インド下院農業委員会の設置したパネルは8月9日、2年にわたる調査結果を公表し、すべての遺伝子組み換え作物の試験栽培の禁止を求め、将来的に試験栽培は厳密な封じ込めによって行われるべきとした。この報告書は、農業委員会満場一致で採択された。(有機農業ニュースクリップ)
●GM作物の試験栽培禁止を求める議会報告書
この報告書では、次のような点が指摘されている。
・Btナスの承認について、日常的に食べる野菜の安全性試験が信頼のおけるものかが重要である。モンサントとMayhcoによって行われた、慢性毒性試験のない、90日の試験は、Bt-ナスの安全を証明するのに不十分であり、科学的でない。また、環境影響評価がなされていないことも問題である。Btナスと野生種との交雑の危険があるとの指摘がある。
・安全性試験は、資金を企業から徴収し、公的機関がオープンな形で行うべきだ。でなければ、どんな研究も信頼されない。企業が、公的な研究機関に接近しアクセスが可能になれば、研究の健全性と独立を危うくする。より重要なことは、利益相反のない科学者を必要だということである。
・インドにはGM表示表示制度がない。消費者は何も知らずの食べなければならない。GMが分析され公開されるように国の研究機関がなければならないのと同じように、表示制度を要求する。
・GMのように独占的技術は、農民自身が種をコントロールできないという、未解決かつ重要な問題で、種子価格の問題でもある。インドで栽培されるワタの93%がBt綿であり、農民がより高価なBt綿の種子を買うこと以外の選択肢がない。
・アンドラプラデシュ州は、GMワタの種子価格の半減に生活必需品法を使ったが、政府は法改正により種子を除外した。こうした状況は、強力なアグリビジネスから農民の利益を保護するという点で、政府は信用できるのか。企業によってコントロールされるGM作物の導入は本当にやってもよいのか。
・GM作物の収量について、いくつかの研究は、非GMより少ないことを明らかにしている。インドにおいても、注意深く行われる必要がある。
・Down to earth, 2012-8-10 "Submission to parliamentary committee on agriculture regarding GM crops" http://www.downtoearth.org.in/content/submission-parliamentary-committee-agriculture-regarding-gm-crops
・AAAS, 2012-8-9 "India Should Be More Wary of GM Crops, Parliamentary Panel Says" http://news.sciencemag.org/scienceinsider/2012/08/india-should-be-more-wary-of-gm-.html
●30分に一人が自殺するインド農民の窮状
インドでの調査によれば、1995年から2011年までに17年間のインド農民の自殺者は、約27万人余りという。2002年からの10年でも約17万人が自殺している。おおよそ30分に一人が自殺していることになる。 この原因は、多くが借金によるものだとも言われている。借金してまでGM種を買わなければいいではないか、と云っても、非GMの種を選択するすべがない。GMの種を買うしかないほどに、種子の状況が悪化しているということだ。
・The HINDU, 2012-7-3 "Farm suicides rise in Maharashtra, State still leads the list" http://www.thehindu.com/opinion/columns/sainath/article3595351.ece
今回のパネルの報告書でもこの点について、小規模農民に限ってみると、GMワタの栽培を始めた2、3年は良いものの、その後は窮状が増すだけであると指摘している。パネルの委員長も、負債を理由に自殺する農民とGM作物との間に関係があり、その多くが綿作地帯であるという。
・Science Online ,2012-8-9 "India Should Be More Wary of GM Crops, Parliamentary Panel Says" http://news.sciencemag.org/scienceinsider/2012/08/india-should-be-more-wary-of-gm-.html
●GM企業の影響排除へ
GMフリー・インドは9日、委員会の決定を受けて同日、決定を歓迎するプレスリリースを公表した。その中でGMフリー・インド代表は、「このレポートは、インドのビハール州などの多くの州政府によって取られた、実地試験を含む遺伝子組み換え作物を認めない立場と懸念が正しかったことを示している。それはまた、私たちの農業や食品システムへのGM作物の流入を許さないという、大多数の一般市民の要求が正しいことを示している」「現状の規制システムの“最悪の共謀”が徹底的に調査されるという委員会の提言に賛同する」と述べた。
・Coalition for a GM-Free India, 2012-8-10 "COALITION FOR A GM-FREE INDIA WELCOMES THE PARLIAMENTARY STANDING COMMITTEE’S REPORT ON GM CROPS" http://indiagminfo.org/?p=446
このパネルの決定に先立って、マハラシュトラ州政府は、Btワタの社会経済的な影響についても、独立した研究機関での研究が指示した。 Btワタは、毎年2億ルピーの損失を生じているという研究もあり、農民の自殺の原因とされている。また、モンサントの関連会社Mahyco社に対して、遺伝子組み換えBtワタの種子の販売と配布を禁止する命令を下した。
・Times of India, 2012-8-10 "State ban on Bt cotton seeds sold by Mahyco" http://timesofindia.indiatimes.com/city/mumbai/State-ban-on-Bt-cotton-seeds-sold-by-Mahyco/articleshow/15426945.cms
・Times of India, 2012-8-7 "State orders study on Bt cotton's impact" http://articles.timesofindia.indiatimes.com/2012-08-07/mumbai/33082298_1_bt-cotton-gm-cotton-new-pest-and-disease
自殺農民に象徴されるインドの現状は、あたかも「GMが自由」な状態にもみえていた。今回採択されたパネルの報告書の内容は、影響評価の内容、利益相反と審査の信頼性、農民による種のコントロール問題(種子主権)、消費者の権利としての表示制度にも踏み込んだものであり、モンサントに代表されるGM企業の影響を排除したものである。問題は、報告書がどのよう政策として実施されるかにある。しかし、日本の現状とも対比して考えると、インドがより危機感が強いのか、より先を進んでいるようにも感じられる。詳しくは分からないが、GMフリー・インドのような市民団体の地道な活動が、その下地にあったものと思う。
●他人ごとではない日本の現状
今回のインドのパネル報告書が指摘は他人ごとではない。
日本での食品としての安全性審査は、申請企業の提出する試験結果のみであり、食品安全委員会などが独自に試験することはない。そして、その試験データも非公開であり、追試験もできない。それ以前に、どのような試験が行われ、どのような結果になったのかも、ほとんどわからないのが現状である。
インドの報告書は問題の一つとして、慢性毒性試験が行われていないことを指摘している。日本でも、慢性毒性試験は行われていないようだ。唯一、東京都立衛生研究所が、2002年から2003年にかけて実施した給餌試験がある。遺伝子組み換え大豆の精製飼料をラットに長期間給餌したものだが、健康状態への影響をみるものではなく、細胞と染色体に影響が生じるかをみたものに過ぎない。農業生物資源研究所は、広報パンフレット『食と農の未来を提案するバイオテクノロジー─ 農業生物資源研究所の研究活動 ─』の中(26ページ)で、この東京都立衛生研究所の試験結果を挙げて「長期(約2年間)にわたり、遺伝子組換えダイズをラットの与えた試験結果では、異常は報告されていません」と、遺伝子組み換え作物が安全である根拠の一つとしている。
また、2005年にロシア科学アカデミーのイリーナ・エルマコヴァ博士が、GMダイズを与えたラットから生まれた仔の死亡率が高く、成長も遅かったとする研究結果など、徐々に遺伝子組み換え作物の健康上の問題が明らかになってきている。独立した研究機関による長期試験が必要だが、各国政府を含めてそうした動きにはなていないのが現状である。遺伝子組み換えには「予防原則」という概念がないと言わざるを得ない。
・農業生物資源研究所, 2003年 「食と農の未来を提案するバイオテクノロジー」 http://www.nias.affrc.go.jp/gmo/biotech/agribio.pdf
・東京都立衛生研究所, 2002年 東京衛研年報「遺伝子組換え大豆の細胞遺伝学的研究」 http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/journal/2002/pdf/53-53.pdf
この慢性毒性試験が行われない根拠は、1992年に米国・食品医薬品局(FDA)が導入した「実質的同等性」にある。実質的同等性は、組み換え遺伝子によるたんぱく質以外の栄養や有害物質等の量的変化がなく、元の作物と実質的に同じであると判断できれば、その作物の安全性評価は導入遺伝子が作り出すタンパク質の安全性だけを調べればよい、とする考え方である。これは、1991年から94までFDA政策次長であったM・テイラーが、FDAの専門家の反対を押し切って策定したものとされている(M・テイラーは、政策次長就任直前までモンサント社の顧問弁護士であったことが、のちに暴露された)。
・農林水産研究所, 2003-12 『海外諸国の組換え農産物に関する政策と生産・流通の動向』 足立恭一郎 「実質的同等性概念と米国政府、バイテク企業の思惑:予備的考察」 http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/project/pdf/gmo3-9.pdf
インドの報告書でも指摘されているが、独立した利益相反のない研究者の存在が重要である。例えば、2005年に新潟地裁で争われた遺伝子組み換えイネの栽培差し止め裁判で、鑑定実験を引き受ける研究者がほとんどいなかったことや、裁判で原告側から意見書を書いた研究者へのパッシングが起きたことなどをみるとき、原子力ムラと同じような「GMムラ」が存在し、独立した研究者がほとんどいないと思わざるを得ない。
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