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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2011年07月12日17時24分掲載
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刑務所収容者の社会復帰と就労について考える −「働き者」から「生き者」へ
播磨社会復帰促進センターは2007年10月1日に開所した兵庫県加古川市にある近畿地方初のPFI手法による刑務所で、主に初犯や短期の刑に服する人に限って収容されている。ここは大林ファシリティーズ(大林組傘下の施設管理会社)・綜合警備保障・東レ・合人社計画研究所などを中心として設立されたSPC(特定目的会社)が整備・運営を行っているそうで、日本全国にはこのPFI刑務所が4箇所あるという。(川北かおり=ニューズマグ)
PFIとは1992年にイギリスで生まれた行財政改革の手法であり、民間資金と民間の経営努力によって運営する民営化の手法の一つといわれている。
しかし、うまくいっている例ばかりではないようで、近江八幡医療センター・名古屋港イタリア村などが破たんしている例もあり、PFI方式による民営化については別途見直さなければならない課題も多いのだろうと思う。
―「クリーニング師」を育てる
先日、仕事でお世話になったクリーニング業の組合の方から、この播磨社会復帰促進センター(PFI刑務所には、刑務所という名前は使われない)でのクリーニング師養成の講座のお話を伺う機会があった。
クリーニング師とは、クリーニング師試験に合格した人のことで、これは国家試験に基づく国家資格であり、『クリーニング業法』ではクリーニング店でアイロンがけ、しみ抜きなどを行う者で必ずクリーニング店に1人置かなければならないことになっている。(※ちなみに、街中でみかけるコインランドリーはクリーニング業法の対象外。)
試験科目は衛生法規に関する知識、公衆衛生に関する知識 、洗たく物の処理に関する知識及び技能試験などがあり、地域によっても異なる。
受験資格は中学校又はこれに準ずる学校を卒業した者、中等教育学校の前期課程を終了した者、上記と同等以上の学力があると認められる者。
クリーニング師の「師」は医師の師と同じ(「士=さむらい」ではない)ことから、「お医者さんが患者さんから具合の悪いところを聞き出して治療するのと同様、衣服の具合のわるいところを聞き出して治療する仕事だ」であり、衣服はモノを言わないのでどこが具合悪いのかを聞き出すことができず、クリーニング師の見る目がすべてだとも伺った。
わたしが相談の現場で遭遇するクリーニングトラブルは原因を探るのが非常に難しいことも多いのだが、単に洗濯するだけではなく、トラブルになった原因を探り当て、さらに補修までできる技能までお持ちの方もいらっしゃるクリーニング師の方の(レベルは様々でしょうが)化学的な知識の高さなどには感服させられることばかり。
さてその播磨社会復帰促進センター内でのクリーニング授業は、1月〜8月前半まで週1回丸一日指導をし(それ以外に週2回は自習をする)、8月後半の国家試験を受けるスケジュールになっており、昨年は3人指導し、3人とも見事に合格したという。しかし、今年は4人に増えたからプレッシャーが・・・とおっしゃりつつも、その方曰く「ものすごく熱心で優秀です。ここにいるのですから、何か事情はあるのでしょうが・・・」とのこと。そして社会復帰後は独立開業する人もめずらしくないそうだ。
しかし、この試験は国家試験なので、服役中の人はどうやって受験すればよいのかと思いうかがうと、以前は護送車に乗せて試験会場に連れて行っていたが、1人の服役囚の外出には3名の警護がつかないといけないルールがあることから、多数の人間が警護のために必要になること、また手錠をはめた状態を一般の人の目に曝すことの問題などがあり、なんとか刑務所内で国家試験をしてもらえないかとずいぶん働きかけをされた結果、ようやく刑務所内での試験実施が認められ、昨年からは所内に試験官が訪れて一般の試験と同様に受験できるようになった。
これが他の刑務所でも同様かというとそうではなく、例えば、大阪にある少年刑務所でも長年この資格取得の授業がされているが、受験は一般試験会場で受けなければならないので、護送車で彼らを連れていき(少年なので手錠はしていない)、休憩時間も再び護送車に戻す、などのやりかたで受験している。
わたしは刑務所内で受験する仕組みが他でも実施されることで、もっと多くの人が受験する機会を得られるのではないかと思うし、そうあるべきではないかとも思う。
短期の服役であっても、また軽微な犯罪であっても、いかに司法によって下された刑を満了したのちであっても「服役した」という事実が付きまとう社会の目がある。
その目を真正面から受け止めて、それでも自分のこれからの人生を歩んでゆくためには、「自分自身が拠って立つ場所」をしっかりともっているかどうか、そこに小さくても確固たる自信と誇りをもてるかどうか、というのはとても重要なことであり、その意味で、誰にでも出来る仕事でない、試験を受けて「資格」を得て為せる仕事を手にするということがもたらす効果はとても大きいのではないかと思う。
長年にわたり、刑務所にいる人たちがクリーニング師資格を取得するために尽力されている関係者の皆さんに心からの敬意を表したい。
昨今の耳触りがよい「キャリア教育」とは遠くはなれたところにある「刑務所での資格取得講座」であるが、ここで行われるこういう講座こそ、本当の生きる力を与える必要な教育ではないかと思う。
と、このように書いたところで、今日、次のような新聞記事を読んだ。
日本初!刑事施設向けに開発した就労支援ワークブックを一般向けに販売開始
刑事施設における教育プログラムの企画・運営に関するノウハウを生かし、このたび新たに開発したのが、就労支援を目的としたワークブック。(略)内容は、実際にグループワークとして実施されているプログラムをワークブック化したもの。「どうして働くの?」「仕事のやりがいって?」「自分はどんな仕事に向いている?」など仕事に就くうえでの基礎となる“考え方”を自学自習で学べる内容。<ワークブック定価: 2100円>(2011年6月21日11時30分 朝日新聞ネット配信記事)
読後、たまたま目にしたこの一社だけに対して、というのではなく、就労支援について今様々な民間企業が食指を伸ばしている様子があちこちで目に付くことへの違和感と、地道に小さくてもすこしずつ実績をあげている取組の横から「ことごとく商売にしていくやり方」への抵抗感とが入り混じった複雑な気持ちにさせられた。
また、こうやってマニュアル化して、これに基づく指導(指導ではなく、カウンセリング、コンサルティングといいたいという風潮が日本にはある)に「あてはめていく」というキャリア教育のありかたを危惧する気持ちにもなった。
「自分はどんな仕事に向いている?など仕事に就くうえでの基礎となる“考え方”を自学自習で学べる」と書いているが、どんな仕事にむいているか?を選ぶ選択肢が「刑務所にいた人にも」無限にあるというのだろうか?
日本という社会は学歴偏重主義であるばかりか、その学歴を身にまとうためには親自体の高学歴と高収入が必要な条件となるという、格差の固定化、世代間連鎖、いわゆるペアレントクラシー;親の財産と子どもへの期待が、子どもがどのような教育を受けるかを決定し、親の経済的・文化的水準の高い人が、成功する社会の在り方が既に問題になっている。
平成21年7月3日文部科学省における「教育安心社会の実現に関する懇談会報告」において「… 昨今では、経済雇用状況の悪化により、所得の格差の拡大、努力や挑戦意欲の減退、社会における安定性・一体性のほころびなどが懸念されている。(略) …所得をはじめとした様々な家庭環境の差異が子どもの進学機会や学力の差、意欲の差を通じてやがては子どもの職業や生涯賃金などにも影響するとすれば、それが次世代に連なることなり、階層間格差の固定化、あるいは、貧困の世代間連鎖につながることが懸念される」と述べている。この発言の元となるデータはお茶の水女子大学(平成18年9月公表)による、関東地方にある人口約25万人の中都市に住む、小学校6年生とその保護者を対象にした「子どもを取り巻く家庭環境が与える学力形成の影響について調査(対象は300名程度)」であり、調査をした、御茶の水女子大学教授耳塚寛明氏は「学力格差は、もはや教育問題ではありません。格差が子どもの家庭的背景、とりわけ経済力に由来するからです。それゆえ、学力格差を根本から是正するためには、所得格差の緩和や、雇用を促進する、社会政策を必要とします、と述べている。
―「1階窓無し、ベランダ無し」の部屋と仕事
就業選択を集合住宅の部屋探しをする賃借人と仲介をする不動産屋の関係に例えてみるとよくわかる。
社会階層の上(高収入高学歴家庭)の人から「角部屋の日当たりのいい部屋」をとっていき、どうしても「1階窓無し、ベランダ無し」の部屋だけが売れ残るのを、なんとか「でも家賃安いから」と言いくるめてその部屋をあっせんする不動産屋の役割が今のキャリアカウンセリングに国が期待する役割ではないのか。なぜなら、それこそが国のいう「ミスマッチ」そのものだから。
人気のある部屋にだけ希望が殺到せず、分相応な部屋をみんなが選んでくれれば、ミスマッチは起こらない、つまり空室はできないので、賃料(税金)のとりっぱぐれがないのに、という思惑があっての就業促進のための方策が、キャリアなんとか・・・とつく人々によるソフトな誘導なのではないかと思う。
「どうして働くの?」「仕事のやりがいって?」などソフトに尋ねつつ、じわじわと、「働かないという選択はないのだと誘導され、矯正され、そして強制的に「空き部屋(職場)」へはめ込まれていく。
「1階窓無し、ベランダなし」という仕事とはどういうものか。
かつて、日雇派遣会社で仕事をしていたとき、予定の人員が急に休んだら契約社員が代わりに穴埋めに入らなければならなかった。投資の実態のない投資顧問会社で受話器にガムテープで手を固定されるテレアポのような仕事もあった。客を客とも思わず、社員を人間扱いしないような会社で、キャリアコンサルタントのあなたなら「なんのために働くのだろう?」という目的意識さえしっかり持っていれば我慢して働き続けられる、と言えるのだろうか?
若い人はすぐ仕事を辞める、だからキャリア教育が必要なのだといわれるが、まともな仕事につける人はごく僅か。選択肢の時点でもうどれを選んでも長続きできそうにない、もしくはそこで働いて自分が壊れるかしかないような1階窓無しベランダなしの部屋。
そんな部屋しか空きがないという現実を前に、立ちすくむ人が仕事すること自体を避けるのは当然の生存本能ですらある、といっては言いすぎだろうか。
それとも、最終学歴が中学校卒で刑務所にいる人が「医者になりたい」と望めば親身に相談に乗ってくれるキャリアカウンセラーやアドバイザーがいるのだろうか。
だれしも、与えられた状況のなかから仕方なくクジをひくしかない、それが実際の就職活動であり、就業活動なのだということの現実を変えることなしになされる就業支援は「あなたの経歴や年齢でできる仕事はこれしかない」という事実を「あなたの条件ぴったりあう仕事はこれ」と、上手に言い換える技術になっている側面を否定することはできないだろう。
刑務所で過ごすことになった人々が、犯した罪の償い後、社会に出て生きていかねばならない時に、どうやって自分で自分を支えていくか、その生きる術を必死で学ぼうとうする人とそれに応える人との関係性から生まれる本当の就業支援は決してマニュアル化できないものであり、本人には不向きだと思えてもそのやる気が能力を育てるし、関わり手の熱意が思いもよらない本人の能力を引き出す、それが教育ではないのかと思う。向き、不向きの選別を越えた強い動機、気持ち、人との関わりの中で生まれる決意、そういうものによって発見される、生きる自分の一部となるような働き方、というのは、個々の生の営みと人との出会いによってしか育まれないようなものではないのかとも・・・。ならば、周囲の人間はそれへの働きかけをすることができたとしても、導いたり、リードしたりすることなどできるはずがないのだ。
働くことはわたしたちが生きている時間のほんの一部でしかない。だから、わたしたちはだれも「働き者」になる必要はない、なぜならわたしたちは「家畜」ではないのだから。
そして「働き者」を育てるのではなく、「生き者」を育てるのが教育であり、生きていける環境を整えるのがこの国の責任である、そう思う。
播磨社会復帰促進センターをはじめ各地の刑務所、少年院人で行われているクリーニング師育成の講座は、単なる「働き者」を育成する教育ではなく、彼らがこの先、様々な苦悩と向き合いながらも自分の人生を生き切ることができるだけの力を備えた「生き者」に育成する教育だと思う。
来月下旬、クリーニング師の国家試験が行われる。
あちこちの刑務所で、少年院で、資格取得を目指して教える側、教えられる側、協力する全ての人の努力に心からのエールを送りたい。(ニュースサイト「ニューズマグ」より)
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