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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2011年10月02日02時07分掲載
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アル・パチーノ監督の映画「リチャードを探して」 最良のシェイクスピア入門
俳優のアル・パチーノ(1940-)は40代に干された長い時代があった。「ゴッドファーザー」や「スケアクロウ」で押しも押されぬスターになったにも関わらず、毎回今一歩のところでアカデミー賞が取れず、やがて賞狙いの大げさな演技という悪名を受けたことが干された理由だという。その後、1992年の「セント・オブ・ウーマン」で完全復活を遂げるまでの間、パチーノは舞台でシェイクスピア劇に取り組んでいた。後に彼は自ら、シェイクスピアの「リチャード三世」の上演に取り組むドキュメンタリー映画を監督する。これは最良のシェイクスピア入門になっている。
最良のシェイクスピア入門という理由は作り方の巧みさにある。まず冒頭でニューヨークの町の演劇とは一見無縁そうな人々にカメラを向け、シェイクスピアをどう見ているか、率直な声を聴いて回る。「退屈だ」という人がいれば、「シェイクスピアの台詞に深く感動した」という人もいる。「登場人物が多すぎ、複雑で理解できない」という人もいる。多くの人があまりシェイクスピアに親しんでいないことが全体にうかがえる。
だからこそ、パチーノは「リチャード三世」を追いかけその魅力を演劇ファンだけでなく、市井の人々にも楽しんでもらおうと試みた。映画の中で俳優の一人が語っているのだが、シェイクスピア劇の中で一番上演回数が多いのは「ハムレット」ではなく、この「リチャード三世」だという。「リチャード三世」は血まみれの話でハッピーではない。それがなぜ上演回数NO.1なのだろうか。その謎を解くのが映画「リチャードを探して」である。
「リチャード三世」はせむしの男、グロスター公リチャードが兄や親族、臣下らを次々と陰謀で陥れ、王になる冷血の話だ。宮廷内はみな疑心暗鬼になり、共同してこの陰謀家に立ち向かうことができない。いかにばらばらになった人間が弱いかが冷徹に解剖される。身につまされる政治劇である。この話は国政だけでなく、町の企業の中にも、一族の中にもそして教室の中にもありうるドラマだ。「リチャード三世」が最も多く上演される理由はそこにあるのだろう。演劇的迫力もさることながら、英国人たちは政治的洞察力をこの劇を見ることで磨いてきたのだと思わせられる。それはこの映画のために参加した俳優たちのパワーが物語っている。もし、下手な芝居を見せられたら、とてもそのような洞察は持てまい。
パチーノは戯曲「リチャード三世」の狙いを俳優同士でディスカッションしたり、シェイクスピア学者に史実をインタビューしたり、本場英国の俳優に意見を聴いたり、演出家のピーター・ブルックに演出上のコツを尋ねたりと、四方八方動き回りながら、一方で選びに選び抜いた主要なシーンをカメラの前で上演していく。間の筋はナレーションで要約しながら、核となるシーンに凝縮する。戯曲を読んだだけでは複雑で散漫になりかねないこの劇がぐっと迫ってくる。これらシーンの選抜はこの映画の見どころだ。ドキュメンタリー部分と、パチーノが核と考える劇から抜粋したシーンを巧みに編集して飽かせず見せる。
パチーノ自ら主役のリチャード三世を演じるほか、アレック・ボールドウィン(クラレンス)、ウィノナ・ライダー(アン)、ケビン・スペイシー(バッキンガム)ら錚々たる映画俳優がノーギャラで出演している。だが、心を動かされるのはエステル・パーソンズ(マーガレット)とペネロープ・アレン(エリザベス)だった。俳優同士のディスカッションの場におけるこれら2人のベテラン女優の存在感はすごい。しかも、素の時と上演時がまったく同一人物とは思えない変貌ぶりにも瞠目させられる。
映画「リチャードを探して(looking for richard)」でパチーノはアメリカ映画監督協会ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞した。
■台詞「馬をくれ!馬を!代わりにこの国をやるぞ!」
「リチャード三世」のエンディングにリチャード三世の「馬をくれ!代わりにこの国をやるぞ!」という台詞がある。この言葉の意味は? パチーノは「リチャードを探して」の中でも結末、すなわち極悪非道の男の死に方をどうするかを考え抜いたようだ。戦場で獅子奮迅の活躍をしながらも、リチャード三世は自分の馬が去っていくのを目にする。彼は魂を失った一人の男のように馬を追い求めながら矢で射ぬかれて倒れる。 戯曲ではこの台詞の後、リチャード三世と敵方の将、リッチモンドが戦いながら舞台に現れることになっているが、映画では野に倒れたリチャード三世のもとにリッチモンドが現れ、とどめをさす。映画版の脚色の方がもとの戯曲より、リチャード三世に踏み込んだラストシーンになっている。
村上良太
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