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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2011年12月11日13時09分掲載
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文化
【核を詠う】（19）正田篠枝『被爆歌人の手記・耳鳴り』短歌を読む�ぁ崋�底に 幾千いるか くつわ虫 原爆後遺症の 孤独にひびく」 山崎芳彦
「いろいろ 養生しましたけれど／どうしても しゃんとしません／親切な人に 紹介して いただいて／蔵本先生に 診て貰いました／蔵本先生は ＡＢＣＣに 診察を 受けるように／紹介状を くださいました・・・かまぼこ型の 建物は 立派で 美しく／すべりころびそうに 綺麗で ありますが／誰も彼も 冷たい感じがします・・・結局 私の体は 貧血と 癌の兆候ありと／書いてありました／癌なんて 嫌だと 思いました／癌よ 吹き飛んで 消えて 失（な）くなって／くれょっ と思いました／貧血は 栄養と 安静で がんばろう と思いました／癌は こりこりです 父は 原爆後 癌で／苦しみ 苦しみ 亡くなりました／癌よ 消えてくれ たのむ たのむ と思いました」（「癌」 『耳鳴り』所収の詩より）
「広島に市民病院が出来ました／診て貰って 医師のお書きになった書類を／原爆対策協会という事務所に 持って行くのでありました／事務員さんが 私が持参したものを／一目見るなり／こりゃあ 大変じゃあ／・・・直ぐ 入院しんさい／そうしないと 死ぬるぞっ と言われました・・・／赤血球 白血球数が 凄く 普通の人よりか／少ないのだ そうです／子供さんは 幾つかいのっ と問われます／大学二年です と 答えると／もう少しじゃがのう と／私の顔を じろじろ 見られます／わたしは 死ぬんか しらん」(「こりゃあ 大変だっ」 同前)
原爆症によるさまざまな症状に苦しみながら、旅館業を営み、税務署の差し押さえなど生活に苦闘していた正田篠枝さんは、知友の詩人・峠三吉が国立広島療養所で肺の手術中に三十六歳の生涯を閉じたその年に、原爆を投下したアメリカの原子力委員会が原爆放射線の人体に及ぼす影響を調査研究することを目的に広島市・比治山に設置したＡＢＣＣ（原爆症外調査委員会）で検査を受け、「貧血と癌の兆候あり」と記された診断書の郵送を受ける。父・逸蔵、義兄高本光信を原爆症の癌で喪った彼女にとって、自らも癌の宣告を受けた衝撃は大きかった。(ＡＢＣＣは、被爆者の検査を行なうのみで治療は一切行なわず、検査結果のデータは本国にすべて持ち帰り、診察結果を患者と主治医に通知するだけであった。筆者は1969年に広島の被爆者に取材した際、ＡＢＣＣの検査を受けた人々から、そこで受けた仕打ちへの怨嗟の声を数多く聞いた。)
この時期の正田さんの短歌作品を読んでいく。これは、正田さんのみならず、辛うじて原爆投下のもとで生き延びた多くの人の、原爆症の苦しみと重なるし、核放射能のもたらす被害ということでは、原発の放射能と本質的に同じである。筆者はいま、福島の歌人・故東海正史さんの歌集『原発稼働の陰に』（短歌新聞社刊）を福島・南相馬市立図書館から、佐藤祐禎さんの歌集『青白き光』（同）を国会図書館からそれぞれ地元の図書館経由で借りて読んでいるが、原発作業員の被曝と死、原発の故障や設備の老朽化、地域への影響などを詠った作品を読みながら、あらためて原発廃止を一刻も早く実現しなければならないと思う。原発の継続稼働は人間の未来を閉ざすものであると言えよう。
白血球、赤血球の減少
血球数 われは知らねど 苦しくて 耐え得ずあれば 減少はなはだしいと
一回目の 入院の前大変と 言われし 血球数減少は いまなお続く
ついにわれ 病（やまい）こうもうに いりたるか 血球数減少を 気にせずあらん
なぜ腫れる
またしても 掌をのせている 脾臓のうえ ちくりと痛む うす気味悪し
なにゆえに 脾臓痛むかと たずぬれば 主治医はひくく 腫れているからと
わが脾臓 なぜ腫れるかと 問うたれば 医師は答えず 気にしんさんなと
主治医には 脾臓肝臓の 痛み告ぐ 心のいたみ 誰に告ぐべきや
腫れしため 脾臓肝臓が 痛むとか 心のいたみ 心腫るるか
原爆に あいしひとみな 病状が よく似ているで ほほえみかわす
心うつ 労働体験の 歌みつつ 腫れし 脾臓の うえに掌を置く
はんてん
あの薬 われに効きしか この日頃 はんてんを見ず なんとなくうれし
はんてんを 久（ひさ）に見ざるに けさはまた うすむらさきに 三ヵ所うかぶ
むらさきに うかぶはんてん さし示し 吾子に告ぐれば 暗き顔しぬ
なさけなし はんてんがまた 三ヵ所も うかびておりぬ こすりてはみる
熱きキス されし如くに はんてんが 頸筋にうく 手鏡みつむ
手鏡を 持ち替えみては みつめたり なぜなんだろう 頸筋の斑点
皺くちゃの 掌に浮かびたる 斑点が 昨日より今日 大きく広がる
ましろなる 肌のはんてん 見たせつな むくろの如き われを悲しむ
死ぬのでは ないかと不安 湧きいでぬ はんてん見たる せつなせつなに
耳鳴り
耳鳴りの はげしきわれは 耳遠く されど聞こゆる 対岸の蝉
対岸の蝉か わが身の 耳鳴りか わからずなりて ついに諦む
夜の更けに ものおもひいる わが耳に はげしき耳鳴り 聞こえ来るなり
耳鳴りで 耳遠きわれ 沖縄の 留学生の声 いつもきき得ず
耳鳴りで 耳遠きわれを 子は叱る 大き声すれば 隣に聞こゆ と
耳鳴りで 耳遠きわれ ひとさまに 会いたくなし ひとりはきらく
耳鳴りの われに就職 頼むひと 帰宅のあとの 腹立たしさよ
耳底に 幾千いるか くつわ虫 原爆後遺症の 孤独にひびく
耳鳴りは 君が言葉を 遠ざけぬ 心ちかづけ のがさじと聞く
頭痛
この重き 苦しみひとに わからない 闇き部屋にて まなこをとぢぬ
人に会ふ こころおこらず 裏道を 選びて通ふ 原爆病院へ
頭重く ひとけなき道 かんな咲く うんこが多く 目につきさえず
けんたい感
欲（よく）深き われなる故に 働きて 銭（ぜに）もうけたく 思えど動けず
ついにわれ なまけ者かと 思いみる どうないとなれ なにもしたくなし
暇あれば 寝ている始末（しまつ）の 明け暮れは 愚痴が多くて ほこりが多し
正田さんは、原爆症による癌の宣告を受け、さまざまな身体症状に苦しむ日々を送り、昭和三十年末には市民病院に入院し、退院したあとも通院、さらに翌年には原爆病院への入院、通院、再入院と苦しい闘病生活が続いた。（旅館は廃業し、アパート経営をしたが、国や市の被爆者対策は見るべきものがなかった。）そのような中にあっても、正田さんの短歌、詩などの創作は絶間なく続き『耳鳴り』に所収されている作品以外にも多くの作品を遺している。さらに昭和三十四年には有志と発起し「原水爆禁止母の会」の結成に参加し、同会が昭和三十六年から発行した機関誌『ひろしまの河』に詩やエッセイ、短歌など作品を積極的に発表した。
『耳鳴り』の中の詩「どうしてこんなにたいぎいのだろう」では、「たいぎゅうて たいぎゅうて ならない私／おしゃれのくせに／顔を洗うのが たいぎいのです／新聞の活字なんか たいぎゅうて／見たくないのです が／大きな活字 大きな写真は／たいぎゅうても 目にはいります／国会の乱闘 全学連の騒ぎ 炭鉱のスト／皆元気で ええですねえ／私も そんなに 闘えるほど 元気に なりたいです／闘って 闘って 人間は 生きるのですね／私のようになっては 闘えません／こんなに たいぎゅう なっては／つまりません」と書いている。
この正田さんの心情を思うと切ない。しかし、正田さんは闘いをやめないのである。まことに苦しい生を生きながら、原爆、核放射能の反人間の本質を告発してやまない、それが彼女の作品であるし、いまの私たちが受けとめ引き継がなければならない、人間正田篠枝の真実ではないだろうか。原爆症の苦しみ、生活の苦しみ、原水爆禁止運動の混迷・混乱を憂え悲しむ思い・・・。彼女は自らの存在、原爆被爆者として生きぬく日々のすべてを詠い続け、訴え続けた。『耳鳴り』の短歌はさらに続く。
めまい
雇わずに かたづけせんと きおえども 見るもの薄らぎ 立つことを得ず
倒れては 起き上がりては もがけども 所詮駄目か 役立たぬわれ
人間が なつかしゅうて ならぬわれ 訪ね来たりて 話せば苦し
おおむねは われは語らず 聞く役が 苦しくてならず 早よ帰れと思う
ひと見れば 嬉しきわれゆえ 寄りくれと つい言いたれば しまったと思う
食欲不振
ひとなみに 盛りつけしたる 料理には 恐怖を感ず 炊事場に居れず
皿ひとつ 持ち来て窓辺に 川見つつ さざ浪みつつ ひとり夕餉す
お料理の 残りしお膳 手伝いへ 詫びつつ渡す 気悪くすなと
食欲の なきを気づかい むすび持ち 家婢の連れ子が 届け来たりぬ
寝汗
更けし夜 衣着替えて よこたわる 寝汗の薬 アロエを服まん
アロエ植えし 白き焼き鉢 持ち歩く 寝汗の薬 枯らすまいよと
牛乳の 空瓶を洗い 白き水 アロエに注ぎ はぐくみ育つ
雛過ぎて 雪ちらつくを こぼしつつ アロエの鉢を 陽黙りに置く
悪寒高熱
下宿せる 青年に寒いねと 言いたれば けげんな顔せり われのみ悪寒
悪寒して 高熱が出て 苦しんだら 下って治ると 思いつうつぶす
正田さんの病苦の歌が続くが、この苦しみの根源は原爆被曝による核放射能なのである。昭和30年代の前半には、まだ原爆症―核放射能による癌の発症については、大きな関心が払われていなかった。しかし、核放射能は確実に被爆者の癌発症率を高め、しかも発症部位の多様性、発症にいたる潜伏期間の違いなどもあって、国や自治体の被爆者援護の取り組みの消極性は、闘病と生活苦に喘ぐ被害者の実態を、きわめて深刻なものにしたのだ。正田さんの作品は、個人の闘病記ではない。
次回もさらに『耳鳴り』の短歌を読み続ける。 (つづく)
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