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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2013年07月05日17時26分掲載
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検証・メディア
<講演記録> 安倍改憲政権の企む日本改造の正体─国難が生む“ファシズム”にどう向き合うか<上> 桂敬一(マスコミ九条の会、元東京大学教授)
<1>安倍自民党による「改憲」の本質 ―明治憲法より酷い立憲主義の否定
◆「国防軍」「集団的自衛権」より立憲主義の否定こそ大問題
安倍首相がマスコミのうえで、なぜこんなにも注目を引いているのでしょうか。昨年12月の総選挙で、小選挙区制におかしいところがあるものの、とにかく数の上で大勝ちしたことが、大きく影響している。さらに、その勢いを駆って進めるアベノミクスと称する経済政策が、成功だともてはやされている。これでは、安倍政権の危険な体質が見過ごしにされてしまう。その陰で狡猾な改憲の策動が進められているのが、きちんと伝えられていないところに、メディアの大きな問題があるといわざるを得ない。
新聞は確かに、自民党が九条を変えてしまう―戦力を持たないとする条項をなくし、「国防軍」を創設すると言っている、とは報じました。しかし、もっと大きな問題を報じていない。自民党の憲法改正案をよく見る必要があります。その全条を、現行憲法と逐一突き合わせてみると、それがよくわかる。早稲田大学の水島朝穂教授が「この改憲の“改”は破壊の“壊”だ」といっていますが、それよりも酷い。“壊”だけなら跡は更地ですが、壊しながら同時に、すぐ今の憲法を逆立ちさせたものに置き換えてしまうというのが、自民党案です。
現行憲法は第13条で「すべて国民は、個人として尊重される」と宣し、その「個人」について、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めています。ところが自民党改憲草案は、この「個人として」を「人として」に書き替えてしまう。「個人」は、そこらのおじさん、おばさんも、偉い人も、みな同じ「個人」という観念です。ところが「人として」となると、人として道徳をわきまえ、人格も良くてとか、いろいろ意味が混じってくる観念です。あいつは人でなしだとか、あの人は良くできた人だ、というような意味が伴う。そういう価値観を、こういう狡い形で入り込ませている。
それから、自由や幸福を追求する権利についても、「公益」すなわち国家の利益、「公の秩序」に反しない限りの保障だ、と書き込んでくる。おかしなことです。さらりと言っているようですが。現行憲法では「公共の福祉に反しない限り」なんですよ。「公共の福祉」とは、相見互い、お互いのあいだがうまくいくことを意味する。そこではお互いの利益がぶつかり合うことも生じるが、他人の権利を阻害するようなことがあってはならない。それが「公共の福祉に反すること」の意味です。「公共の福祉に反しない限り」とは、市民同士の間の矛盾の問題です。これを、国家の利益、公の秩序を阻害するかどうかという問題にすり替えるのは、とんでもない話です。
しかも、「人としての権利」にも、いろいろ制約をかぶせてくる。すべての国民の平等の権利というものは認めない。自民党改憲案がそういうものだから、早稲田大学の水島教授はこれを“壊憲”案だというわけです。この第13条こそ、現行憲法の国民主権、立憲主義の柱です。それは、憲法は国民を縛るものではなく、国民主権の擁護を基本的な目的とするものだとし、国家がこれを妨害するようなことは許されない、と言っているわけです。国を縛るものが憲法なんです。これが立憲主義です。ところが、そこのところをさりげなく逆転させようとしているのが、自民党改憲案です。
◆国家・政府を縛る憲法が、国民を縛る憲法に変えられてしまう
ついで現行憲法の第99条も見ておきましょう。これは、国家に憲法擁護義務を負わせる規定で、「天皇又は摂政および国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」とだけ書いてあるものです。ところが、本条に該当する自民党改憲草案の第102条は、新たに第1項を付け加え、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と規定します。まず国民に憲法の尊重を義務付けるわけです。「公益」「公の秩序」という国家の利害や目的の優越性を規定するのがこの憲法なのだから、まずこれを国民に守らせよう、というわけです。国民は全て、この憲法を守れということになる。そして第2項で、「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」とする。さすがにこの部分を消すわけにはいかない。しかし、この憲法擁護義務から、「天皇又は摂政」が外されていることにご注目です。
そして思い出してください。現行憲法は第1章で「天皇は日本国の象徴である」と規定しています。天皇に政治性を負わせない宣言が明らかにされたのです。しかし、自民党改憲草案第1章は「天皇は日本国の元首であり」とするのです。これでは、立憲君主制を具体化した明治憲法へと還るに等しい。自民党の改憲構想は、天皇を元首にいただく国家体制を整え、それを国民に護持させるためのものだ、と言わざるを得ない。
こういうものが出てきているのに、総選挙前に、自民党の本質はこういうところにある、というようには、どの新聞も書いてない。これは非常に大きな問題だと思う。マスコミがちゃんと報じ、論じてくれなければ、国民はこういうところまでなかなかわかりません。何となく、自民党は改憲をやるんだろう、九条がなくなるのかな、ぐらいにしか考えられない。しかし、現実にはとんでもないことが起きようとしている。そのなかに安倍自民党の危険な本質が潜んでいる。
私が、明治憲法に戻るといいましたら、樋口陽一先生という憲法の大家から、「桂さん、それは自民党に好意的に過ぎる。これは明治憲法より酷い」と言われてしまいました。明治憲法は、条項に入る前に天皇の「告文」と「憲法発布勅語」がついており、これは酷いが、憲法本体は、美濃部達吉の天皇機関説も出てくるように、天皇を一つの機関として位置づける考え方があり、ヨーロッパの近代立憲主義をしっかり反映している。それに比べると、自民党の改憲草案はそうした原則性が崩れており、ずっと酷い、と樋口さんはおっしゃるのです。全くその通りだと思います。
私は、敗戦の時に小学4年生でした。今77歳ですが、教科書「新しい憲法のはなし」を中学で習うことになった2回目の学生です。そのせいで、今でも現行憲法のことを、「新憲法」と言ってしまいます。読売新聞や自民党は、自分たちの改正案でこれからつくるものを「新憲法」と呼んでいます。私のいう新憲法では、国民の3大義務とは、勤労、納税、自分たちの子ども達に義務教育を受けさせることの三つです。しかし、「国防軍」ができると、国民皆兵というか、兵役の義務が出てくる可能性があります。男女同権ですから、女性も対象になるかもしれない。
アメリカでは、ベトナム戦争の時は上院議員の子どもでも兵隊に行かねばならない徴兵制だったけれど、今はその必要がなくなり、志願制になっています。深刻な格差社会が出現、貧乏人はろくに学校にも行けない。就職口もない。そういう若者や移民が沢山いて、先の見込みがないものが兵隊になるので、それで足りる状態なのです。日本の場合も、国防軍になっても、いきなり徴兵制にはならないかもしれない。その代わり、貧乏人はアメリカと同じように、志願兵の道しかなく、兵隊になったあと、運がよければ大学に行けるかもしれない。しかし、運が悪ければ、戦争で命を失うことになる。
このような新しい状況の中で、改憲ということが策されているのに、それが当の国民にちゃんと知らされていないところに、非常に大きな問題があると私には思えます。
◆マスコミは安倍自民党改憲草案の危険な本質を衝いていない
資料の1[東京新聞3月1日朝刊 こちら特報部『自民改憲草案を読む』]を見てください。選挙が終わって、千葉でも、もう朝日新聞はダメだ、東京新聞の方がよいという声が多いようですが、この東京新聞の記事は、法律家養成の「伊藤塾」主宰者、伊藤眞さんに、現憲法の柱、良いところをきちっと語らせ、私が先ほど申したようなことをわかりやすく問題提起しています。これだけ具体的にしっかり書いたものは、ほかの在京新聞にはない。
ところが、東京新聞もどちらかというと、朝毎読、日経・産経などの全国紙と比べれば、関東地域の地方紙ですが、各地の地方紙を見ると、ちゃんとものをいっている新聞がけっこうある。河北新報という、仙台に本拠を置く宮城県の県紙ですが、この新聞の2月23日の社説には感心しました。 憲法の改正手続きを定めた憲法96条をまず変えようと、国会の中で、自民党だけでなく、民主党の一部、維新の会、みんなの党とかも一緒になって、「憲法96条改正議員連盟」というのをつくりだしている。憲法本体を変えるということは、そんなに簡単に手を付けてはいけないが、96条は改正手続きだ。憲法を良くするために改正しようとしても、衆議院も参議院も3分の2以上の多数にならないと発議できない、というのはおかしい。発議ぐらいは過半数以上でできるようにし、みんなが自由に腹を割って話合いできるようにして、憲法を良くしていけるようにしよう。そういう理屈で改憲に動き出しているわけです。しかし、このインチキは見え見えですね。それはとんでもない話です。そもそも政府をつくる与党というのは、衆議院で過半数を占める存在です。したがって、改正発議条件が過半数でOKとなったら、国会決議は過半数でいいのですから、あとは事実上、政府が勝手に改憲できるようなことになってしまうわけです。この点について河北新報は、“国・政府を縛るのが憲法というものであるのにも係らず、国がやりたい放題やれるようにするために96条を変えようというのは、基本的に憲法理解を間違えている”と書いて、批判しました。
「たった3分の1を超える国会議員の反対で発議できないのはおかしい。そういう(改憲に消極的な)横柄な議員には退場してもらう選挙を行うべきだ」ともいってきた安倍さんに対して、河北新報は、「参院選を『憲法とは何か』という根底的な問いをめぐる国民的議論の場としなければならない。『横柄な議員』とは誰のことを言うのか、見極めるのは私たち国民である」と、痛烈な反撃も加えています。これは立派な社説です。これぐらいのことは、在京の新聞にも言ってもらいたい。しかし、そうなっていないのが、現実です。
<2>「アベノミクス」の及ぼす大災厄 ―民は貧に喘ぎ、国は米国の属国に
◆安倍政権は経済政策の「成功」でどこまで人気をのばせるか
つぎに、安倍首相の人気のわけを考えてみたい。なんとなく、経済政策で成功しているからかな、とお思いの方もいらっしゃるのではないですか。毎日毎日の新聞が「アベノミクス」の成功を騒いでいますから。しかし、新聞はそれだけじゃない。安倍政権の経済政策というのを、消費税引き上げと結びつけて語っている。それは、野田政権の時からのことです。新聞はそろって野党の自民党に、消費税では野田内閣に協力せよ、といってきた。その結果、両者協力の下、消費税は最初8%に、次10%にと、2回も引き上げられることになり、この財源増加効果を、安倍政権がちゃっかり頂戴することになった。そういう状況を作り出すのに、どの新聞も協力したのです。
確かにここでも、地域住民の意向に敏感な地方紙は反対したところがありますが、全国紙はほとんど例外なく賛成しました。財政赤字の問題を考え、財政政策上やるべしという議論です。税と社会保障の一体改革が増税の大義名分だったわけですが、その後、社会保障のほうに税の増収分がどのように回されるのかの話はほとんどない。むしろ、生活保護基準の切り下げなど、社会保障は冷遇されているのが実情です。
それからTPP(環太平洋経済連携協定)参加問題がある。野田政権時代からの懸案ですが、安倍政権になって、ぐんと参加の方向に進みだした。そして、これについてもどの全国紙とも、TPP参加急ぐべし、です。この問題では、農業問題など地元の問題を抱える地方紙は、強力に反対するところが多い。全国紙はそろって、まごまごして遅くなり、アメリカに見限られたら大変だ、早く参加しろ、と急かすばかりです。
こういう状況のなかで安倍政権は政権を取ると、俗に“三本の矢”という経済政策を打ち出した。第一の矢が大胆な金融緩和。要するに、日銀にどんどんお札を刷らせ、金詰まりをなくしてデフレから抜け出し、ある程度の物価高、金余り状況みたいなことにして、景気を上向かせるというのです。実際に株が上がった。為替も、円安に転じてきたために、輸出も増えてきたと、いっていますね。しかし、これが本当にいいことなのかというと、私にはそうは思えない。先行きおかしくなる原因ができるだけだ、と心配しています。
まず金詰りということですが、我々が金を持っていないだけで、世界も日本も、金融界は「過剰流動性」、一口にいうと、カネ余りなのが実情です。具体的にいえば、日本では90年代の初め、バブルが弾けて金融危機に陥った。この時、政府は公的資金の注入で銀行を助けましたが、その金を銀行はまだ返しきっていず、投機の場にだぶついて残しているのが実態です。2008年のリーマン・ショックではアメリカの金融界が同じような危機に陥り、米政府も公的資金注入をして銀行や証券会社を助けた。その結果、アメリカでもカネ余り状態が出現、余ったお金が投機の場にたくさん出回り、儲けの機会を狙っている。総じていえば、内部留保をたくさん貯め込み、財テクに大わらわな大企業も含め、グローバルなギャンブラーたちは、博打の元手をたくさん持っていて、どこに賭け金を張ったらいいかに困っているのが実情です。そういうカネは、雇用とか賃上げとか、投資、国への税金支払いや社会保障の負担など、実体経済の中には回ってこない。グローバルな投機市場を徘徊しつづけ、自国の国民経済の還流システムには入ってこないんです。
彼らは、自分たちの貯め込んだ巨額のカネを、国に課税対象として捕捉されるようなのろまなことはしない。「オフショア」とか「タックス・ヘイブン」という言葉を聞いたことがおありでしょう。たとえば、カリブ海やその周辺にはケイマン諸島、バミューダ諸島など、以前は欧米先進国の植民地で、現在はそれらの海外領土になっているところがあるが、そういう島の現地政府は、そこの地元銀行への預金は匿名でOKとし、課税もしないという制度をもっている。海外企業がそこにペーパーカンパニーをつくっても、課税しない。これが「タックス・ヘイブン」です。税金逃れができる天国という意味の言葉です。ここにカネを置いておけば、いつでも自由によそに博打を打ちに出ていける。そして、それで儲けたカネもそこに置いておけば、自国の税金は払わないですむ。
これはご存じでしょう。AIJという名前の投資コンサルタント会社が、たくさんの国民年金基金組合から保険料の積立金を預かり、これをケイマンの自分のペーパーカンパニーに貯めておき、ヘッジファンド(ひとからお金を預かって運用、それを殖やしては手数料を受け取る業者)に預け、大きく殖やそうとしたけれど失敗し、客の年金基金に元金も返せなくなった話です。AIJという会社は詐欺罪とされ、破綻しました。そうすると、AIJにお金を預けてきた年金基金組合もやっていけなくなり、解散のやむなきに至るという事態が生じた事件です。
国民年金基金というのは、会社の年金制度だと思っている人が多いけれど、実は公的年金です。60年代の半ば過ぎ、大企業が、自社で集めた保険料を国に納めるより自分で運用したいと考え、国に年金保険制度を変えさせ、収入比例によって納入する保険料支払い分は企業内に留め置き、国に代わって自分で運用、国よりもずっと高い利益を出し、年金受給者への支払いを殖やす、ということで国に制度を変えさせ、国直轄の年金から出ていったのが基金組合なんです。しかし、公的年金であることには変わりありません。運用と支払いの一部を国から授権され、代行していたわけです。
こういう大企業の勝手な言い分を聞いて、公的年金を歪めたことや、小泉構造改革内閣が金融ビッグバンとやらで、銀行・証券・保険の区分を取っ払い、だれがどちらの仕事をしてもいい、コンサルタントも金融取引に手を出してもいい、というようなことにしてしまったことこそ、実はAIJ事件の根本原因です。ところが、マスコミは、AIJの社長が初めから企んだ詐欺事件だ、というような報じ方しかしていない。
小泉内閣の時代、経済財政政策担当・金融担当相、総務相などを務めた竹中平蔵さん、政府の規制改革委員会の座長を長く務めたオリックスの宮内義彦さんなどが、米英の金融ビッグバンを真似て、業域規制を撤廃、だれもがどこででも国際的なギャンブルがやれるシステムを、日本にも導入したわけです。だからアメリカの保険会社がどっと日本に入ってきた。一方、日本のAIJは海外に出て日本の投資家に儲けさせようとした。そして失敗したわけです。彼が失った金は、別のギャンブラーが持っていってしまった。そういう類いの金がいま、つぎはどの賭場で何に狙いをつけるか、世界中あちこちで唸りを上げ、大きく渦を巻いているのが実態です。彼らはお金を持っているんです。
政府の息のかかった黒田さんという財務省出の日銀総裁は、いくらでもお金を刷る、といっている。差し当たり物価を2%まで上げ、つぎのステップでもう2%上げるといっています。それだと4%以上の上げ幅になる。そうすると、株を持っている人は必ず儲かるといっていい。麻生さんの持っている株全体では、すでに何億もの評価益が出ている、と報じられています。株を持っている人はいい。しかし、株を持ってない人は、こういう儲けは関係なく、単に物価が上がるだけです。それが「アベノミクス」です。
一方、経団連の米倉会長などは、ニタニタ喜んでいますが、それはそうでしょう。株は上がるし、輸出も多くなり、売り上げが増える。彼らは嬉しい。これが「アベノミクス」です。
こんなことがずっとうまくつづくわけがない。ものの5〜6年して、10%のインフレになったら、大変なことです。それでも10%で止まってくれたらいい。悪性インフレになったら、それこそ悲劇です。円も止めどなく下落していくでしょう。その場合の賭博師の本性というものも、頭に入れておく必要があります。株でも通貨でも博打うちは、先行き値上がりするから、今買っておいてあとで売って儲ける、という行動を取るだけでなく、値がどんどん下がる場合でも、先物取引であらかじめ高く売っておき、抜け目なく儲けるということをやるプレーヤーなのです。売買の対象は、株、通貨(為替)、国公債などの金融商品だけでなく、石油、大豆、トウモロコシ、小麦、米、絹、マユなど、多様な商品も博打の対象にされます。彼らは、上がっても、下がっても大儲けするわけです。こういう状況は、アベノミクスに必然的につきまとうリスクですが、それがやがて顕在化する確率はかなり高いと、私としては思うわけです。
アベノミクスの第二の矢は、機動的な財政出動で、それによって景気を良くする、というものですが、これもインチキ臭い。なぜならば、昔の自民党がやってきたような公共事業、特に全国各地のゼネコンが喜びそうなバラまき公共事業ばかりしか、見えてこないからです。今は、東日本大震災に襲われた東北の復興費が十分に用意され、きちっと使われていかなければならないのに、復興費名義の予算の中に、他の地域や異なる災害に対する防災費などが潜り込まされていたりしており、かなりエグイことがやられています。公共事業費は総じて、伝統的に自民党の既得権といった構造的な特徴を色濃く備えていますが、そういう財政出動では、いくらやっても若者達の就業機会を増やすとか、あるいは派遣社員の人達を正社員にし、ちゃんと社会保険にも加入させ、最終的には退職金や年金がもらえるようにするとかいった効果、実体経済を活性化させる効果は上がらないのではないか、という気がします。国民経済の実質が強化され、国民生活が全般的に向上する目途が立たないのでは、機動的な財政出動といっても、インチキとしか思えません。
第三の矢、持続的な経済成長の追求は、確かに成長を、国民総所得あるいは国民総生産で見るのであれば、インフレの数値が上がるのに伴い、それだけ伸びますが、その恩恵に浴するのは、やはり儲かる仕組みの中の、儲かる所にいる人だけの話であって、給料をもらってもそれが目減りする人や、ろくにお金が使えない人が増える限り、成長なんてことが起こるわけがない。この第三の矢、経済成長というのも、私は怪しいと思う。
◆TPPは経済・産業版の日米安保条約―日本はアメリカの属国へ
そして厄介なことに、こういう危ない体質の経済が、TPPというグローバルな体制に取り込まれると、日本はアメリカ型の格差社会になっていくのと同時に、ますますアメリカに頭が上がらない国になっていく。具体的には、輸入農産品に対する関税を日本がすべて撤廃させられたら、日本の農業は大変です。小麦、大豆、米などの農産品、牛肉、ミルクなどの酪農製品は、価格面で太刀打ちできず、農家はやっていけなくなり、消費者はアメリカやオーストラリアなくしては食っていけなくなる。勝機はある―農業経営の大規模化を図れ、なんてバカなことをいうメディアもありますが、カリフォルニアの米作は飛行機で種を播くんですよ。日本でやれる程度の大規模化で太刀打ちできるものではない。
また、農業や自動車がたいへんだ、という話は種目別次元の問題ですが、TPPの規定の中にISDSという項目があり、これが重要な意味を持つことに注目する必要がある。Iはinvestor 投資家(外国からの進出企業家・投資家)、Sはstate(政府)、Dはdispute(争い)、最後のSはsettlement(解決)で、それは、TPPの協定下ではどの国も同じ通商・経済制度を内外の企業家・投資家に適用すべきで、もし外国企業が進出先の政府の規制等にルール違反をみつけたら、国際司法機関に訴え、差別的取り扱いをなくさせることができる、という仕組みを意味します。しかし、その同じルールというのが事実上、アメリカが主導しているグローバル市場における自由というようなもので、それですと、アメリカの医療保険を商品として扱う保険会社が日本に来て、日本の健康保険適用の医療も、適用外の高度先端医療も、アメリカのように全部まとめて保険商品にできるようにしろ、といって争い、結果的にそういうことになると、日本の健保制度、公的医療制度は壊滅しますね。似たようなことが、年金、介護、地方自治体の行政サービス・公共事業など、いろいろな分野で起こってくる可能性がある。現実にアメリカではそうなっていることが多い。
オバマがようやく大統領2期目を迎える直前に、ある程度公的な健康保険制度を導入しました。保険会社が介在する仕組みなので、完全な公的健康保険制度ではない。それでも一定程度のメリットは出ています。そういうアメリカから保険会社が日本に来て投資行為をしようとするとき、日本の健康保険制度が邪魔になる。それでどういうことをするかといえば、日本の政府を訴えるのです。TPP通りにやってないじゃないか。アメリカがやっている通り、我々が自由に医療保険を取り扱えるようにやれ、ということになると思います。どういう風にやるか。健保制度を擁護する医師会はつぶせない。そこで狡い手を考える。
まず混合医療制度を導入させる。これは健康保険と、健保適用外=自己負担が生じる部分とを並立させる制度です。後者は高度先端医療を対象とする。医師への診療報酬は両方からということにすれば、医師だって高い報酬に惹かれていく。医師会も一枚岩ではいられなくなる。自己負担の部分を増やせるようにしていけば、何年か後には、金持ちはもう健康保険には入らない。貧乏人の医療費負担まで含まれる保険料は払いたくない―そんなことだったら保険会社の医療保険に入ったほうがいい、ということになる。こうなると、世界最高といわれている日本の、社会保障としての健康保険制度は、つぶれます。
TPPという制度の下では、ことごとくそうなるんです。教育もそうです。日本の教育は圧倒的に公的教育のウェートが高い。そのおかげで、貧富の差によって生じる教育機会の不均等や教育内容の格差が、まだアメリカほどには大きくない。アメリカでは教育に関しても学資保険という保険商品があります。日本でもそういう積み立て保険がありますね。こういうものがどんどん増え、幅を利かすようになると、日本の公教育がつぶされてしまう危険も大きくなる。こういうことがあらゆる面で生じてくるおそれがある。そういう点で、ISDS が提起する問題や意味を、もっともっと重視する必要があります。
私は、アメリカの資本主義がもうそんなに強くなくなってきたのだ、と思うのです。だから、他国の国民の消費力や生産力を当てにしなければならなくなった。そのことは、軍事力の面にも現れています。あれだけ沖縄に居つづけ、ひどいことをするというのも、もうアメリカが、自前の軍備で戦争する力を維持することができなくなったせいです。だから、できるだけ日本の基地を使いつづけ、軍事費も日本にできるだけ多く出させようとする。すでに日米合同訓練もさかんにやっているが、ゆくゆくは日本の自衛隊員、兵隊さんにもちょっと死んでもらおうじゃないか、そういうことになってきているんです。
それと同じようなことが、経済の面で起こっているのがTPPではないか。日本に経済の負担をしてもらわなければ、アメリカはやっていけない。例えば、日本の自動車産業に関するアメリカの要求も、輸入関税を下げろというような要求だけではなく、日本人はみな小型車を使いすぎるから、アメリカのつくれない小型車は規制し、できるだけ使えなくしろとか、日本の排気ガス規制の基準が厳し過ぎ、これをアメ車はクリアできないので、アメリカ並みに緩和しろとかいう要求を出してくる。そういうのをみていると、TPPというのは結局、日米安保と同じじゃないか、経済産業面での安保じゃないか、と思わざるを得ない。こういうものに、なぜ新聞は早く参加しろというのか、正直いって理解できません。
朝日など早くから、TPPをやれと繰り返しいってきました。自由なマーケットで、日本もどんどん成長していけるなんて書いてきた。TPPに入ると、何年か経てばGDPが何兆円増しになるなど、政府の予測発表をそのまま報じてもきた。そんなこと、なるわけがない。なったとしてもインフレでなるのだったら、まるで意味がない。それよりも、グローバルな市場での自由主義的な競争のやりたい放題は規制し、国際的な経済システム・財政システムを社会公共的なものに変えていくことが、必要になっている。ヨーロッパがいま、金融危機で非常に苦悩していますが、少なくともそういう方向を目指そうと、自力で頑張っているのは確かです。ところが、日本は、アメリカの言いなりになる方向に進みつつあるんです。
これも新聞があまり書かないんですが、もっと注目していいものにRCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership 東アジア地域包括的経済連携。アールセップと呼称したりします)があります。これはアジア全体、ASEAN10か国とそれらのパートナーとなる、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージランドの6か国、合わせて16か国がトータルに、自分たちの地域的な共同利益を考えて経済協力の協定をつくろう、という動きです。2015年には発足するという構想が生きていますが、アジアに生きる日本は、こちらとの取り組みにこそ、もっと力を注ぐべきではないか。
TPPは、アメリカを盟主とする色合いが濃く、よその地域経済協定に対抗するような性格が強い。第一次世界大戦の前も、第二次世界大戦の前も、強大な国が先頭に立って大きな国際経済ブロックの形成を図り、領土や資源をめぐって支配領域の拡大を競い合い、大きな経済覇権の獲得を目指しました。それが世界戦争を引き起こしたんです。アメリカのTPPのやり方というものも、そういう経済ブロックのやり方に似た面があり、こんなものに、日本が尻尾を振ってついていくだけでは、アジアの国々からの信頼は得られないでしょう。
資料2 [3月16日付朝日社説『TPP交渉 ルールを担うには』]をご覧ください。安倍首相が3月15日、TPP参加方針の決定を発表しました。それを受けての社説ですが、日米が手を組んで中国を牽制するために役立つと、この方針に賛意を表するものです。相変わらずの日米中心主義です。ひどいのはNHKでした。3月15日夜のニュースウオッチ9は、60分中40分が安倍首相と差しのインタビュー。大越キャスターは首相を持ち上げるだけで、TPPの問題点を衝くなどのことはまるでしなかった。メディアがこんな状態では、やがて大変な国難が日本を見舞うことになるのではないでしょうか。
(つづく)
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