日本を含めて地球規模に広がった「99%の反乱」が狙う1%の相手はそもそも何者なのか? 「超リッチ」と呼ばれる富裕層であることは間違いない。しかしただの大金持ちという認識にとどまっているなら、街頭デモは貧者のねたみとも誤解されかねない。 1%の正体は貪欲な新自由主義者たちにほかならない。彼らは対外侵略戦争を行使して恥じないだけではない。弱肉強食、不平等、格差拡大、貧困層増大 ― という巨大な不公正を広げながら私利をほしいままにしている。日本では多様な不公正はもちろん、「原発」も批判の的になっている。
▽ 「我々は99%」の仲間だ ― 都心で「反貧困、反原発」の集会
米国の「ウオール街を占拠せよ」のデモに始まり、世界に広がった「99%の反乱」日本版は、これまで情報不足の印象が否めなかったが、毎日新聞(2011年10月19日付)夕刊の<特集ワイド 「我々は99%」の仲間だ>(主見出し)がかなり詳しく伝えているので、紹介(要旨)する。脇見出しは<「怒れる若者たち」集会>、<世界と連動 約100人>、<都心で反貧困、反原発>など。
「貧乏人はカネも権力もないけれど、仲間はいるぞ! 集まるぞ!」 六本木ヒルズなど高層ビルが建ち並ぶ東京都港区六本木。15日正午すぎ、ビルの谷間の公園にツイッターなどの呼びかけに応じた約100人が集まった。20代から40代ぐらいが大半だ。 公園の中央には野菜カレーの大鍋やコーヒーポット、スローガンを書くための段ボールとペンがあった。従来のデモや集会にはない光景。手ぶらできた人たちも空腹を満たし、主張を訴えられるようにする工夫だ。 東京都内では同日、別の2カ所でデモが呼びかけられていたが、ここではできるだけ参加者に発言してもらいたいと、集会にした。
集まった人たちが一番多く掲げたのは「WE ARE THE 99%(我々は99%)」というウオール街発のスローガンだ。格差是正、特権批判などさまざまな意味が読み取れる。この「99%」がキーワードらしい。 「若者も怒っているよ!! 怒!怒!怒!」「格差是正・反失業」「富はすべての人のために」「原発輸出反対」「兵器より社会保障を」と手書きされた段ボールも掲げられた。政党や労組が呼びかけるデモや集会にはみられない多彩さ。つまりは、あいまいさやまとまりのなさが特徴だ。
集会が始まった。この日の集会を呼びかけたNPO「アジア太平洋資料センター」の事務局長(40)が語りかけた。「先進国の市民が<我々は99%>と言い始めた。アジアやアフリカなどの途上国でも貧困は解決されてこなかった。途上国と先進国の貧しい人たちがようやく同じ地平に立てた記念すべき日です。 一 人ひとりが声を上げることから始めたい」と。 「反貧困・反被ばく労働」と英語で掲げた東京都在住の女性フリーター(27、高校時代は福島市)は「この瞬間も原発で被ばく労働に従事している人たちがいる。原発事故は止まっていない。福島県民は被ばくし続けている。原発は止めなければならない」と声をふり絞った。「貧しい人たちが原発産業を支えている。貧困と原発は一直線でつながっている」と主張する。「アメリカの人たちが<反原発で連帯しよう>と言ってくれて心強かった。ここに来て、世界とつながるきっかけができた。何かが始まるような気がする」と目を輝かせた。
集会会場で仲間たちとドラムをたたいていた中央大学の準教授(アメリカ経済論)に「99%」の意味を聞いた。 「99%と1%の間に線を引くことで階級的な区別を示しつつ、同時に99%の中のいろんな階層や立場の人々すべてが仲間なんだというメッセージにもなっている。多様性を受け入れることは運動の創造性を高めるだろう」 その流れは日本にも波及するのだろうか。 「日本では集会やデモに対する規制がアメリカ以上に厳しい上、日本人は学校でも自分の意見を積極的に表明するよう教育されていない困難さがある。しかしユニークな街頭デモをする東京・高円寺の<素人の乱>など、日本でも似たスタイルの運動が芽生えている。広がる可能性はある」
▽ 「米の反格差デモ」の背景と今後の展望
ここでは毎日新聞(10月21日付)のオピニオン面「論点」の「米の反格差デモ」を読んで、反格差デモを促している背景、今後の展望について紹介する。この論点には高祖岩三郎さん(翻訳家・米ニューヨーク在住で、今回の運動に準備段階から関わっている)、青木冨貴子さん(ジャーナリスト・作家、ニューズウイーク日本版ニューヨーク支局長を務めた。ニューヨーク在住)、村田晃嗣さん(同志社大教授・国際関係論、米ジョージ・ワシントン大留学)の3人が登場している。
* 占拠運動は誰も予想しえなかった成功=高祖岩三郎さん ますます勢いを増し、全世界に伝播(でんぱ)しつつあるウオール街占拠運動は、8月の準備段階では誰も予想しえなかった成功を収めている。 参加者は日々の生活、抗議行動、教育文化活動を共有し、新しい共同体の構築を目指している。内部に差異と対立がないわけではない。だが議会政治に信を失った民衆が自らの生を変容させ、相互交換を通して下からの新しい政治を創出し、世直しに着手するという地平は共有している。 私個人にとっては何が変わったか? 決定的なのは、普段同じ場面で会わない異なった分野の友人たちが、一堂に会するようになったことである。さまざまな活動家、知識人、アーティストらが、場を同じくし始めている。信じがたいほどうれしい。この事実が、新しい社会関係の深く広い形成を物語っている。
* 1%と99%の間の信じられない不平等=青木冨貴子さん 彼らの抗議活動がたった4週間で全米150都市以上に拡大したのは、米経済に対するいらだちや怒りが市民の間で大きなうねりとなって広がってきたからだ。「潰すには大きすぎる」との理由で市民の税金を注ぎ込んで救われた大銀行会長が数百万ドルの高収入を得る一方、職を失いマイホーム・ローンも焦げ付いた市民には何の救済策もない。 1%のスーパー・リッチは景気後退に入る前、すでに所得の23.5%を独占。全米資産の半分以上、金融資産の70%以上を所有していた。さらにブッシュ前大統領の大型減税策の恩恵を受け、彼らの支払う所得税率は中間層より低いという信じられない不平等が横行している。 「昨年、私の払った連邦税はたった17%。下で働く20人より低かった」とニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したのは1%に属する投資家のウオーレン・パフェット氏。もっと税金を払いたいと提案し、超リッチのなかに賛同する声もあると記している。
* 日本でも反乱の可能性=村田晃嗣さん 米国での「小さな政府」を唱道する茶会運動が、すでに保守派の中で大きな広がりをみせている。「ウオール街占拠」運動は、貪欲への規制強化を求める点で茶会運動とは正反対のベクトル(大きさと向きをもつ量)にある。茶会運動が1980年代のレーガン主義へのノスタルジアだとすれば、「ウオール街占拠」運動はレーガン主義の帰結への異議申し立てである。しかし両者とも明確な組織と指導者を持たない点では共通している。再選をめざすオバマ大統領への痛烈な批判でも、両者は一致する。 わが日本ではどうか。日本の政治も、与野党が強さを競うより弱さを争う事態になっている。多くの企業が新卒一括採用にこだわるため、大学生の就職は卒業前の景気に大きく左右される。やがて日本にも怒れる若者の反乱が起こるかもしれない。
▽ 「99%の反乱」が狙う1%の正体(1) ― 貪欲な新自由主義者たち
「99%の反乱」を伝えるニュースやその論評を読みながら、隔靴掻痒(かっかそうよう)の感が否めない。痒(かゆ)いところに手が届きにくいという印象が残る。なぜなのか。地球規模のデモにまで広がった「99%の反乱」が怒りを燃やしている相手が例えば「超リッチ」であることは間違いない。しかしその正体がニュースや論評からは見えにくいのだ。 問題は、その「超リッチ」とは何者なのか? ただの大金持ちにすぎないのか。それだけの認識にとどまるなら、大金持ちに対する貧乏人の怨(うら)み、ねたみ、その憂(う)さをはらすためのデモにすぎない。それでは持続性は期待できない。 ここでは標的にすべき相手は、「超リッチ」とそれを可能にしている政治、経済、社会の構造にかかわる悪しき政策路線とその担い手として捉えたい。これが世界のデモが狙うべき「貪欲の群れ」であり、新自由主義者(=市場原理主義者)たちである。これこそが「99%の反乱」を歴史的必然としている1%の正体である。
新自由主義(=市場原理主義)は、別名新保守主義とも呼ばれ、1980年代以降の主流派経済思想として市場原理にこだわり、「小さな政府」(福祉や教育にも市場原理の導入を図る)を徹底させることをめざした。この新自由主義の主唱者はシカゴ大学を拠点とするシカゴ学派で、そのリーダー、M・フリードマン(1912〜2006年、1976年ノーベル経済学賞受賞、著書に『選択の自由―自立社会への挑戦』など)が著名である。 この新自由主義登場の背景には経済の急速なグローバル化(地球規模化)という事情がある。多国籍企業など大企業が地球規模での生き残り競争に打ち勝つためのイデオロギーであり、支援策を意味している。
その具体例はサッチャリズム(イギリスのサッチャー首相は1979年就任と同時に鉄道、電話、ガス、水道など国有企業の民営化、法人税減税、金融や労働法制の自由化などを実施)、レーガノミックス(1981年発足した米国・レーガン政権の軍事力増強、規制の緩和・廃止、民営化推進など)、さらに中曽根ミックス(1982年発足した日本の中曽根政権にみる軍備拡張、日米同盟路線の強化、規制の緩和・廃止、民営化推進=電電公社、国鉄の民営化など)から始まった。 特に2000年以降、米国のブッシュ政権さらに日本の小泉・安倍政権による新自由主義路線は市場原理主義と軍事力強化とが重なり合っていた点を見逃してはならない。 ブッシュ政権は、「テロとの戦い」「大量破壊兵器の保有」などを名目にアフガニスタン、イラクへの攻撃・占領支配を続けて、これまで巨額の戦費(約1兆ドル=約76兆円)を浪費し、米国内の貧富の格差を一層拡大させただけではない。米兵の犠牲者だけですでに4000名を超え、開戦の名目にした「9・11テロ」による犠牲者約3000名をはるかに上回っている。イラクの民間人死者は11万人超にのぼる。 オバマ米大統領は2011年10月21日、イラク駐留米軍を年内にすべて撤退させることを表明、これで9年近く続いた無謀なイラク戦争(2003年3月開戦)はようやく終結する。しかし米国の新自由主義路線に大きな変化はみられない。
▽「99%の反乱」が狙う1%の正体(2)― その日本版は野田政権
日本の場合、「構造改革」という名の新自由主義路線の土台になっているのが日米安保体制=日米同盟(軍事同盟と経済同盟)である。特に指摘すべきことは、新自由主義路線には一つは日米軍事同盟の強化(沖縄の米軍基地強化など)、もう一つはグローバル化の名の下に利益、効率追求第一主義に立って強行されてきた弱肉強食、不公正、不平等、多様な格差拡大、貧困層増大 ― という二つの側面が表裏一体の関係で構造化している点である。
民主党政権の誕生によって新自由主義路線が変化するのではないかという期待も一時広がったが、野田政権の登場とともにその期待は消え失せた。新自由主義路線の完全な復活といえる。野田政権は日米軍事同盟の強化を是認・推進しようとしているだけではない。
例えばTPP(Trans-Pacific Partnership=環太平洋経済連携協定。現在参加しているのは米国など9カ国)である。これは従来の貿易自由化と違って、関税ゼロによる完全自由化、徹底した規制緩和をめざすものである。対象となる分野は農林魚業、食糧、食品に限らない。医療の自由化による保険のきかない診療の増加、さらに労働ルールの規制緩和によって低賃金、非正規労働の増加も避けがたい。 野田首相は米国主導のこの協定参加に積極的であり、日本の「99%の反乱」の火に油を注ぐ所業に等しいといえるのではないか。
例えば原発推進である。菅前首相は退陣直前に「脱原発」を唱えた。これに対し野田首相は「原発推進」の立場である。もちろん「原発増設」は禁句らしいが、「脱原発」は拒否している。原発を推進してきた政・官・財・学・メディアなどからなる「原発推進複合体」の解体が急務となっているにもかかわらず、野田首相を含む「複合体」の面々はいまなお抵抗を続けている。新自由主義者たちの懲(こ)りない残党というほかない。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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