パリ市内には築100年、築50年という古いアパートがたくさんある。これらの建物には基本的にエレベーターがない。古典のフランスのサスペンス映画などで、粋なエレベーターに乗って殺し屋がやってきたりするシーンがあるが、あのようなものはあまりないのである。だから住民は毎日、階段を上り下りすることになる。エレベーター完備の日本のマンションからすると、信じられないかもしれないが、パリの人々の多くはそのように暮らしているのである。
アメリカでミリオンセラーとなった「フランス女性は太らない」(French Women Don’t Get Fat)の著者、ミレイユ・ジュリアーノ(Mireille Guiliano)さんはパリジェンヌにとって、階段の上り下りくらい痩せるのに適した環境はないと絶賛している。そればかりか、仕事場のエレベーターのある新しいオフィスビルでもカロリーを消費するように、あえて階段を上り下りするようにしているという。彼女によると、パリジェンヌはアメリカ人女性のように張り切ってフィットネスジムに通ったりしない。歩いたり、上ったりと普段の生活の中でカロリーを結構消費しているのだという。高校時代、山岳部の友人が校舎の階段を毎日重いバックパックをかついで無言で上り下りしていたのを思い出す。その気になれば身近でフィトネスができる。階段は美味しいワインを飲むための代価と考えることもできるだろう。
しかし、風邪をひいて熱のあるときとか、疲れた時、あるいは高齢者にとってこの階段は厳しい。時に駅から家までの数百メートルが永遠のように感じられる時がある。その理由が階段なのである。駅からようやくアパートにたどり着いてその階段を見上げる。「あぁ・・・!」そんな時はベッドまであと何歩と数えているものだ。だから、近くの食品スーパーでは無料宅配サービスを行っている。その店は大手スーパーより商品の値段は高いのだが、宅配の便利さには代えがたいと思う高齢者は多いだろう。店主を含め、店の従業員たちが入れ替わり立ち替わり、食品を担いで歩きまわっている。
一方、この階段はその驚くべき運動量だけでなく、外国人にとっては電気の灯し方でも戸惑うことが多いのではないか、と思う。日本の階段では夜でも灯がついているものだが、フランスでは真っ暗なのである。いや誇張でなく、月が出ていなければ本当に何一つ見えない真っ暗闇なのだ。
最初僕はどうしたらいいかわからず、真っ暗な中を手探りで上っていた。一階下の住人の扉の鍵穴に間違って鍵を差し込んで開けようとしたこともある。後に大家さんがやってきた時に、階段には灯をつけるスイッチが各階にあることがわかった。ずっと住民用のブザーだと思い込んでいたのだが、灯のスイッチだったのである。そしてこのスイッチを押すと1分くらい灯がつき、そしてまた消える。
自分でスイッチを押して必要な時だけ明かりを灯すシステム。考えてみると電気が節約できて合理的である。地下鉄の扉などでもしばしば駅に着いたら、乗客が自分でドアを開くシステムのものがある。いつも自動的にドアが開くわけではないのだ。開けたければ開ければ?パリにおいては万事がこんなスタイルなのである。
1980年代に大ヒットしたサスペンス映画「ディーバ」のクライマックスで夜の闇が非常に効果的に使われていた。日本で見るとちょっとご都合主義にも思えたのだが、パリで暮らしてみると、実際にうっかり足を踏み外してしまいそうな深い闇がある。
■パリの散歩道 アパートの取り壊し
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201307132345176
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