本紙・風刺漫画家、橋本勝氏によれば日本の新聞政治漫画は長期低落傾向にある。そうだとすれば、その理由は切れ味が弱いことだろう。ではその理由は新聞漫画家の衰退にあるのか、編集側の姿勢にあるのか。
アメリカに目を移せば今日も新聞風刺漫画家たちは健筆をふるっている。イラク戦争の頃、新聞もネオコン寄りになり、政府に批判的な記事が少なくなっていったが、そんな中にあっても新聞漫画だけは政府批判の牙を抜かれず、比較的、健全だった。
通常、アメリカの新聞風刺漫画家は新聞1紙専属ではないようだ。アメリカの新聞が地方紙を核にしており、漫画家が1つの漫画を描いた時、契約している各紙がそれを掲載していくシステムになっている。だから、1紙の編集方針に左右されて漫画家が素材やその味付けを決める、というより、漫画家が自由に描いた世界を掲載するかどうかは、各紙の編集者の判断で決めるということのようだ。つまり、面白い漫画はあちこちで買い手がつくわけで、面白いものを描けば描くほど売れていく。同じ資本主義国でありながら、日本の新聞風刺漫画の場合は1組織への専従を基本としており、その組織の編集方針に沿って漫画が描かれているという意味で中国や旧ソ連に近い。一方、アメリカでは漫画家は国家ベースや会社ベースでなく、個人ベースで生きている。だからたとえあるテーマが与えられたとしても、漫画家は自分の発想に忠実に、自由に表現できるのだろう。
さて、今起きようとしているシリア戦争に関して漫画家はどう挑戦しているのだろうか。ニューヨークタイムズのエースの一人、Patrick Chapatteはリングのコーナーに追い詰められたオバマ大統領(と米軍)を描いている。オバマ大統領はアサド政権が化学兵器で追い詰められたと記者発表しているのだが、実は自分もコーナーに追い詰められていることに気づいていない。http://www.nytimes.com/2013/08/29/opinion/global/chappatte-obama-reviews-his-options-on-syria.html?ref=patrickchappatte&_r=0 このChapatteという名前でお分かりのように、アメリカ生まれではない。ウィキペディア仏版によれば、パキスタンのカラチで生まれているそうだ。そしてなんと永世中立国スイスを活動の拠点にしている(国籍もスイス)。掲載の場もニューヨークタイムズ国際版以外に、スイスのLe TempsやNeue Zurcher Zeitungなどでも健筆をふるっている。
ニューヨークタイムズはChapatte氏の漫画で1ページ広告をしばしば作ってニューヨークタイムズの宣伝をしている。それだけ風刺漫画が新聞の売り上げに貢献していることを知っているのだ。良質の国際紙の条件は新聞漫画が面白い、というところにある。その1枚で世界の読者をひきつける船の切っ先の役目を新聞漫画は担っている。言語がわからなくても、漫画を見ればその新聞の空気がわかる、ということだ。そして、今日、新聞風刺漫画家界のスターの一人がパキスタンのカラチ生まれの男なのである。
■スイスのル・タン紙(Le Temps)のChapatte氏の漫画
http://www.letemps.ch/chappatte/ シリア沖の米軍艦からアサド政権に向けて発射されたトマホークミサイルだが、「?」の軌道を描いて地中海に落ちていく。漫画家は「本当に介入しないといけないのか?」と疑問形を出している。
■ニューヨークタイムズ編「NYT新聞アートの40年」
ミルトン・グレイザー、アル・ハーシュフェルド、ローラン・トポール、ジュールス・ファイファー、ブラッド・ホランド、アンジェイ・デュジンスキ、マイラ・カルマン、ロナルド・サールなど、錚錚たるイラストレーターの作品が登場する。トミー・アンゲラーの作品も登場。論説・オピニオンページを彩ってきた漫画、イラスト、デザインが10分の映像で紹介されている。
http://www.nytimes.com/interactive/2010/09/25/opinion/opedat40-illustration.html
1970年9月にニューヨークタイムズは新聞漫画を一新し、新聞独自の新しい表現を探求し始める。それは60年代にアングラ誌で活躍したイラストレーターのジャン=クロード・スアレズ(Jean-Claude Suares)をアートディレクターに起用したことに象徴される。スアレズは言う。 「新聞アートは漫画よりもシュールレアリスムやダダなどの美術からインスピレーションを受けるべきだし、単なる挿絵というより見る人の感情を揺さぶる独立した作品であるべきだ」 またエディターのニコラス・ブレックマンは「政治アートは普段我々が当たり前に見ているものに違った視点から光を当てるものだ」と話している。
■ダッハウ強制収用所の1枚の絵
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201103102255004 「今から15年近く前になるが、ドイツのダッハウ強制収用所跡の施設を訪ねたとき、展示室の中の1枚の絵に強い印象を受けた。その絵は谷底に潜む巨大な白い棺桶の中に、ハーケンクロイツ旗を掲げた蟻のようなナチの大軍が丘を上りつめたのち、怒涛のようになだれ落ちていく絵だった。絵は鳥瞰図で描かれていた。この絵のどこにインパクトを感じたか、といえば、画家の千里眼にである。・・・」
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