7月30日、大阪地裁で下された、アスペルガー症候群の被告への求刑が、議論の輪を広げている。アスペルガー症候群あるいはアスペルガー障害とは、社会性・興味・コミュニケーションについて特異性が認められる発達障害のことだ。 殺人を犯したこの男性に検察側が求めたのは16年の禁固刑だったが、裁判後の量刑はこれを4年上回る20年であった。(小林恭子)
「被告は約30年間、自宅に引きこもっていた。そんな状態から抜け出したいのに願い通りにならないのは姉のせい―。思い込んだ末に昨年7月、立ち寄った姉を包丁で殺害した」という(中国新聞、8月25日社説「発達障害と裁判 偏見に油注ぎかねない」)。
(引用) 判決では被告の態度に加え、親族が同居を断っている点から、再犯の恐れが強いとした。社会に「受け皿」が用意されない以上、「許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが社会秩序の維持にも資する」と量刑の根拠を挙げた。 こうした文面からは、何をしでかすか分からない人といった障害者像が読み取れる。それが厳罰に傾いた要因とすれば、求刑を上回るに十分な客観的判断といえるだろうか。 それどころか、「再犯の恐れ」を盾に隔離、服役させることが通れば、障害に対する偏見に油を注ぎかねない。(引用終わり)
産経新聞8月12日付(【関西の議論】再犯の恐れか、差別か アスペルガー症候群被告への求刑超え「懲役20年判決」への賛否)によると
大阪地裁の(以下、引用)
河原俊也裁判長は、犯行の背景にアスペルガー症候群の影響があったことを認定。その上で「家族が同居を望んでおらず、障害に対応できる受け皿が社会にない。再犯の恐れが強く心配される」として、検察側の求刑を4年上回る懲役20年を言い渡した。 (中略) 判決は「計画的で執拗かつ残酷な犯行。アスペルガー症候群の影響を量刑上大きく考慮すべきではない」と指摘。男に反省がみられない点も踏まえ、「十分な反省がないまま社会に復帰すれば同様の犯行に及ぶ心配がある」と述べ、殺人罪で有期刑の上限となる懲役20年が相当とした。
8月13日、日本発達障害ネットワークなどが、この判決に抗議する文書を発表している。
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2012年8月13日
一般社団法人日本発達障害ネットワーク理事長市川宏伸
社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会理事長北原守
社団法人日本発達障害福祉連盟会長金子健
一般社団法人全国児童発達支援協議会会長加藤正仁
アスペルガー症候群の被告人に対する大阪地裁の判決について
大阪地方裁判所において、アスペルガー症候群と精神鑑定された被告の殺人事件で、検察官の求刑を超える懲役20年の判決が言い渡されました。
この判決文を読むと、被告人は十分な反省をしておらず、アスペルガー症候群に対応できる受け皿が何ら用意されておらず、その見込みもないという状況のもとでは再犯のおそれが強く心配されるので、許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり、そうすることが社会秩序の維持に資するとして、有期懲役刑の上限である懲役20年に至ったとされています。
この判決は、アスペルガー症候群をはじめとする発達障害者に対する差別及び、刑罰という点で大きな問題を抱えており、到底許されるものではありません。
当事者、家族、支援団体などからなる日本発達障害ネットワークは、この判決を見過ごすことのできないものとして、下記の問題点を指摘します。
行政にはより正しい発達障害の理解の促進と対応を、司法には正しい理解に基づく適切な判断が行われることを求めます。
1. 障害を理由に罪を重くすることは差別ではないのか。
以下の2、3の点を考慮せずに被告人がアスペルガー症候群であることを以って刑罰を重くしていることは明らかに差別的判決です。
2. 発達障害を正しく理解した上での判決となっているのか。
犯行の動機の形成に関して、またその後の反省について、被告人にアスペルガー症候群が影響していることが認められています。
しかし、アスペルガー症候群への適切な対応や支援がなかったこと、アスペルガー症候群のような発達障害者の特徴として、相手の感情や周囲の空気を読み取るのが苦手で、自ら深く反省する気持ちがあってもそれを表現することがうまくできないことがあること等の発達障害の障害特性に対する適切な検討がなされていません。
これらの点が顧慮されていない判決には重大な問題があるものと考えます。
3. 受け皿が用意されていないこと、その見込みもないというのは本当か。
アスペルガー症候群をはじめとする発達障害者に対しては、法務省矯正局所管の施設、矯正施設退所者に対する“地域生活定着支援センター”等、年々専門的な対応が可能となってきています。また発達障害者支援センターをはじめ福祉施設や地域の福祉サービス提供事業所の支援が受けられるなど、決して十分とは言えませんが、罪を犯した障害者への支援は作られつつあり、その支援に何らかの形でアクセスすることは可能であり、支援やサービスに対する認識不足があります。
以上指摘したように、我々が知り得るアスペルガー症候群についての知識と比較しても、判決のアスペルガー症候群の認識に重大な誤りがあると言わざるを得ません。
そもそもこの被告は育ってくる過程で、アスペルガー症候群の存在が知られず、適切な支援が得られぬままに、不登校、ひきこもりとなりました。社会から隔絶された中で犯行に及んだ上、有期懲役刑の上限に処されることは二重に不幸だと考えます。アスペルガー症候群の存在が分からず、支援が得られぬために、対応に苦労した家人も同様に不幸だと言わざるを得ません。
行政に対しては、アスペルガー症候群を含む発達障害者当事者及び家族への早期支援の一段の充実を求めるとともに、不幸にして犯行に及んだ者への、充実した受け皿の確立を求めます。
司法に対しては、「刑事事件のプロ」の目から検討するのであれば、「アスペルガー症候群のプロ」の視点での検討も必要なことを指摘します。また、このような判決が判例となって誤った判決が生じないように、今後は配慮していただきたいと考えています。
なお、この判決を報道した英文紙の報道に対して、英国、米国、豪州のこの分野の専門家は、このような判決がでること、受け皿が存在しないことに驚きと悲しみのコメントを寄せていることを付記します。
以上
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日本発達障害ネットワーク
http://jddnet.jp/index.htm
発達障害について
http://jddnet.jp/index.files/corner3_1.htm
ジャーナリストの神保哲生さんが、検察側の求刑を上回る厳格な量刑判決が続出していること、この点がほとんどといってよいほど、メディアで報道されていないことを指摘する動画がある。神保氏は、この状況は裁判員制度の問題点にもつながるとしている。
神保哲生 「裁判の判決とメディアの問題」 2012.08.07 http://www.youtube.com/watch?v=dLEYeiYmOxI
(「ニューズマグ」より転載)
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