7月31日に行われたジンバブエの大統領選挙で現職のムガベ大統領(89)が対抗馬のモーガン・チャンギライ首相(61)を破り、再選を果たした。これでムガベ氏は1980年の英国からの独立以来、一貫してジンバブエの政治リーダーであり続けている。前回の2008年の大統領選ではムガベ大統領陣営の選挙の不正が訴えられた。また、旧宗主国の英国を始めとした西欧メディアから、ムガベ大統領の独裁者ぶりがことあるごとに書き立てられてきた。しかし、今回の選挙はチャンギライ陣営が訴えているような不正選挙の結果だったのか?そのことに関して、英国のガーディアン紙上にジンバブエ人の政治学者が興味深い分析を寄稿している。
http://www.theguardian.com/world/2013/aug/05/robert-mugabe-zimbabwe-election-zanu-pf その前にまず選挙結果である。ZANU−PFはムガベ大統領が基盤とする政党で、MDCはモーガン・チャンギライ候補が基盤とする政党である。以下は外務省の選挙結果のデータである。
大統領候補者名 得票数 得票率
ロバート・ムガベ候補(ZANUーPF) 2,110,434 61.09% モーガン・チャンギライ候補(MDC) 1,172,349 33.94% ウェルシュマン・ヌーベ(MDCヌーベ派) 92,637 2.68%
候補者はMDCからもう一人出ている。しかし、実質的には2人の決選で、得票数はムガベ大統領の圧勝となった。さらに、同日行われた国会議員選挙でもZANU-PFが3分の2という多数を確保した。
ブレッシング=マイルズ・テンダイという名前の学者が英国にいる。ジンバブエ出身で、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で教育を受け、現在はオックスフォードでアフリカ政治について教鞭を執っている。彼は今回の選挙を見るために7月、祖国に降り立った。そこで彼が見たものはMDC陣営の戦略の失敗だった。
それは2008年の大統領選の混乱とハイパーインフレーションによる経済崩壊を受けてムガベ大統領とチャンギライ首相という連立政権が成立した2009年の時点まで遡るという。チャンギライ首相とMDCがムガベ大統領を次期選挙で打ち破るためには、現職有利となる構造的基盤を切り崩しておく必要があった。そのために初期からチャンギライ陣営は取り組む必要があったとしている。 それがどんなことなのかは具体的には書かれていない。ただ’various institutional reforms’とだけ記されている。しかし、チャンギライ陣営が力を入れたのは改革勢力に近しい人材の農林大臣、司法長官、そして各自治体知事の任命だったとされる。こうしたことより、大統領選挙の「現職有利」という体制を解体しておくべきだったとテンダイ氏は書く。(このあたりはもっと突っ込んで論じて欲しいところだ)
さらにチャンギライ首相は軍に対する対応で決定的な誤りを犯したとテンダイ氏は指摘する。チャンギライ首相は2008年の大統領選挙の混乱とその後の経緯を実質的な「軍によるクーデター」と解釈していたという。しかし、ジンバブエ軍はシビリアンコントロールの軍に他ならない。白人国家の前ローデシアに対して、独立戦争を闘った時からシビリアンであるムガベ大統領らの指令下に置かれていたというのだ。だから、チャンギライ首相の軍に対する見方のずれは軍人たちが一層ムガベ大統領に投票する下地を作ったのだという。テンダイ氏の観察ではムガベ陣営が一枚岩で選挙に臨んだのに対し、チャンギライ陣営はMDCから別の候補者が出ていることも含めて、どうも選挙態勢が分裂していたようなのだ。だから、不正が今回もあったのかどうかはともかくとして、テンダイ氏はムガベ大統領圧勝の理由は複数の要因によるものだと考える。
ムガベ大統領の政策で際立つのは次の2点だ。白人の大土地所有者から奪った農地を無償で黒人農民に分配したことと、ジンバブエで稼働する外資系企業は株式の51%までジンバブエの地元資本であることが求められることだ。これらは西欧諸国および日本の政治家と実業家からひどく批判されてきたところである。しかし、農地の分配も、地元資本の51%ルールも白人支配と闘ってきた100年以上に及ぶジンバブエの独立闘争の歴史に根差していることである。チャンギライ首相がバックにする欧米資本がチャンギライ首相の勝利とともにジンバブエに流入すればジンバブエの独立が再び実質的な意味で侵される危険性を感じた国民が少なくなかったのではないか。記事の中で軍人のコメントが引用されている。「独立闘争を闘ったことがないMDCに政権を渡すことはできない」と言う言葉である。
オックスフォード大学でアフリカ政治を教えるテンダイ氏には’ Making History in Mugabe's Zimbabwe: Politics, Intellectuals and the Media’と題する著書がある。この本は書評によればジンバブエ政治を、ムガベ大統領やその対抗勢力の政治家ともども、政治思想の観点から分析している稀有な本として評価が高いようだ。そこには人種問題や独立の問題など、政治思想上の闘いが描かれているという。確かにムガベ大統領には独裁者的な面があるが、それだけでジンバブエ政治を総括することはできない。ジンバブエの今回の選挙結果も、単純に「不正だった」という指摘だけで説明することはできないというのである。
■ジンバブエ(外務省データを参照)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/zimbabwe/data.html 人口 1275万人 面積 39万平方キロ(日本よりやや大きい) 民族 ショナ族、ンデベレ族、白人 歴史 英国の自治植民地であった南ローデシアが1965年に白人のイアン・スミスらによって一方的に英国から独立した(英国は認めず)。この白人国家はローデシアと呼ばれていたが、これに対し、ムガベ大統領ら解放勢力が闘争を行った。独立闘争では解放勢力は宗主国の英国から支援を受けた。そしてローデシアから権力移譲の合意を得て、1980年、最終的に旧宗主国である英国から独立を勝ち取ることになった。
■悪評高かったジンバブエの土地改革の真実〜英国農業学者の意外な調査結果〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201306072239465
「・・・しかし、彼の土地改革は本当に失敗だったのか?そう問いかける常識破りの記事が登場した。ジンバブエの旧宗主国で白人農家のルーツだった英国のBBCである。
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-11764004 記事のタイトルは「ジンバブエの土地改革は’失敗ではなかった’」(’Zimbabwe land reform 'not a failure'’)というもの。 ジョセフ・ウィンター(Joseph Winter)記者の情報源はサセックス大学で農業エコロジーを研究しているイアン・スクーンズ(Ian Scoones )教授である。10年にわたってジンバブエで現地調査を行ったスクーンズ教授によればジンバブエの農業は成功とは言えないまでも、健闘しているというのだ。そしてこれまで欧米紙で繰り返し書かれてきた5つの神話が嘘だったというのである。・・・」
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