作家デイブ・エガーズ(Dave Eggers)によるノンフィクション「ザイトゥーン(Zeitoun)」は2005年8月末にハリケーンがニューオーリンズを直撃した時のエピソードをもとにしている。ザイトゥーンという耳慣れない単語はシリアから米国に移住した男の名前である。
ハリケーンが襲った時、ザイトゥーン氏は家族を避難させたのち、大水の町に残ってカヌーに乗り込んで、家々に取り残された人々の支援を行っていた。しかし、国境警備隊に逮捕されてしまう。自宅でシャワーを浴びていた時だ。当時、アメリカの軍・警察には災害に乗じたテロ活動の危険が高まっているというアラート(警戒態勢)が敷かれていたのだった。ザイトゥーン氏の逮捕もその1つのエピソードである。
作家のデイブ・エガーズはこの小さなエピソードを掘って行った。それはアブグレイブ刑務所にも通じるものである。テロとの戦いという目的さえあれば嫌疑があるだけで逮捕されてしまう。特にザイトゥーン氏の場合は出身が中東のイスラム圏だった。
エガーズはザイトゥーン氏の半生を、彼が生まれたシリアから追いかけていく。ザイトゥーンという男がどのような出自で、なぜアメリカに渡ってくることになったのか。妻とはどんな出会いがあったのか。収監に至るまで、家族との離別と再会など、一つ一つのエピソードを積み重ねる。ザイトゥーン氏は国境警備隊にテロの嫌疑でつかまるまで逮捕歴はなく、善良な働き者だったのだ。
エガーズの文章は極めて平易である。淡々と出来事を綴っていく。イスラム系というレッテルでひとくくりにされてしまった顔のない人々をもう一度、個的な人生を持つ同じ人間に戻していくのである。この極めて当たり前と言えば当たり前の営みがあまり行われてこなかったのかもしれない。この作品は2009年に出版され、全米図書賞に輝いている。
エガーズは編集者としても知られており、今売出し中の「The Best American Nonrequired Reading 2012」も編集している。この本は短編の佳作を集めたものだが、漫画も二編掲載されている。その一つは「Kamikaze」と題されたNora Krugの漫画である。これは実在の人物とエピソードに題材をとったノンフィクションの漫画のようだ。アメリカの漫画家(正確にはNora Krugはアメリカ在住のドイツ人)が日本の特攻隊員たちの物語をかなりリアルに描いているところが興味深かった。その物語も、軍隊内のリアルな人間関係や生き残ってしまった兵員たちの悲哀などが中心となっている。Nora Krugの絵は独特のタッチであり、日本の漫画の影響を色濃く受けているのかもしれない。
ちなみにアンソロジーに収められたもう一つの漫画は「A Brief History of Art Form known as ''Hortisculpture''('Hortisculpture'と呼ばれた芸術形式の短い歴史)」という物語である。庭の草刈りを仕事にしている男が彫刻家イサム・ノグチの言葉にインスピレーションを得て植木の芸術に挑むが、それがことごとく失敗する物語である。主人公の白人の男性には黒人の妻がおり、人種の違いからくる微妙なニュアンスもある。
このようなペーソスにあふれた物語をチョイスする選択眼を持っている編集者である。このアンソロジーには今年亡くなった作家レイ・ブラッドベリが巻頭の言葉を寄稿している。亡くなる直前にエガーズに書き送ったものだという。
最近、デイブ・エガーズの名前をしばしば目にするのは、彼が手弁当で町の子供たちに放課後、読み書きを教える「826バレンシア」という組織を2002年にNinive Calegari氏と共同で立ち上げたことにもある。カリフォルニアで町の子供たちの学力低下を食い止めるために、タダで手を貸してくれる仲間を集めて教育活動を始めたのだ。今やこの運動は全米各地に広がっているのである。こうした活動もまた、作家デイブ・エガーズの個性をよく表しているように感じられる。
■Zeitoun
http://en.wikipedia.org/wiki/File:Zeitoun.jpg ■Nora Krug(漫画家・イラストレーター)
http://www.nora-krug.com/ ■826Valencia
http://826valencia.org/
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