欧米の新聞でもっぱら独裁者として批判が絶えない政治家の一人がアフリカ、ジンバブエのムガベ大統領だ。彼が欧米メディアから非難を浴び始めたきっかけは2000年に彼が行った土地改革にある。この土地改革はかつて少数の白人が独占的に所有していた農地を多数の黒人使用人たちに分け与えるものだった。この時、白人地主たちから無償で土地を没収したことやその際、暴力事件も多数発生してしまったことから、ジンバブエは国際社会から孤立することになった。その後、ハイパーインフレーションと食糧危機が起こり、ムガベ大統領の手痛い失政と見なされた。
その理由として欧米メディアで報じられたのが、農地を与えられた黒人農民たちには農業経営の技術がなかったことである。さらに土地を与えられたのはもっぱらムガベ大統領の取り巻き連中であったといったことなどだ。こうした報道がムガベ大統領個人の金遣いの有り様などと共に、忌まわしい独裁者のイメージを強くすることになった。
しかし、彼の土地改革は本当に失敗だったのか?そう問いかける常識破りの記事が登場した。ジンバブエの旧宗主国で白人農家のルーツだった英国のBBCである。
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-11764004 記事のタイトルは「ジンバブエの土地改革は’失敗ではなかった’」(’Zimbabwe land reform 'not a failure'’)というもの。 ジョセフ・ウィンター(Joseph Winter)記者の情報源はサセックス大学で農業エコロジーを研究しているイアン・スクーンズ(Ian Scoones )教授である。10年にわたってジンバブエで現地調査を行ったスクーンズ教授によればジンバブエの農業は成功とは言えないまでも、健闘しているというのだ。そしてこれまで欧米紙で繰り返し書かれてきた5つの神話が嘘だったというのである。その5つの神話とはー
①土地改革は完全な失敗だった ②土地は政権に近い’仲間内の人々’に分け与えられた ③分け与えられた土地に新たな投資はまったくなかった ④農政は失敗し、食糧危機を招いた ⑤農村経済は崩壊した
スクーンズ教授はこれらは実際とは異なっていたことを語っている。確かにジンバブエ政府の政策上の問題は存在した。たとえば土地を分け与えても、種や肥料を支給しなかったことなどのサポート体制の欠如だ。
実際に土地を分け与えられた農民の多数はごく普通の所得の乏しい貧民たちだった。確かに政権に近い人々にも土地は与えられたがそれらは土地全体からすると少数に過ぎない。
さらに彼が調査対象にした村では平均で1世帯当たり2000ドルを農業に投じていた。農地を整備し、家を作り、井戸を掘っていたのだ。農民の一人はかつてのように雇われ仕事をするより、農業で自立して生きる方がはるかに生活が向上したと語っている。
データによれば土地改革が始まった2000年に比べて、トウモロコシやたばこ、綿の収穫量は確かに大幅に減少した。しかし、綿の生産量は一端半減したのちに増加傾向を示している。地域ごとに農民リーダーが生まれており、かつてはノウハウがなかった黒人農民たちにも少しずつ技術が根付いてきていることを示しているのだ。土地改革のあった2000年までは白人農家が所有する莫大な農地をトラクターなどの農機具と黒人使用人を多数使って営む農業だった。しかし、土地改革後、土地を手にしたものの黒人小農民たちはその後に起こった経済危機によって自国通貨が暴落したため、機械を輸入することができなかった。そのため、小農民たちはトラクターが一度故障すると修理することができなかったのだ。そうしたこともあって生産が大幅に落ち込んだのは事実である。
しかし、農民たちの自助努力だけでなく、スクーンズ教授によると、意外にも土地改革に恨みのあるはずの白人農家の中にも~少しではあるが~自分たちの農業のノウハウやマーケティング知識、そして販売方法を農業経営コンサルタントとして黒人農民に与えて報酬を得る人も出てきたという。長い歴史に由来する人種問題解決の本当の鍵は案外このあたりに潜んでいそうである。
「土地を本当の所有者のもとに返そうではないか」
ムガベ大統領はこう国民に呼びかけた。欧米紙はこの発言を単なる選挙目的の人気取り発言だと報じてきた。今から何十年もたった後、ムガベ大統領を歴史はどう裁くだろうか。かつてジンバブエの白人農家はおよそ6000人だった。この6000人が土地を独占し、黒人使用人を大量に抱えて大規模農場を営んでいた。しかし、土地改革によっておよそ24万5千人の黒人農家が生まれたのである。http://www.guardian.co.uk/world/2013/may/10/robert-mugabe-land-reform ’But a 2010 study by Prof Ian Scoones of Sussex University contended that, while no excuse could be made for the methods used, the painful process had bequeathed a positive spinoff in the form of thousands of small-scale black farmers. It has been followed this year by a book, Zimbabwe Takes Back its Land, which concludes: "In the biggest land reform in Africa, 6,000 white farmers have been replaced by 245,000 Zimbabwean farmers. These are primarily ordinary poor people who have become more productive farmers." Agricultural production is returning to its 1990s level, they argue.’(ガーディアン紙が伝える2010年の英サセックス大学のスクーンズ教授の研究成果)
農業生産はかつて「ジンバブエの奇跡」と呼ばれたように、穀物輸出国だった1990年代の生産レベルに向けて戻りつつあるという。欧米紙の過去の論調には黒人には所詮農業経営などはできないという差別意識が混じっていたように思われる。
■イアン・スクーンズ教授の紹介欄
http://www.ids.ac.uk/person/ian-scoones ’Over the past twenty-five years, he has worked on pastoralism and rangeland management, soil and water conservation, biodiversity and conservation, as well as dryland agricultural systems, largely in eastern and southern Africa. A central theme has been a focus on citizen engagement in pro-poor research and innovation systems. ’
■イアン・スクーンズ教授のホームページ
http://www.ianscoones.net/Home.html スクーンズ教授は小農民を育成することが大切であると語っている。これはアフリカで反貧困活動をしているNGOのオックスファムなどとも同じ認識である。アフリカの農民にとって必要なのは大企業が営む大規模農業ではなく、小さな農民が自立できることだというのだ。大規模農業を行えば多数の農民が土地を追われ、貧富の差が拡大し、社会不安の要因となるからだ。アフリカで今大問題になっているのがテロリズムの拡大だが、その背後にあるのが貧困である。これは一部の農業経営者が利益を独り占めにする大規模農業では解決できないというのである。
■「ムガベ大統領の強権的な土地改革の裏に実は’英国労働党の傲慢さ’があった」
http://www.thinkir.co.uk/of-britains-colonial-obligations-and-land-reform-in-zimbabwe/ これはジンバブエ絡みの報道で一番報じられていないものだが、ムガベ大統領が白人農家から無償で土地を接収することに決めた背景に、当時政権を奪ったブレア率いる英国労働党の傲慢さがあった。保守党政権はジンバブエでかつて植民地を営んできた贖罪から、ジンバブエの独立を境に過去の負の遺産を処理しようと英国の国費を拠出してきた。その金で土地譲渡に協力する白人農家に補償金を払う仕組みを作っていた。しかし、1997年に労働党が政権を奪取すると「ブレア政権は過去の植民地政策とは無縁である」として保守党政権の賠償政策は引き継がないと一方的に反故にしてしまったのである。 これまで土地改革の非をムガベ大統領は一方的に責め立てられてきたが、ムガベ大統領がそのような強権的な手法に出てしまった理由は労働党政権のこの約束違反にあったというのである。
■ジンバブエ(外務省による)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zimbabwe/data.html 面積39万平方キロで日本の面積(377,900 平方キロ)より少し広い。そこに1275万人が暮らしている。 1923年、英国の自治植民地として南ローデシアが生まれた。しかし、その後、自治領のイアン・スミス氏らがローデシアと称する白人国家として一方的に英国から独立した。その後、ロバート・ムガベ氏(現大統領)らが独立闘争を行い、1980年にジンバブエとして’英国から’独立した。それまで黒人には参政権がなかった。
2000年に白人農場主から無償で土地を接収する土地改革を行い、国際社会の批判を浴びた。さらに農業の落ち込みから経済全体が落ち込み、2008年には史上まれに見るハイパーインフレーションを経験した。現在、経済は安定し、ジンバブエドルは流通を停止し、米ドルと南アフリカのランドを使用している。
「1980年の独立以来、ムガベ大統領(当初は首相)が政権の座にある。2002年3月に行われた大統領選挙は、ムガベ大統領(与党ZANU-PF)とチャンギライ野党MDC党首により激しく争われたが、ムガベ大統領が四選を果たした。選挙後、与野党間の対立が激化。2003年6月にMDCが計画した大規模な反政府デモに対し、政府は治安部隊の出動、MDCの党首逮捕などの強硬措置を発動した。」
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