(以下は朝日新聞の月刊メディア雑誌「Journalism(ジャーナリズム)」3月号に掲載された記事に補足したものです。) http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=13583
英国で有色人種人口に最も閉じられた世界といえば、新聞界も例外ではない。
左派系週刊誌「ニュー・ステーツマン」電子版の分析(1月12日付)によると、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(昨年7月廃刊)での電話盗聴事件への反省から、新聞界の報道の実態や倫理基準を調査する、「レベソン委員会」(レベソン判事の名前から由来)が、昨年秋から公聴会を開いているが、年末までに名前が挙がった99人の証言者の中で、社会の少数民族(マイノリティー)であった人物はわずか2人だったという。
ガーディアン紙が編さんする、『メディア界の重要人物100人のリスト』の中で、少数民族の人物は1人だけ。全国紙の編集長あるいは政治部長で非白人である人はいない。
また、昨年12月5日から11日までの間に、同誌が複数の全国紙の論説コラムを誰が書いたかを調べたところ、タイムズ紙とその日曜版「サンデー・タイムズ」の39のコラムのうち、非白人が書いたものはわずか2本。インディペンデント紙およびその日曜版ではコラム総数が34のうち、非白人によるものは1つ。ガーディアン紙および日曜版に該当するオブザーバー紙では総数が48で非白人が書いたコラムは4。
「デイリー・メール」および「メール・オン・サンデー」では全部が23の中で、非白人が書いたコラムはゼロ。「デイリーテレグラフ」と「サンデー・テレグラフ」、および「デイリー・エクスプレス」と「サンデー・エクスプレス」の場合はそれぞれ総数が46、22で、非白人によるものはゼロだった。経済紙「フィナンシャル・タイムズ」では総数35のうち、3つを非白人コラムニストが書いていた。
参考までにいうと、政府統計局(ONS)の調べでは、2009年、イングランドおよびウェールズ地方(英国の人口全体の5分の4を占める地域)での非白人は全体の16・8%であった。これは6人に1人の割合だ。
「ニュー・ステーツマン」の政治記者メーディ・ハッサン氏は、「第2次世界大戦後の労働力不足で、英国が西インド諸島から多くの労働者を移民として呼び寄せたときから64年、人種関係法が成立してから36年、ローレンス事件が起きてから18年が経った現在も、英国の論壇は単一民族、単一文化」が支配する状況が続いてきたと述べる(1月16日付)。「新聞や雑誌の論壇面はその国の世論形成に大きな影響を与える」、だから書き手が多様な人種、社会的背景を持っていることが重要なのだという。
ストロー元内相が先のBBCラジオの番組「ロング・ビュー」で述べたように、ローレンス事件は、英国の人種差別撤廃への大きな一歩となった。しかし「まだまだ長い道のりがある」(ストロー談)ことも確かだ。
メディアはジャーナリズムによる貢献とともに、多様な声を確保するために職場の人事構成においても変革を求められている。(終)
ーーー補足ーーーーー
*人種差別にからんだ事件は、最近でもよく発生している。
例えば、差別的発言が問題視されたケースにサッカーのプレミア・リーグのクラ ブの1つチェルシーに所属するジョン・テリー選手の件がある。テリーは、昨年10月に行われたクイーンズ・パーク・レンジャーズのアントン・ファーディナンドに人種差別発言を行ったとして、起訴された。
そして2月上旬、イングランドサッカー協会は、テリーからイングランド代表チームの主将の座を剥奪すると発表した。本人は容疑を否認しているが、公判が7月まで延期になったため、疑惑が解消されるまで、テリーが代表チームの主将であり続けるのは好ましくない、との判断だ。本人が否定する「疑惑」でも、ここまでしなければ大きな批判を浴びることになるため、組織の側も迅速に動く。
この件でイングランド代表の監督だったファビオ・カペッロが電撃辞任する事態が起きた。カペッロにしてみれば、テリーはまだ有罪になったわけではないし、代表チームの人選は監督の仕事の範囲と考えた場合、これを侵害されたと思ったのだろう。
ところが、英国の人種差別法がらみの文脈は、非常に厳しい。これでもか!というところまでやらないと、納得してもらえない。ある意味異常かもしれないが、今のところ、そうなっている。
*上の記事で、何故有色人種のコラムニストが少ないかについての補足だが、これは、全体的に有色人種(特に西インド諸島、カリブ海系、アフリカ系など)の雇用率、教育程度が白人人種と比較して低いこと、貧困度がより高いなどの社会的要因がまずある。こういった要因があるために、高級ホワイトカラーに就く男性成人のロールモデルが少ない。それと、英国のメディアへの就職は非常に難しく、コネで仕事を見つけたりする、最初はほぼ無給か非常に定額の賃金で働くといった状況があって、なかなか有色人種層に道が開かない。コネというのは、ここでは例えば、「知っている人・友人やその子弟などに仕事を回す」ことだが、もともと白人層が多い仕事の場合、コネだとどうしても自分と同じ社会的層にいる人を引っ張ることになる。こうして悪循環が止まらない。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
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