平家物語に「驕れる人も久しからず」とある。地位や財力を鼻にかけ、おごり高ぶる者は、その身を長く保つことができないというたとえとして知られる。参院選で大勝した安倍自民党にそういう臭いがつきまとっている。大勝に傲る政権は久しからず、と指摘しておきたい。 安倍政権の掲げるアベノミクスなるものの内実は「日本改悪プラン」というほかないが、新聞社説も概して批判的姿勢である。「民意とのねじれ恐れよ」(朝日)、「圧勝におごるな」(毎日)、「数に傲らず」(讀賣)、「傲らず、暮らし優先に」(東京)など安倍政権の傲りを戒める主張が目立つ。
第23回参院選挙は2013年7月21日投開票され、自民が大勝し、民主は惨敗となった。一方、共産、維新の伸びが目立つ。参院新勢力(かっこ内は公示前勢力)を概観すると、自民115(84)、民主59(86)、公明20(19)、みんな18(13)、共産11(6)、維新9(3)、社民3(4)、生活2(8)などとなっている。
以上のような選挙結果をめぐって新聞社説はどう論じたか。大手紙の7月22日付社説を吟味する。まず社説の見出しを紹介する。 *朝日新聞=両院制した自公政権 民意とのねじれ恐れよ *毎日新聞=衆参ねじれ解消 熱なき圧勝におごるな *讀賣新聞=参院選自公圧勝 数に傲らず着実に政策実現を 日本経済再生への期待に応えよ *日本経済新聞=経済復活に政治力を集中すべきだ *東京新聞=参院選、自民が圧勝 傲らず、暮らし最優先に
以下、各紙の社説(要点)を紹介し、それぞれに<安原の感想>をつける。特にアベノミクスをどう論評しているか、政権交代の可能性にどう言及しているかに着目する。
(1)朝日新聞=野党の再生はあるか 朝日新聞の最近の世論調査では、改憲手続きを定めた憲法96条の改正には48%が反対で、賛成の31%を上回った。首相が意欲を見せる、停止中の原子力発電所の再稼働にも56%の人が反対している。 首相が民意をかえりみず、数を頼みに突き進もうとするなら、破綻は目に見えている。衆参のねじれがなくなっても、民意と政権がねじれては元も子もあるまい。誤りなきかじ取りを望みたい。しばらくは続きそうな1強体制に、野党はただ埋没するだけなのか、それとも再生に歩み出すのか。野党だけの問題ではない。日本の民主主義が機能するかどうかが、そこにかかっている。
<安原の感想> 「言論の自由」とは権力擁護も含むのか 末尾の「1強体制に、野党はただ埋没するだけなのか、それとも再生に歩み出すのか。民主主義が機能するかどうかが、かかっている」という問題提起は重要な視点と受け止めたい。一方、星 浩・特別編集委員は「痛み求める胆力あるか」(7月23日付朝日)という見出しで「消費税率の引き上げや痛みを伴う改革に批判が出ても、国民を粘り強く説得する。そんな<胆力>を備えているかどうか。首相が試されるのは、その点だ」と首相を激励している。朝日新聞では「言論の自由」に権力擁護も含むらしい。
(2)毎日新聞=存在意義問われる民主 多くの有権者は実際に「アベノミクス」の恩恵をこうむっているわけであはるまい。それでも自民党が相対的に安定しているとの思いから1票を投じたのではないか。 今回、安倍内閣への対決姿勢が鮮明な共産党が健闘した。野党第一党の民主党が有権者から忌避され、政策論争を提起できず、政治から活力を奪っている責任を自覚すべきだ。首相は選挙戦終盤に憲法9条改正への意欲を示したが、改憲の具体的内容や優先順位まで国民に説明しての審判だったとは到底言えまい。改憲手続きを定める96条改正を含め、性急な議論は禁物である。まかり間違ってもかつて政権を独占した「55年体制」時代の復活などと、自民党は勘違いしないことだ。
<安原の感想>「毎日対朝日」の言論戦に注目 朝日が最近「国家権力擁護」への姿勢に傾きつつあるのに比べると、毎日の社説は今なお「権力批判」の姿勢を捨ててはいない。それは「アベノミクス」批判にとどまらない。「今回、安倍内閣への対決姿勢が鮮明な共産党が健闘」と共産党の活躍を評価している。同時に「改憲手続きを定める96条改正を含め、性急な議論は禁物」と改憲への動きにブレーキを掛けている。これは朝日への対抗意識かも知れないが、日本の行く末を考えれば、この対抗意識は望ましい姿勢であり、遠慮は禁物である。燃えよ、言論戦!
(3)讀賣新聞=「アベノミクス」へお墨付き 最大の争点となった安倍政権の経済政策「アベノミクス」はひとまず国民のお墨付きを得た。だが、まだ所得や雇用にまで顕著な効果は及んでいない。デフレ脱却も不透明だ。国民の経済再生への期待に応えるためにも、首相は、政府・与党の総力を挙げて成果を出していかねばなるまい。 安倍政権は当面、成長戦略の具体化をはじめ、消費税率引き上げの判断、集団的自衛権を巡る政府の憲法解釈の見直しに取り組む。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉、国家安全保障会議(日本版NSC)設置も進める意向だ。いずれも日本の将来を左右する重要課題だ。優先順位をつけ、戦略的に実現してほしい。
<安原の感想> 淡い期待がはじけるとき 「アベノミクス」はひとまず国民のお墨付きを得た。だが、まだ所得や雇用にまで顕著な効果は及んでいない。デフレ脱却も不透明だ ― という指摘、特に後半部分は適切である。アベノミクスという言葉だけが先走りしているのだ。安倍首相は選挙中「日本を取り戻す」と連呼した。具体的な内容は一切触れず、不明なままである。しかし何となく有り難い世の中に変化していく、という淡い期待が安倍自民政権を勝利させた。淡い期待がはじけて真実を見抜くのはいつのことか。一日でも早いほうが日本にとって望ましい。
(4)日本経済新聞=カギ握る成長戦略実行 農業や医療などの岩盤規制を打ち破り、環太平洋経済連携協定(TPP)反対派を説得して、効果的な成長戦略を実行していくのは今しかない。第4の矢ともいわれる財政規律のためには社会保障を中心とする歳出カットも進めていかねばならない。 将来期待で票を投じた有権者は、かりに所得が増えないとなれば、失望という名の電車に乗りかえて、あっという間に安倍内閣から去っていくだろう。そうならないようにするためにも、アベノミクスの成功に、すべての政治資源を集中させるべきだ。今回の選挙が、政治と経済の失われた20年と決別し、新生日本づくりの転機となることを望みたい。
<安原の感想> やがて安倍首相の逃げまどう姿も 「将来期待で票を投じた有権者は、かりに所得が増えないとなれば、失望という名の電車に乗りかえて、あっという間に安倍内閣から去っていくだろう」という日経社説の指摘は正しい。期待が大きければ、その反動もまた激しい。アベノミクスを冷静に考えてみれば、遠からず失望は避けがたいだろう。日経社説は「第4の矢」として「社会保障中心の歳出カット」をすすめている。これでは老人パワーに限らず、青年男女パワーも忍耐心を投げ捨てるほかないだろう。安倍首相の逃げまどう姿が目に浮かぶ。
(5)東京新聞=政権交代可能な時代だ。 政権交代可能な時代だ。世論の動向次第で自民党政権の命脈がいつ尽きるとも限らない。自民党に代わる選択肢を常に用意することが、政治への安心感につながる。 選挙は代議制民主主義下で最大の権利行使だが、有権者はすべてを白紙委任したわけではない。この先、憲法、雇用、社会保障、暮らしがどうなるのか。選挙が終わっても、国民がみんなで見ているぞという「環視」、いざとなったら声を出すという積極的な政治参加が、民主主義を強くする。今回の参院選がインターネット選挙運動の解禁とあわせ、「お任せ」から「参加型」民主主義への転機となるのなら、意義もある。
<安原の感想> 「お任せ」から「参加型」民主主義へ 東京新聞社説にはユニークな視点、表現が少なくない。<政権交代可能な時代だ>、<自民党に代わる選択肢を常に用意すること>、<選挙が終わっても国民がみんなで見ているぞという「環視」>、<「お任せ」から「参加型」民主主義へ>など。多くのメディアは東京新聞と違って、これらの視点、表現を多用しない。特に「環視」、「参加型」民主主義は、傲慢な安倍政権の迷走を許さないためにも不可欠であり、大いに活用したい。「お任せ」民主主義の時代はすでに過去の物語であることを改めて自覚したい。
*「安原和雄の仏教経済塾」からの転載。
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
|