新聞の電子版(ウェブサイト)の閲読に課金するのかしないのかーこの点について、英国の新聞界の雰囲気が、最近になって随分と変わった感がある。この点について、日本新聞協会が発行する、企業の経営陣向け発行物「NSK経営リポート」(2012年夏号)の中の「新聞経営World Wide」という欄に原稿を書いた。以下は、それに若干付け足したものである。(ロンドン=小林恭子)
英国では、長年にわたり、「ネットで読むニュースは無料」という考えが支配的だった。
公共放送BBCや検索エンジンが提供する無料のニュースサイトが影響力を持ち、新聞各紙は自社ウェブサイト上で過去記事も含めてすべての記事を無料で公開してきた。
しかし、スマートフォンやその他の電子端末の普及を機に有料化の壁(=ペイウオール)を立てる新聞社が増え、成果をあげている。ここ2年ほどで、ニュースの消費をめぐる環境は様変わりした。
―快進撃のフィナンシャル・タイムズ
電子版の成功例として真っ先にくるのが経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)である。
FTは、ウェブサイトの閲覧をメーター制(一定の本数を無料で閲読でき、それ以降は有料)にしてきた。無料閲読でも名前と電子メールの登録を必須とし、無料分は当初、月に30本、その後は10本から2〜3本まで、頻繁に変更した。現在、紙の新聞と電子版の両方を購読の場合、毎月90ポンド(約1万1000円)、電子版のみでは29ポンドなどの料金体制をとる。
電子版購読者数は今年4月時点で約28万5000人と、2年前の倍以上だ。ウェブサイトへのアクセスは2月時点で1日に90万人(前年比で36%増)。特に伸びているのがスマートフォンでの利用で、過去半年間と比較して66%増、タブレットでの利用では71%上昇した。
(補足:やや混乱するかもしれないが、最新情報を付け加えておく。現在までに、電子版購読者は紙の発行部数を上回っている。今年6月の紙の発行部数は世界で29万7225部で、電子版購読者数は30万1471人だ。電子版の購読者の伸びは、下記のガーディアンのコラムニストの計算によれば、前年比で31%増だという。電子版閲読のための登録者は約480万人だった。)
成功の秘訣は経済紙という強みのほかに、「『電子版購読』という商品を販売する小売店」という方針を強気で貫いたことだという(FTコム担当執行役員ロブ・グリムショー氏)。
小売りのポイントは、売るに足る品物つまり記事の質だが、それ以上に「登録や購読の際の支払い過程を徹底的に簡素化する」(同氏)ことが重要という。広告収入に頼らない収益構造を目指すFTは、電子版からの収入のみで経営をまなかう方向に向かっている。
FTの強気戦略を如実に示したのが昨年6月、携帯端末用閲読アプリをアップル・ストアから引き上げたことだ。アプリ利用による収入の30%をアップル側に提供することや顧客情報をアップルが保管することを問題視した。FTはアップルを通す必要がないブラウザー上で動作するウェブアプリを自前で構築するために、IT関連企業の買収までした。顧客情報の自社保管によって、きめ細かいかつ単価が高い広告を打つことができる。データマイニング用の宝を手中にした。
ータイムズ、サンデー・タイムズの実験成果は?
2010年夏、一般紙のタイムズ、その日曜版のサンデー・タイムズがウェブサイトを完全有料閲読制にした。購読をしないと一本も読めない。一般紙では成功しないのでないかという懸念があったが、発行元の発表によると、今年1月時点で、タイムズの電子版購のみの読者数は約11万9000人、サンデーは約11万3000人を記録。紙媒体の購読者は電子版を無料で読めるため、紙での発行部数(それぞれ約40万部と約96万部)を合わせると、1日換算ではタイムズには52万人、サンデーには108万人のデジタル読者がいるという。業界内ではこれを「成功」と見ている。
課金制導入前はタイムズのサイトには月間2000万人ほどの固定ユーザーがいた。これがほとんどが消えたことになるが、プレミア価格の広告が出せる少数のユーザーに絞る方針を取った。タイムズは長年赤字経営だったが、来年には黒字化の予想が出ている。
他紙は携帯端末を対象とした課金化に動いている。各種調査によれば英国では成人の約半分がスマートフォンを所有しており、あと3年で、これが75%にまで伸びると予測されている。タブレットは10年時点で10%が所有していたが、その後、急速に伸びている。書籍閲読用端末アマゾン・キンドルも普及率が高い。各紙はこうした携帯端末で新聞を閲読するときに使うアプリ自体を有料にしたり、アプリが無料でも記事閲読に購読制を導入している(ただしブラウザー経由では、記事のすべてが無料で読める)。
ショッピング、娯楽、情報収集など、消費および知的行動の大部分が、今やデジタル空間で発生するようになったー私はこの点が、かつてはタブーだった有料化が受け入れられてきた最大の理由ではないかと思う。
紙ではなく電子版での閲読が定番になりつつある中、「ブランド力のあるコンテンツをデジタルで読むならお金を払う」という考えが浸透してきた。
といっても、質の高い無料情報があふれるほどある英語圏のネット環境の中で、利用者にお金を払ってもらうには、あくまでも「相当のブランド力」が必要であることを忘れないようにしたい。(ブログ「英国メディア・ウオッチ」より)
ft.com/about us http://aboutus.ft.com/corporate-information/ft-company/#axzz24H5CIaS4 How the Financial Times achieved a digital milestone http://www.guardian.co.uk/media/greenslade/2012/jul/31/financialtimes-digital-media
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