デインジャー・オマルは独学の思想家であり、哲学者だ。緩やかな水もとがった岩を滑らかにする。デインジャーは大半の時間を都市で過ごしているが、心は常に生まれ故郷のアザワクにある。そこはほとんど気がつかないほどゆるやかな起伏のある大平原で、アガデズ西部からマリにかけて広がっている。
デインジャーはある時、こんな話をしてくれた。アフリカ人は今でもヨーロッパ人が夢をかなえてくれると信じている。それがたとえ幻想に過ぎないとしてもだと。信念くらい強いものはない。デインジャー自身、まだ若い頃、幸運を手にしたことがあった。村の学校を訪れたNGOの職員によって選ばれ、フランスのトゥールーズに留学する機会を与えられたのだ。デインジャーは熱心に勉強し、電気技士になった。デインジャーには豊かな才能があった。しかし、図太い神経と鋼鉄の忍耐力が欠けていたのだ。それなしには有色人種の学生はフランスに地歩を築くことはできない。
デインジャーは故郷に帰りたくなった。アフリカに戻ったデインジャーが見つけたのはアルリットのウラン鉱山の仕事だった。アルリットといえば、ブレアとブッシュのコンビによれば、サダム・フセインが原爆製造の為に買い物をしたとされる場所である。間もなく、デインジャーは健康を害してしまったことに気づいた。
その後、デインジャーはニジェール北部のアガデス州に小さな土地を買った。当時は閑散とした土地だったが、デインジャーは慎重にその場所を選んだのだ。そして、2軒の家を建てた。デインジャーの家族にとってはたっぷりの空間だ。デインジャーはそこに未来の計画を持っていた。
郊外の人口が急速に増えていることから地価は今では10倍に跳ね上がった。その上、近隣には蚊がいない。ということはマラリアにかかる心配がない。マラリアはたとえばニジェールでは死因のトップに位置する。
デインジャーの屋敷は塀に囲まれているが、玄関門の脇に水道の蛇口がある。だが、配管工事は急がない。下水施設がないからだ。蛇口から水が漏れている。そこでデインジャーは蛇口の脇に一本の木を植えた。木はすぐに大きくなった。デインジャーの母親も一緒に暮らしている。彼女は豊かな装飾の施されたトゥアレグ族のベッドから、息子が買った土地を見渡す。ベッドには天蓋があり、日差しから彼女を守ってくれる。ここに訪問客たちが集まって座り、その日の出来事を話し合い、涼しい風を楽しむのだ。
デインジャーによれば都市では誰もが自分のことしか考えない。みんなのことを考えるのは神様だけだ。しかし、田舎には連帯感がある。アガデズは未開発で、可能性は多くない。アガデズの人々には学ばなければならないことがたくさんある。運命論を捨て、柔軟になり、今手にしているものでできることから始めなくてはならない。デインジャーはこれを「システム1」と呼ぶが、つまりはインプロバイゼーション=即席でやることである。
デインジャーがスロベニアにやってきたことがある。そこでデインジャーはサハラを訪れる欧州人たちのドキュメンタリーを住民に見せた。その映画は来訪者たちの新植民地主義のまなざしを映したものだった。デインジャーは我々〜スロベニア人〜の国に魅了されはしなかった。スロベニアには緑の牧草も、豊かな川も、森も、肥えた牛も、そして秩序よく流れる交通など、いいところがたくさんあるというのにだ。
「ここでは時間が駆け足だから、時間を縛らなくてはダメだ」
上映を終えたある晩、デインジャーは僕にそう語った。
*アルリット(Arlit) ニジェール北部に位置するウラン鉱山のある都市。アガデス(Aagadez)州に位置する。ウィキぺディアによればウランの発見によって、1969年に鉱山業の町となった。バックアップしていたのはフランス政府である。2006年には人口8万(推定)の町だとされる。
http://en.wikipedia.org/wiki/Arlit 寄稿 アンドレイ・モロビッチ 翻訳 プリモス・トロベフセク(スロべニア語→英語) 翻訳 村上良太 (英語→日本語)
■現代の遊牧民〜モダン・ノマドの日記 3http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202260026360 ■現代の遊牧民〜モダン・ノマドの日記 2http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202162307244 ■現代の遊牧民〜「モダン・ノマドの日記」
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201201150322290 ■お茶の時間
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201201280608076
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