今年に入って、米国で起きている主要な議論の1つが最低賃金制度である。オバマ政権は最低賃金を底上げすることで、労働者の収入を改善でき、米経済を活性化させることができると判断した。一方、最低賃金を上げるとかえって、企業が雇用を減らして失業率が悪化すると見るエコノミストも少なくない。そこでこの問題が新聞のオピニオン欄でも頻繁に取り上げられている。目につくのはオバマ政権に反対の論者だ。
たとえばハーバード大学で経済学を教えているグレゴリー・マンキュー教授もオバマ政権のやり方に疑問を呈し、ニューヨークタイムズでも異論を唱えていた。1月4日に掲載された’Help the Working Poor, but Share the Burden’(ワーキングプアを救おう。でも、その負担は社会全体で負担しよう)というタイトル。
http://www.nytimes.com/2014/01/05/business/help-the-working-poor-but-share-the-burden.html マンキュー教授の主張は最低賃金を上げることは個別の企業に経済対策への協力を強制することになる。これは特定の産業に経済格差是正の負担を押し付けることを意味する。果たして、それはよいことなのか?それより米国民全体を視野に入れ、中間層および富裕層からより多く税金を取り、それをワーキングプアに回すように、政治的に処理した方がよいのではないか、という骨子だった。なぜなら、最低賃金の底上げを強制されれば企業は雇用を減らすことで支出を抑えようとするだろうから、というのである。
マンキュー教授は「ウォール街を占拠せよ!」運動がたけなわの頃、ハーバード大学からニューヨークタイムズにコラムを送っていた。マンキュー教授は経済学部生だけでなく、全学部を対象とした経済入門コースを教えているらしく、その教室は学生でいっぱいのようである。実際、マンキュー教授が執筆した「経済学入門」は日本でも翻訳が出ている人気ぶりである。しかし、「ウォール街を占拠せよ!」がたけなわになって、学生たちがオキュパイ運動に参加するため教室をあけることが増えたともらしていた。貧富の格差を是正するためには経済学の理論を学ぶ方が早道だ、と言っていたのである。
保守系シンクタンク「CATO Institute」に属するスティーブ・ハンケ教授(ジョンズホプキンス大)も、オバマ政権に異を唱えている論者の一人である。ハンケ教授はGlobe Asia誌に’Let the Data Speak: The Truth Behind Minimum Wage Laws’(データに語らせよう。最低賃金制度の真実)という経済コラムを執筆した。
http://www.financialsense.com/contributors/steve-hanke/let-data-speak-truth-behind-minimum-wage-laws これによると、欧州で最低賃金制度を導入している国々としていない国々との間で失業率の差が顕著に表れているというのだ。欧州で最低賃金制度を導入している21か国の平均失業率は11.8%。一方、最低賃金制を導入していない7か国の平均失業率は7.9%だったというのである。この7か国はオーストリア、キプロス、デンマーク、フィンランド、ドイツ、イタリア、スウェーデンである。
ハンケ教授の主張に異を唱えるわけではないが、データを見ていろいろなことを考えさせられた。つまり、最低賃金制を導入していない欧州の7か国と言うのはドイツを筆頭に生活水準が高い国のように思われることだ。また北欧3か国はそもそも充実した社会保障制度で知られる国々である。北欧では失業しても社会保障が他の国々より充実していて、失業中に国費が投じられて大学で新たな勉強もできる。リーマンショック以来、経済が悪化して財政負担が増しているだろうが、それでも北欧の看板はそこにあるのだ。だから、数字だけを見ると、最低賃金制度の導入→失業率の悪化、と見えるが、ワイドに見ると、いろいろ複雑に思えてくるのである。鶏が先か、玉子が先か、という問題でもある。ドイツは最低賃金を導入しなくても賃金水準は他の欧州諸国より高いと見ることもできるのではないか。ただ、このように疑問はあるのだが、ハンケ教授のデータには簡単に無視できない何かが含まれているようにも思われるのである。
オバマ政権は<最低賃金を上げたからと言って企業が雇用を減らすとは必ずしも言えない>と主張している。
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