主要メディアの2012年元旦社説を読んだ。元旦社説はメディアの年頭の辞であり、本年の主張に関する心構えという意味合いも秘めている。だからそれなりに力のこもった作品になるはずだが、なぜか本年の大手紙社説には光る色彩が不足している。思うに時代や権力に対する図太い批判力が萎えているためではないか。 大手紙の批判力への疑問が提示されるようになってすでに久しいが、これに比べれば沖縄紙の年頭社説には教えられるところが少なくない。本土紙と沖縄紙との隔たりを念頭に置きながら元旦社説を吟味する。
まず大手紙のうち3紙と沖縄の琉球新報の元旦社説の見出しを紹介する。次の通りである。一見して、3紙は何を論じたらよいのか、苦心している様子がうかがえる。一方沖縄の琉球新報の主張は明快である。 *毎日新聞=2012年激動の年 問題解決できる政治を *読売新聞=「危機」乗り越える統治能力を ポピュリズムと決別せよ *朝日新聞=ポスト成長の年明け すべて将来世代のために *琉球新報=新年を迎えて 平和と人権尊ぶ世界を 問われる沖縄の自治力 以下順次、その要点を吟味する。
(1)毎日新聞社説 ― 「いよいよ我々国民の出番である」 その要点を紹介すると、以下のようである。
民主政治の問題解決能力を高めるためにどうするか。(中略)政治家が説明、説得、妥協の術を使い果たし、それでも問題解決ができない場合は、いよいよ我々国民の出番である。他に選択肢のない民主政治の中で、どの党とどの政治家が優れた判断力と強い情熱を持って彼らにしかできない仕事をしてきたか、また、する意思と能力があるのか。国民にしかできない有権者としての判断を下し、問題解決を後押ししようではないか、と。
<安原の感想>ここでは「国民の出番」がキーワードらしい。民主政治のイロハを説いているのだろうが、時機をみて、「さあ、これから出番だ」というものだろうか。民主政治は最初から徹頭徹尾、国民の出番によってのみ成り立っているのではないのか。途中から国民が参加する民主政治とはどこの国の民主政治なのか。
次の社説の文章も分かりにくい。 手間も時間もかかる。だが、「政治という仕事は、情熱と判断力の両方を使いながら、堅い板に力をこめて、ゆっくりと穴を開けていくような仕事」(マックス・ウェーバー)なのである。「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことができる。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが」(ウィンストン・チャーチル)。2人の先達の至言をこの正月、改めてかみしめたい、と。
<安原の感想>高校生の社会科の学習ならともかく、21世紀の日本において、今どき、社説の中にマックス・ウェーバー(1864〜1920、ドイツの社会経済学者で、著作『プロテスタンチズムの倫理と資本主義の精神』が知られる)とウィンストン・チャーチル(1874〜1965、第二次大戦時の英国首相)という歴史上の人物が罷り出なければならない必然性がつかみにくい。
(2)読売新聞社説 ― ポピュリズムと決別せよ あれもこれも、とこれほど網羅的に問題点を取り上げている社悦も珍しい。その骨子は次のようである。
・復興を進めて経済を成長軌道に乗せたい ・消費税率引き上げによる財政再建を ・負担減と給付増を求めるような大衆に迎合する政治(ポピュリズム)と決別を ・アジア重視に転じた米国との同盟の深化と南西方面の防衛力向上を ・沖縄問題解決のために野田首相も沖縄に出向き、知事らを本気で説得せよ ・TPP(米国主導の環太平洋経済連携協定)参加はピンチではなく、再生へのチャンス ・安全が確認できた原発から再稼働していくこと。再稼働が進まないと、企業が海外移転を図り、産業空洞化に拍車を掛ける ・消費税、沖縄、TPP、原発の各課題は、いずれも先送りできない
<安原の感想>以上のようにどこに焦点があるのか、分かりくい内容だが、しかし丁寧に読み直してみると、そこに一貫した意図を感じないわけにはいかない。それは野田政権を全面的に支持し、叱咤激励しようという姿勢である。消費税引き上げから日米同盟深化、TPP参加、原発の再稼働に至るまで全面的な「よいしょ」で、激励される方が気恥ずかしくなるような熱の入れようでもある。まさしくポピュリズムへの嫌悪、言い換えれば大衆蔑視にほかならない。 しかし今や大衆が歴史をつくり、政治、経済を動かす時代である。「ウオール街の占拠」から日本も含めて世界に広がった「99%の反乱」は、その最近の具体例である。しかも肝心の野田政権の支持率は急落し、野田政権に世論は背を向けつつあるのだ。過剰な「よいしょ」はかえって「贔屓(ひいき)の引き倒し」にならないか。社説自体が自己矛盾に陥っている印象さえ否めない。
(3)朝日新聞社説 ― ポスト成長の年明け 朝日新聞の元旦社説の見出しは「ポスト成長の年明け ― すべて将来世代のために」である。ここから社説のキーワードは「ポスト成長」と読み取ることができる。その骨子は以下のようである。
・戦後ずっと続いてきた「成長の時代」が、先進国ではいよいよ終わろうとしている ・昨秋、ブータンから来日した国王夫妻を人々は大歓迎した。(中略)物質的な充足よりも心の豊かさを求めてGNH(国民総幸福)を掲げるブータンの国是に、ひとつの未来を見いだしたからだろう ・草食系の若者たちが登場したのは、ポスト成長の環境変化に適応して進化したからではないか――。みずほ総合研究所がこんな新説を唱えている ・地球大での環境や資源の限界を考えても、低成長に適応していくことは好ましい ・「ゼロ成長への適応」と「成長への努力」という相反するような二つの課題を、同時にどう達成するのか。歴史的にみて、経験したことのない困難な道である ・そのさい、「持続可能性」を大原則とすることを提案する。何よりも、将来世代のことを考えるためだ
<安原の感想>「ポスト成長」を掲げるからには、脱成長つまり「成長主義よ、さようなら」という明確な告別宣言かと期待して読んでみたら、そうではない。例えばブータンの「GNH(国民総幸福)」について「ひとつの未来」と述べている。いいかえればあくまで選択肢の一つにすぎないという認識である。 草食系の若者たちの登場の背景として「ポスト成長」の環境変化への適応、進化だ、という見方は興味深い。彼ら若者たちはとっくに経済成長主義には見切りをつけているのではないか。それは諦(あきら)めではなく、むしろ健全な生き方だろう。社説も「地球大での環境や資源の限界を考えても、低成長に適応していくことは好ましい」と指摘しているではないか。もっともここでは「低成長」ではなく「脱成長」と表現すべきだろう。
どうも朝日社説は「ポスト成長」を模索しながら経済成長主義を超えられないようだ。それは<「ゼロ成長への適応」と「成長への努力」という相反するような二つの課題を、同時にどう達成するか>という問題提起に見出すことができる。くだいて言えば「成長しないで成長していく」という矛盾そのものの謎に等しい。世界人口は今や70億人となったが、この謎解きができる者が一人でもいるだろうか。 「持続可能性」は大事な原則である。この原則を維持するためには「脱成長」に潔く踏み切ったらいかがか。 経済成長主義は人間でいえば、体重を増やすことを最優先する生き方である。逆に脱成長とは人間でいえば、体重を増やすことに関心を抱かず、人間力や品格を磨くことといえよう。少年時代はともかく、大人になってからも体重を増やそうと励むのは、どこかアンバランスな異常神経である。
(4)琉球新報社説 沖縄の琉球新報社説の見出しは「平和と人権尊ぶ世界を 問われる沖縄の自治力」である。この見出しからすでに本土の大手3紙の社説とは異質な主張をうかがわせる。その大要は以下の通り。
民主主義の真価示せ 日米両政府が解決を急ぐべきは、「世界一危険」とされる米軍普天間飛行場の返還問題だ。基地が住民の敵意に囲まれることを回避し沖縄返還にこぎ着けた先人の知恵、教訓を生かせば、普天間返還は必ずや実現できるだろう。日米は民主主義の真価を世界に示してもらいたい。
社会的罪自覚を 政権、政党は、新しい時代に適合した政治理念や社会経済システムを国民に分かりやすく示すべきだ。 インドの非暴力主義の指導者、マハトマ・ガンジーは90年近く前、「七つの社会的罪」として「理念なき政治」「労働なき富」「道徳なき商業」「人間性なき科学」などを掲げた。 脱原発運動をリードする京都大学助教の小出裕章氏も引用しているが、「原発安全神話」を振りまいてきた歴代政権や電力会社、学者の罪深さを思うと、ガンジーの言葉は示唆に富む。 政治の迷走、暴走はもうしまいにしたい。「アラブの春」を教訓に、世界各地で民主主義と人間の尊厳が最大限尊重される「国境なき春」の到来を願ってやまない。
<安原の感想>以上の社説にみるキーワードは「民主主義」であり、ガンジーの「七つの社会的罪」である。米軍基地の返還交渉で苦悩を抱える沖縄にふさわしいキーワードではないだろうか。 ここでの民主主義とは、アメリカ大統領リンカーンの有名な演説、「人民の人民による人民のための政治」が念頭にあるのだろう。沖縄への基地返還は民主主義の原点に関わっている。民主主義の故郷、アメリカは何を迷っているのか、という心の叫びであるに違いない。 底知れない大きな災害をもたらした「原発安全神話」それ自体が実は暴力そのものであり、ガンジーの非暴力主義に相反する。同時に災害も神話もガンジーの唱える「社会的罪」にほかならないのだから、それを自覚することから出直すほかない。 リンカーンとガンジーを今一度学び直したい。この社説はそのことを訴えている。それにしても本土紙と沖縄紙とはなぜこのように懸け離れているのか。
*本稿は「安原和雄の仏教経済塾」からの転載です。
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