メディア組織に勤務する人員だけでコンテンツを作るのではなく、読者、視聴者、専門家、外部のITエンジニアといった、「他者」を巻き込んでコンテンツを作る動きが、英米で広がっている。(ロンドン=小林恭子)
朝日新聞の月刊メディア雑誌「Journalism」9月号に、英ガーディアン紙のオープン・ジャーナリズムについて、書いた。
ネットは日進月歩のスピードが違うとよく人が言うが、この原稿を書いた8月上旬時点では「オープン・ジャーナリズム」と書いても、一体何人がぴんと来るかなあと思っていた。
10月上旬の現在、多くの人が、ぼやっとでも何らかのイメージをお持ちではないだろうか?そう、さまざまな人を巻き込んで作ってゆく、ジャーナリズムの形のことだ。
このコンセプトについては、大分前から少しずついろいろな人が話題にしてきたが、はっきりと英語圏で「オープン・ジャーナリズム」という言葉が出てきたのは、数年前のようだ。
私もここ数ヶ月、注目してきたが、考えるうちに、少し恐ろしくなった。「オープン」がどんどん進むと、究極的には「バラバラ」ということになるのではないか、と思ったからだ。また、アノニマスやID詐欺など、知らぬうちにハッキングされる例もよくあるようだ。外に対してオープンであることは、そういうリスクもあるかもしれない。
・・・先を急ぎすぎたかもしれないが、先の原稿に若干付け足したものを、長いので2回に分けて掲載したい。
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英ガーディアン紙が実践する「オープン・ジャーナリズム」って、何?(上)
メディア組織に勤務する人員だけでコンテンツを作るのではなく、読者、視聴者、専門家、外部のITエンジニアといった、「他者」を巻き込んでコンテンツを作る動きが、英米で広がっている。既存メディアが特権的存在として議題を設定し、これに沿って一方的に情報を受け手に流すのではなく、他者とともにコンテンツを作り上げる形だ。
こうした、いわゆる「オープンな」ジャーナリズム生成の背景には、双方向性を持つ媒体としてのインターネットやソーシャルメディアの発展・普及がある。
「オープン・ジャーナリズム」を率先して実行している、英ガーディアン紙の例を紹介してみたい。http://www.guardian.co.uk/media/open-journalism
膨大な量のデータをジャーナリズムに入れ込むことで新たな報道の形を生み出す「データ・ジャーナリズム」は、オープン・ジャーナリズムの一種と捉えることもできる。この点から、本誌(「Journalism」)で連載が続く「データジャーナリズムを考える」特集(特に今年3月号掲載の小林啓倫氏著「ネットの力を取り込む新たな調査報道のあり方」、7月号掲載の平和博氏著「国際ジャーナリズム報告−各国で続くデジタル報道の挑戦と協力」)もあわせてご参照いただきたい。
―CM「三匹の子豚」で新ジャーナリズム宣言
今年2月、ガーディアンは「The Whole Picture(全体像)」をキーワードに、「オープン・ジャーナリズム」を宣伝するキャンペーンを展開した。目玉になったのは、テレビ放映された、三匹の子豚を主人公とする2分間のコマーシャルだ。民放チャンネル4系列で放映後、約8万2000件のツイートがあったという。
コマーシャルの中身は、こういうものだった。
炎の上で、ぐつぐつと何かをゆでている大きな釜の様子が映し出される。「悪い狐が生きたままゆでられた」というガーディアン紙の見出しが出る。
警察が3匹の子豚の家を取り囲み、窓ガラスを叩き割って中に入った後、子豚たちを逮捕する。
若い女性が、子豚の逮捕劇のテレビ報道をガーディアンのサイト上で視聴している。ブログやツイッターで一斉に論争が発生し、警察による子豚の拘束が手荒すぎたのはないか、という批判も出る。
逮捕された子豚たちは裁判にかけられ、狐を保険詐欺に引っ掛けたことが判明した。しかし、子豚が詐欺に手を染めたのは住宅ローンが払えなくなっための生活苦が原因だった。
子豚への同情心が一気に高まり、低所得者層と住宅ローンの支払いが問題視されてゆく。高利を課す悪質ローンに対する抗議デモが発生し、議員が法律を改正する動きにまで発展する。
情報の伝播に参加した多数の人々の顔写真が画面一杯を覆う。「物事は全体を見ないと分からない」という意味を込めた「The Whole Picture」という文字が出る。次に「The Guardian」という紙名が出て、コマーシャルは終わりとなる。
さまざまなプラットフォームを使いながら真実を明るみに出すのがガーディアンの仕事だ、というメッセージが伝わってくる。
―「共同作業と参加」を説くラスブリジャー編集長
ガーディアンのウェブサイトにあるオープン・ジャーナリズム宣言の動画の中で、アラン・ラスブリジャー編集長は、インターネットの利用が常態化した現在のジャーナリズムは、大量生産で新聞を発行し、上意下達で情報を受け手に届けた「19世紀型のジャーナリズム」とは一線を画すと語っている。
「ツイッターを見れば分かる。いまや、情報はリンクされて受け手に届く。受け手もジャーナリズムに参加している」。
ジャーナリストは専門家ではない、世界のさまざまな問題について、他者の意見を入れなければ「物事の十分な説明はできなくなった」。
読者に対してオープンに、参加を奨励し、ネットワーク化を強めることで、「真実により近づくことができる」。
そして、「真実を報道することが私たちがジャーナリズムをやる理由だ」と説明する。
他者との共同作業の具体例とはどういうことを言うのか?
ラスブリジャー編集長は、国会議員の灰色経費問題で、40万点に上る議員の経費支払い情報をサイト上に公開し、2万3000人の読者がその解読に手を貸したことを一例としてあげた。
複数のインタビュー記事によれば、ラスブリジャー氏が「オープン化」の必要性を考え出したのは1999年ごろだという。
先の子豚のコマーシャルは、発行元ガーディアン・ニューズ&メディア社(ガーディアンのほかに、日曜紙オブザーバー、および両紙のウェブサイトであるguardian.co.ukの制作・運営)が昨年6月発表した、「デジタル・ファースト」という新たなマーケティング戦略に沿ったものだ。
利用者の志向が紙媒体からデジタル版に向かうトレンドを反映した動きで、2015年までにデジタル収入を現行のほぼ2倍の1億ポンド(約122億円、8月5日計算)に増加させる予定だ。
目玉は、これまでのように単なる販促活動で読者を増やすよりも、「共同作業と参加」を通じて、直接読者との関係を深める点だ。
―ネット環境が育てたオープンなジャーナリズム
「オープン・ジャーナリズム」の概念はまだそれほど一般的ではないかもしれないが、インターネットをここ何年か使ってきた多くの人にとって、「オープン」という言葉自体はなじみがある概念であろう。
インターネット導入以前の英国では、情報発信者としての大手メディアと受け手側の読者あるいは視聴者との関係は、情報が発信者から受け手に流れる、「上から下へ」の一方通行的な動きだった。
これを変えたのはインターネットだ。1990年代半ばごろから、公共放送最大手BBCや新聞各紙がニュースサイトを立ち上げた。ネット導入以前には実現できなかった、読者・視聴者の声を吸い上げ、公的空間に乗せる恒常的な仕組みができた。
具体的には、例えば、ウェブサイト上に掲載された報道記事に対し、読者が直接コメントを残せるようになった。記者が好むと好まずにかかわらず、読み手がいわば勝手に論評を書いてしまう状況である。自分が書いた記事は、自分や編集デスクの思惑とは別の観点から読み手に論評される。
こうした論評つき記事はウェブサイトの一角に位置を占める、つまり、コンテンツの1つとなった。英国メディアは、ウェブサイト上にコメント欄を設けたことで、これまでほぼ独占してきたコンテンツ生成工場のドアを読者・視聴者に向かって大きく開けたことになった。
その後、ハイパーリンク、トラックバック、ソーシャルメディアの利用など、情報の共有化、共同作業化がどんどんと進んできた。情報発信が簡易になったため、情報の送り手と受け手とはどちらが主とも従とも言えない、フラット化に向かった。
この間、BBCは「公共のためのサービス」という観点から、そして新聞各紙は他紙(米国の新聞やニュースサイト、ニュース・アグリゲーションサービスなど)との「競争」から、情報の共有化、共同作業化をそれぞれ積極的に取り入れてきた。
ガーディアンが「オープン・ジャーナリズム」と言う時、現在までに同紙も含むほかの英メディアがさまざまな形で読者・視聴者からのインプットを、ネット・テクノロジーの普及によって、自分たちのジャーナリズムの中に入れてきた経緯を盛り込んだものである。
―ユーザーが生み出すコンテンツ利用 最初のピークはロンドンテロ前後
英メディアが利用者からの情報を最も必要とした例といえば、2005年7月、ロンドンで起きたテロ事件であろう。
爆破された地下鉄の車両の中の様子を乗客が携帯電話で撮影し、これをBBCなどに送った。市民が生成したコンテンツがBBCのジャーナリズムの一部として報道された。「市民ジャーナリズム」の時代が本格的に到来した、と当時は盛んに言われたものである。
BBCは現在も、事件・事故が発生すると視聴者からの情報提供をウェブサイトを通じて募る。事件発生現場にBBCのスタッフが到達するにはどうしても時間がかかる。現場の生の状況を伝える市民からの情報は重要なニュース素材の1つとなっている。
ウェブサイトのスペースを読者に開放するサービスも定着している。保守系高級紙テレグラフは、無料で設置できるブログ・サービス「マイテレグラフ」を2007年から提供している。ガーディアンは幅広い層の書き手が参加するブログサイト「Comment is free (論評は自由)」を常設している。
また、有料メーター制をとる経済紙「フィナンシャル・タイムズ」や完全有料購読制(購読者にならないと一本も読めない)の「タイムズ」、「サンデー・タイムズ」のウェブサイトを除くと、英国の新聞はウェブサイト上で過去記事も含めてすべての記事が無料で読める。BBCのニュースサイトも同様だ。
その意味では、英メディアはデジタル世界において、「オープン」であり続けてきたといえよう。
これは必ずしも利他的理由からではなく、先述したがBBCは公共サービスを提供する必要性、そして新聞各紙はライバル紙との競争がインセンティブとなったからだ。
英国の放送、新聞、ネット・メディアは「いかに読者・視聴者(そして広告主)から喜んでもらえるか、支持を得るか」で競争をしている。(続く。次回は、具体例)(「英国メディアウオッチ」より)
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