今日はフランス全土で地方議員選挙が行われる。フランスの地方議会には守備範囲によっていくつかのレベルがあるが、今回の選挙は最も基盤となる末端の市町村=コミューンの選挙である。コミューン(市町村)議員の選挙は6年に一度行われる。地方議会と言えば日本では市議会議員選挙とか、県会議員選挙などとある意味同様だから、衆議院議員や参議院議員を選挙で選ぶ国政選挙よりも地味な印象を持たれるかもしれない。だが、この一見、地味な印象の選挙が注目を集めているのだ。
実は選挙の事情が日本とフランスでは大きく異なっている。フランスでは選出された地方議員が今度は彼らの投票によって市町村長を決めるほか、日本で言えば参議院に相当するセナ(元老院)の議員がこれらの地方議員などの中から選出されることになるのだ。地方議員も国政に関係しているのである。つまり、フランスでは地方議会の議員であると同時に国会議員であることが可能なのだ。だから、中央政界の大物議員たちがこの市町村議員選挙に出馬することは少なくない。
さて、今、なぜ今年のフランスの地方選挙が注目されるのか。昨年9月半ば、地中海に臨むフランス第二の都市マルセイユで右派政党である国民戦線(FN)の夏期集会が開かれた。毎年8月から9月にかけて「夏期大学」と称して政治政党が集会を開くのである。今回の話題の中心は二代目の党首マリーヌ・ルペンだった。秋口、フランスメディアは一斉にこの動きを大々的に報じた。
ある雑誌ではマリーヌ・ルペンが大統領になってもよいか?というアンケートに30%超が「いい」と回答していた。30%あればメジャーな候補と言えるだろう。何しろ、今のフランスの三大政党は社会党(PS)、国民運動連合(UMP)と国民戦線(FN)である。だから3分の1が「ウイ」と言ったと言うことはマリーヌ・ルペンが大統領になる可能性もあながち嘘ではないということになろう。新聞でも、ラジオでも、雑誌でも露出度がずば抜けて高いのがマリーヌ・ルペンであり、テーマは2017年の大統領選である。そして、今回の地方選で国民戦線が勢力を拡大すればその可能性も現実に一歩近づくと考えられているのだ。
マリーヌはどうしてこんなに人気を持つようになったのか。彼女がそれまで極右政党と呼ばれた国民戦線(FN=フロントナショナル)の党首になったのは2011年。創設者のジャン=マリー・ルペンはマリーヌの父親である。父ジャン=マリーはイスラム教徒を敵視する排外主義的言動など、その過激さで注目を集め、国民戦線は多くの人からはとんでもない極右政党と認識されてきた。ところが、娘に党首が代わってから、国民戦線はソフト路線に舵を切ったのだ。たとえば排外主義的な言動もかなり抑えている。先代の時代ならイスラム教徒は出ていけと言っていたところを、今はフランス文化を尊重しない人は出ていけ、という風に言い方を変えているのだ。根は同じだとしても、尻尾をつかまれないように言葉遣いが非常に慎重になっているのである。そして、マリーヌ・ルペンはさらに昨秋、記者会見で「以後、国民戦線を極右と呼んだら告訴する」とフランスメディアに警告を発した。もう「とんでもない政党」などではない。フランスの三大政党の1つ、つまり政治勢力の中心に位置を占めているのである。大統領を狙うには「極右政党」という烙印を外さなくてはならないのだ。マリーヌの記者会見以後、しばらく「極右とは何か?」「極左とは?」と言った言葉の議論が巻き起こった。確かにフランスに限らず、冷戦終結後の今日、右とか左と言う用語がきわめてあいまいになって政治の議論を不明瞭にしているところがあると言えよう。
実はこのマリーヌ・ルペン二代目党首の戦略には理由があるのである。フランスの選挙は大統領選でもそうだが、基本的に二回投票が行われる。最初の選挙でどの候補も過半数を占めなければ決選投票が1週間後に行われるのだ。この段階で1回目の票を計算に入れながら、候補者間あるいは政党間の妥協と調整が行われ、選挙協力が図られる。国民戦線は1回目でそこそこの票を得ても、決選投票になると、「どんなことをしてでも国民戦線だけには勝たせまい」とする有権者が競って、対立政党に投票してきたのである。そのために支持はそこそこあっても決選投票で大差で敗れるパターンがあった。2002年に行われたジャック・シラク対ジャン=マリー・ルペンの大統領選の決選投票でシラクが圧勝したのを覚えている方も多いだろう。国民戦線にとって、いかに決選投票で勝つかが目下のテーマなのである。そのために必要なことは「極右」の烙印を外し、「選択肢に入れてよい政党」というソフトなイメージを固めることなのだ。
そればかりではない。今、国民戦線に風が吹いているのである。1つは与党・社会党の停滞である。社会党のオランド大統領に変わっても失業率は相変わらず10%の大台を切ることができない。その上、この間の女優とのスキャンダル。社会党はどこか緩んでいる、と見られても無理はない。
一方、国民戦線はユーロ離脱やフランス文化の復興などを掲げて、国境なきグローバリズムに疑問を感じている大衆や農民にくいこもうとしている。これまで社会党に投票してきた人々の票を奪いつつあると言っても過言ではないだろう。だから、昨年9月の夏期大学の後は社会党でも、国民運動連合でもいかに国民戦線に勝たせないかが最大のテーマになっていると伝えられた。マリーヌに党首が代わって、今、党員10万人キャンペーンを行っている。この3年余りで党員は数倍に拡大している。また若者には党費の大幅割引も行っているのである。
こうしてみると、フランスの選挙制度自体は日本と違っているものの、グローバル化の今日、似ている面があると思う。それは既存の左翼政党がグローバリズムに対応できていないことだ。一方、右派政党の方が党内に変革のダイナミズムを持って、そのイメージを変えながら、中央に歩み寄り、大衆にアピールしていることである。このことは日本でも右派政党や右派候補が躍進していることと無縁ではないように思われる。フランスの場合、マリーヌ・ルペンが「もう極右とは呼ばせない」とキャンペーンを張ってから、最近では国民戦線は「ナショナル・ポピュリズム」と呼ばれている。つまり愛国主義のポピュリズム政党という意味だろう。
2017年の大統領選では社会党は勝てないと見る人は少なくない。オランド大統領の支持率は歴代大統領の中でもすば抜けて低迷しているという。一方、国民運動連合(UMP)からはサルコジ元大統領が再び出馬するのではないか、と見る人も多い。サルコジ元大統領が復活して再選されると見る説が根強くあるのだ。さらに今回の地方選で国民戦線が躍進したら、これを土台にしてマリーヌ・ルペンが大統領になる、と見る人もいる。フランスメディアが騒いでいるのはその可能性があることである。
今日の選挙、フランスの民間世論調査会社は投票率の低下が見込まれていると見ている。これも日本とどこか似ている。投票率が低下すると与党・社会党にとってダメージになると社会党は見ているようだ。だから社会党は投票率向上のために様々な動員を行うと報じられていたが、その結果はどう出るか?
■フランス (外務省による) 人口約6582万人。 *国会議員(下院)任期5年。議席定数577. *セナ(上院)任期6年。議席定数348
■フランスの選挙制度(フランス大使館)
http://www.ambafrance-jp.org/-%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE%E9%81%B8%E6%8C%99%E5%88%B6%E5%BA%A6-
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