子供たちの夏休みも本番を迎えている。そんな今、町の書店で面白い本に出会った。そうえん社の「ゾウの森とポテトチップス」という本だ。これは課題図書にも指定されており、夏の読書にお薦めということにもなっている。
この本の特徴はいくつかある。まずボルネオ島に生息するゾウの生態がよくカメラで撮影されていることだ。作者の横塚眞己人氏はこれまで西表島やボルネオ島に足を運び、それらの島々の豊かな生態系を写してきた屈指のカメラマンなのだ。だから、ボルネオ島のゾウが一瞬浮かべた眼差しまでが胸に迫ってくる。横塚氏はゾウの眼差しにこの地球が見えたような気がする、というようなことを語っている。実際、写真を見るとそんな気がしてくる。
ではゾウの眼に宿っていたものとは?「ゾウの森とポテトチップス」はボルネオ島の原生林が消滅しつつあり、ゾウたちが絶滅に向かっている現状を告発しているのだ。タイトルにあるポテトチップスとは、私達のおやつの象徴だが、ポテトチップスやマーガリンなどの油の原料になるアブラヤシの植林がボルネオ島で盛んになっている。いや盛んになっている、という呑気な事態ではないようだ。横塚氏が空中から撮影した1枚の写真がそのことを示している。蛇行する河の周囲に熱帯雨林はわずかに残るのみで、すぐ近くまでアブラヤシの植林地域が迫ってきている。もうこの1枚がすべてを物語っているかのようだ。
最近、スマトラ島(インドネシア)やボルネオ島(マレーシア・ブルネイ及びインドネシア)などで熱帯雨林をつぶして、換金作物のアブラヤシや材木のプランテーションに変えていることがしばしば報じられている。多様な生物が混在する森が単一の換金作物になってしまう。それはゾウにとっても生活圏の縮小につながっている。今回、ボルネオ島(マレーシアの領土)で取材された「ゾウの森とポテトチップス」はこの問題を子供にもわかりやすく、しかも内容を下げることなく語っている。大人が読んでもまったく遜色ない本だと思う。
そしてもう一つこの本に打たれたことがある。それは島で暮らしている人々の心をきちんと描くことも忘れていないということだ。金のために動物たちを追い込んでいる、と言えばそうなるだろうが、それを島の人々が幸福に思っているかどうか。そこまで作者は語っていないが、1つのエピソードが紹介されている。それはゾウがうっかりアブラヤシの植林地帯に迷い込んでしまうことだ。プランテーション農園の人にとってはやっかいなトラブルにもなりかねないが、村民はゾウが無事に森に帰っていくまで見守っている。村民たちはゾウが好きなのだ。そうしたエピソードもきちんと紹介されている。作者が村人を一面的に描いていないことに僕は感動した。
今回、この本を作った担当編集者の小桜浩子さんに本作りの話をお聞きした。
Q、この本は普通の子ども用とは違うように感じられましたが、こうした本作りをいつもしているのですか?
小桜「実は、わたしは「この本はほかの児童書とはちがう」とは思っていないのです。わたしとしてはこれまで作ってきた児童書と同じ作り方をしたつもりでいます。児童書は一般書とちがって、グレード(対象年齢)を意識して本を作りますが、小学校中学年以上を対象にした本の場合は、むしろ大人向き書籍とテーマ性やメッセージの深さに遜色があってはならないように思っています。もちろん、言葉づかいや用語の説明、漢字のとじひらきやルビなどにはかなり気を配りますが…。
また、「子どもの本には未来がないといけない」とも思っています。子どもそのものが「未来」ですから、その本を読んで「自分が大人になった時の明るい未来」が想像できるような、そしてその未来を築く主体は自分であると自信を持てるようなことが大切かなと考えます。そういった読後感を得られる本を模索しながらですが目標にしています。」
Q この本の企画はどう生まれたんでしょう?
小桜「著者の横塚眞己人さんは「ボルネオ保全トラストジャパン」の理事も務め、写真家としても10年来、このテーマを追いつづけてきています。 裏話になりますが、横塚さんとわたしの出会いは同じ書籍編集の知人の紹介です。そこでわたしはボルネオの現状をはじめて知り、「このテーマの本をつくりたい」と考えました。横塚さんはずいぶん前から「ぜひ本にまとめて広く人々に知らせたい」と企画を練ってらっしゃいましたから、意気投合…というわけです。」
Q これまで小桜さんはどんな本を手掛けてこられましたか?また本作りの喜びはどんなところにありますか?
小桜「わたし自身の話で恐縮です。ずっと児童書ばかりを作ってきました。近年手がけたものでいうと、『チョコレートと青い空』(堀米薫・作)という創作児童文学作品があります(この本も全国の読書感想文コンクールの課題図書に選んでいただきました)。 これは専業農家の家庭の少年が主人公で、農業研修生としてガーナからおとずれた青年から、カカオ畑での児童労働の事実を知り、フェアトレードの大切さを教わる物語です。これを読んだ子どもから「街のお店にフェアトレードチョコを買いにいきました」「お母さんとフェアトレードの話をしました。お母さんはチョコレートのことは知らなかったけれど<うちのコーヒーはフェアトレードよ>と教えてくれました」などといったお便りをいただきました。こういった子どもたちのピュアな気持ちがこもったお便りをいただくとほんとうにうれしいです。本が売れることもうれしいですが、それ以上の喜びがあります。」
Q 『ゾウの森とポテトチップス』を編集した際の苦労についてお聞かせいただけますか?
小桜「最初、この本が「ボルネオ島」という場所を舞台にしていることが心配でした。決して身近ではない場所ですから、読者が関心を持ってくれるのか…と。それでも、「事実を知ってほしい」「目を向けてほしい」という思いが強かったので本にしたわけですが、ボルネオ島と日本との距離をうまく「ポテトチップス」という存在がつないでくれました。「ポテトチップス」を本の中でクローズアップしようというのは、横塚さんのプランにもともとあったものです。」
一冊でいろんなことを考えさせられる本である。
■横塚眞己人さんのホームページ
http://www.yamaneko.biz/profile.htm ■そうえん社
http://www.soensha.co.jp/
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