民間の空襲被災者の人生や、日本の植民地だった台湾の人々の人生を濃密に描いてきた林雅行監督の最新作「呉さんの包丁〜戦場からの贈り物〜」が今月から、渋谷のユーロスペースを始め全国各地で上映される予定だ。
ドキュメンタリー映画「呉さんの包丁」の舞台は金門島。だが、そう言われて金門島がどこにあるか正確な位置を示せる人は果たして何%いるだろうか。
金門島。それは台湾の領土でありながら、中国・福健省の眼と鼻の先に位置している。日本軍が中国から撤退した後、国共内戦がはじまり、中国大陸から撤退する蒋介石の軍隊を共産党の軍隊が金門島まで追撃。だが、この時、蒋介石の軍隊は共産党軍を撃退させることに成功した。以来、金門島は中国と台湾が砲撃を交わす最前線の島であり続けている。映画はこの緊張の高まる島に生きる包丁職人にスポットを当てる。彼が作る包丁は何と戦闘の砲弾を原料にしていた。林監督は包丁職人を中心に、知られざる歴史をひもといていく。
以下は映画案内から。
〜中国軍の砲弾で包丁を作る台湾人の物語〜 ドキュメンタリー映画「呉さんの包丁」(監督・林雅行)
中国福建省の廈門からわずか10キロ沖にある小さな島、金門島。実はこの島は台湾領なのだ。中台間の緊張によって1992年まで戒厳令下におかれ、島に駐留する10万人の台湾軍が対岸の中国軍と対峙してきた。
1949年10月。金門島は国共内戦最後の決戦場となった。だが中国軍はこの島を攻略できず敗走。およそ10年後の1958年8月には中国軍が金門島に砲撃を開始し、44日間に48万発もの砲弾を撃ち込んだ。さらにこの時、金門島は空も海も封鎖された。しかし、台湾軍も反撃、7万発を撃ち返した。そして台湾軍は米軍の支援を受けて中国軍による封鎖を打ち破る。その後、さらに双方は1978年まで砲弾(主に宣伝弾)を撃ち合った。島に打ち込まれた中国軍の砲弾は鋼鉄でできている。皮肉にも撃ち合いの賜物である「砲弾」を材料に包丁を作る人がいた。呉増棟さん(56歳)。祖父が現在、中国領の廈門(アモイ)で鍛冶屋を起こし、父の時代に金門島に移ってきた。呉さんはその3代目だ。
包丁を作る呉さんの仕事ぶりを描き、その珍しい人生を金門島の歴史に重ねて綴った長編ドキュメンタリーである。「砲弾から包丁」という世界にも珍しい商売を紹介したニュースは今までABC(アメリカ)やZDF(ドイツ)などのTVで紹介されてきたが、この映画では金門島をめぐる歴史的背景、毛沢東や蒋介石の思惑やその後ろで蠢く米ソの狙いの中で金門島の戦争の意味が語られる。島は要塞化され、島民は男女の自衛隊に組織された。それは知られざる歴史だ。
いつ戦場となるかわからないこの金門島を去っていく人々がいる。一方、生まれ育った島にとどまり砲弾の襲来に耐えてきた人々がいる。最近では中台の緊張緩和が進み、2001年には台湾領の金門と中国領の廈門(アモイ)の往来や通信、さらに商売もできるようになった。そして今では毎日、中国から観光客がたくさんやってくる。金門島の特産物は海産物、高梁酒、牛肉など。古い伝統建築も残り、渡り鳥のバードウォッチングをするにも絶好の場所だ。さらに一部の要塞はなんと観光地になっている。そして観光にこの島を訪れた中国人たちが注目している土産物があの包丁。呉さんの包丁工房を見学し、呉さんから説明をきいた中国人たちの反応は果たして?
「呉さんの包丁〜戦場からの贈り物〜」は、8月24日から東京渋谷ユーロスペースで上映。順次、東京、横浜、名古屋、京都、大阪などで続く。 上映は2時間。取材・撮影 は高良沙葵・本多真子。テーマ音楽作曲・演奏 は彩愛玲「Leela〜かみさまの庭〜」
クリエイティブ21 http://cr21.web.fc2.com/ ユーロスペース http://www.eurospace.co.jp/
■【テレビ制作者シリーズ】(8) 反戦に意志を貫く個を描く、林雅行さん
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200911011100010
■戦災傷害者の無念を描く ドキュメンタリー映画「おみすてになるのですか〜傷痕の民〜」
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