な「脱原発」後も残り続けることについてほとんど伝えていない。 地球上での「脱原発」社会の実現が40年後ではいかにも遅すぎる。できる限り早く踏み切るべきだ。それが大人たちの「正しい判断」というものだろう。
メルケル・ドイツ首相は5月30日記者会見で2020年までの原発全廃の合意に関連して「ドイツは太陽光など再生可能エネルギーの分野で先駆者となる。エネルギー政策の根本的な見直しで、ドイツは世界の模範となる」と述べたと伝えられる。世界をリードしようという挑戦への気概がなぜ日本の政権に期待できないのか、不思議であるが、黙視できない。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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