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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2012年01月16日23時51分掲載
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コラム
パリのマクドナルド 〜遊牧民とトイレ〜
パリのマクドナルドとなると、有機農業やスローフードの支持者たちから目の敵にされているんじゃなかろうか。実際、パリでマクドナルドに入ってもあまりハッピーな気分にならない。マクドナルドなら日本にもたくさんある。何もパリでまで・・・。
しかし、何週間も滞在しているとカフェだけでは時間が持たせられなくなる。特に夏場は1日の日が長い。夜の九時頃まで明るいので、1日が前半と後半に分かれた2日間に相当するような気がしてくる。しかし、1軒のカフェに長居してもせいぜい1〜2時間が限度だ。しかもカフェの場合、ギャルソンにチップも用意しなくてはならない。だから、1日に2度、3度と入っているとそれなりの出費になってしまう。
ところがマクドナルドの場合、チップが不要だし、1ユーロくらいでコーヒー1杯が買える。しかも何時間いようと周囲に迷惑をかけない限り、店員からとやかく言われることはない。だから、本と辞書を抱えて1日に1度はマクドナルドに入る。そこで一人戯曲を読んでいると、マクドナルドが庶民的な場所であることに気づかされる。席についていると、
「あんた、コイン貸してよ」
としばしば言われる。声をかけてくる人は女性が多い。しばしば近くにある安売りショップ、サンパ(Sympa)のビニル袋を持っている。「コインを貸して」と言われるのは僕だけではない。ところで、ここで言うコインは通貨ではない。コイン状の丸い金属板である。
パリのマクドナルドで金を払って食い物か、ドリンクを買うと店員がコインを1枚渡してくれる。このコインはトイレに入るときに鍵を開けるために使うものだ。何故そんなものがあるのか、と言えば、パリは意外と公衆トイレが少ない。そこで比較的敷居の低いマクドナルドは庶民から公衆トイレ代わりに使われているフシがある。食品を買わずに入ってきてトイレに入る。そこで店側も防衛策としてコインを用いるようになったのだ。それでもトイレに行きたいという欲求は抑え難いものだから、町の人々は座って食事をしている客たちからコインを借りてトイレに入る。それにしてもパリにはゴミ容器は豊富にあるのに、なぜ公衆トイレは少ないのか。
僕がよく滞在するのはモンマルトルに近いバルべス周辺である。このあたりにはアフリカ系、アジア系、アラブ系の人々が多く暮らしている。食材店にはアフリカのイモや豆などが豊富に並んでいる。路上ではコーランやアラブ系歌手のCDを売っている。スカーフの色とりどりの生地を売る店もある。マクドナルドの中にもスカーフを頭にまとったアラブ系の女性が少なくない。アラブ系の女性は敬虔でおしとやかに違いない、と思われる人も少なくなかろうが、意外と馴れ馴れしい。隣に座っている僕が本に辞書で引いた訳語をたびたびペンでメモしているのを見たのだろう。
「あんた、ボールペンを貸しなさい」
と彼女は突然、手を出してきた。彼女は携帯電話で誰かと話している。電話番号をメモしたいのだが、筆記具がないのだ。ボールペンを貸すくらいどうということはない。彼女は僕のペンでメモを取りながら、店の中で携帯電話で熱心に話している。しばらくすると、はぁはぁ息を切らして男が駆けつけてきた。男と話し始めてしばらくすると僕の方を振り向いて、「もう一度、ペンを貸して」。彼女はまた紙切れにメモをしている。間もなく、男は彼女に「では行ってきます」とでも言わんばかりに足早に出て行った。二人の事情はよくわからないが、アラブの女性は意外と強そうだ。
携帯電話のようなデジタル機器とアラブの女性は最初はミスマッチな気がしたが、考えてみると移動に適した携帯電話は本来は砂漠の遊牧民にふさわしい通信機器なのかもしれない。とすると、ここはオアシスかな・・・??僕はこのマクドナルドで「ユビュ王」という戯曲を読んだ。
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