伊藤元重東大教授が書き下ろした経済学の入門書「入門 経済学」は画期的な本である。筆者は経済学が専門ではないが、そうした人間にとって非常にわかりやすい理論書だと感じさせられた。この本の魅力は現実の事例を豊富に紹介しながら、理論を説くところにある。それまでの数式や理論先行型の経済学のテキストにはない面白さがあったのである。最近ではそうした現実から説き起こすタイプの経済学のテキストも増えてきたが、本書が世に出たのは1988年であり、そうした試みの最初ではなかったろうか。
伊藤氏はその意図をこう書いている。
「「経済学を学ぶ目的は、経済学者の議論にだまされないようにするためである」とは、イギリスの高名な経済学者の言葉であったように記憶しています。私はこの言葉を、次のように勝手に解釈しています。経済学を学ぶ目的は、世間に流布する俗説や通説を鵜呑みにしないで、自分の頭で経済現象について考え、理解することができる能力を身につけることであると思います。この解釈にもとづいて上の言葉を現代風に解釈しなおせば、「経済学を学ぶ目的は、マスコミやエコノミストによって作られる俗説に惑わされずに、自分の目で経済現象をみつめる能力をみにつけることにある」とでもなるでしょう」
本書が刊行された1988年はバブル経済の真っただ中である。同年、当時上智大学教授だった岩田規久男氏の「日経を読むための経済学の基礎知識」(日本経済新聞社)も登場した。こちらの本は日経新聞の記事を使いながら、経済理論を説くというもので、伊藤氏のテキストと同じスタンスである。バブル時代には金余りで一般人までが株を競って買った。地価は高騰、円高が進行し、日本が世界の経済大国として浮上した。この頃、庶民も手にしやすいわかりやすく優れた経済学のテキストが生まれたのは偶然ではないだろう。
伊藤氏の「入門 経済学」はいわゆるマクロ経済学とミクロ経済学と両方をテキストに収めている。第一部の基礎理論編では有効需要、貨幣の機能と信用創造のメカニズム、財政金融政策、需要と供給、価格の資源配分機能、独占の理論などが取り上げられる。こう書くと無味乾燥な印象だが、中身は世間の出来事から紐解いているため、身近な具体的状況を考えていくことができ、飽きさせない。 第二部は応用編である。政府の課税措置、物価の決定(総需要と総供給)、インフレーションと失業、市場の失敗と補正(外部効果)、企業間の競争(不完全競争、日本的取引慣行)、消費者行動の理論、国際貿易、国際金融という順になっている。
伊藤教授は今、日本のホットなイシューになっているTPPに関して積極的な推進派である。教授は自由貿易によって、資源の最適配分が行われるという考え方であり、「入門 経済学」では比較優位説が紹介されている。
比較優位説では外国と貿易する場合に、「両国でそれぞれの財を1単位生産するためには何単位の労働が必要か」と考える。二国間の簡単な想定モデルを作って考えるのである。日本では機械を1単位生産するには2単位の労働が必要だが、農産物を1単位生産するには4単位の労働が必要であるという風に仮定する。 この仮定では日本は1単位の機械を生産する労働で2分の1単位の農産物を生産することができる(あるいは2分の1単位しか生産できないとも言い換えられる)。 一方、アメリカでは1単位の機械を生産するには6単位の労働が必要だが、1単位の農産物を生産するにも6単位の労働が必要である。つまり、アメリカでは1単位の機械を生産する労働で農産物も1単位生産できる。この日米の仮定になっている数値が正確かどうかはその時々の状況でも変わるだろうが、それに近い数値を仮に定めて考えてみるのである。
この仮定でいけば日本は機械に比較優位を持ち、アメリカは農産物に比較優位を持つと言うことになる。「この場合の「比較」とは、日本とアメリカとを比べるというよりも、機械と農産物を比べるという意味です」と伊藤氏は注意を促している。財を1単位生産するのに何単位の労働力を要するかが国際貿易では重要で、両国が自由貿易を前提にして、ともにそれぞれ比較優位のある産業に集約した方が両国は経済的に豊かになれるとする。こうしてそれぞれが相対的に見て生産性の高い産業に特化していけば資源が国際貿易において最適配分されると考える。一方、関税を設ければ資源の最適配分は妨げられると考える。
これは理論的にはそうだろう。だから自由貿易を行えば理論上は両国の生産性は高められる。しかし、それは政治的なリスクを排除した国境のない世界を仮定している。もし片方の国が国内の農業を崩壊させて産業を工業にシフトさせた場合、世界的な不作で食糧供給が減少した場合や政治的な思惑で農産物の輸出が妨げられれば突然、食糧が途絶えてしまう。自由貿易がずっと続く保証はない。もしTPP加盟国が大きな1つの国となって統合され、今ある国が州になればそのようなリスクはなくなるかもしれない。しかし、国家がある以上、どんな経済協定を結んでいてもこの先、何が起きるか未知数である。
今年、世界の人口は70億人を超えさらに増加を続けていく見通しである。食糧の増産にも限りが見えてきた今、これからの世界では食糧の戦略的な位置づけはますます大きくなってくると見られている。「アラブの春」の背景にも、国際的な穀物価格の高騰があったと見る人は少なくない。国際取引において穀物売買の大半を握っているのは一握りの米資本である。自由貿易は理論的には正しくとも、政治的リスクを排除することができない。もし、非常事態が起きても農産物が世に出るまでには相当の時間がかかる。その時になって慌てても遅い。オックスファムなど世界のNGOは今後、穀物価格は上昇すると警告している。天候も気候変動で耕作の難しさが増していると聞く。輸入食料は安い、という今の常識がいつまで通用するかは疑問である。
ところで伊藤教授は「入門 経済学」の第二版を2001年に出版し、版を重ねている。新しい版ではカラーになり、最初の版よりもいささか政治色が強くなった気配がある。しかしながら、基本的な説明は同じであり、やはりわかりやすく優れたテキストだと思う。伊藤教授が政治的にどのようなスタンスであろうと、「入門 経済学」の価値は変わらないと思うのである。
■「世界人口70億人へ」(読売オンライン)
「(国連人口基金によると)1999年の60億人から12年間で10億人増加。13年後には80億人、2050年には93億人となる見込み」とある。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20111026-OYT1T00940.htm 日本人は米を自給できていたからあまり気付いていないと思われるが、小麦の価格が高騰してアラブ諸国や東欧などでは生活費に占める食料価格の割合(エンゲル係数)がどんどん上がっていたのが最近の傾向だった。オックスファムなどのサイトを見るとそうした事例がいくつも紹介されている。この穀物価格の高騰が国民の暮らしを直撃したのは食糧(小麦)が自給できない国々だった。このことは日本の行く末への警告と思われるのである。日本が主食を自給できなくなってから、突然コメや小麦の価格を2倍にします、いや、10倍にしますということになったらどうなるのだろうか。
■「飢餓人口が増加に転じた時代に生きている」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201107011028145
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