この論争は、日本全体を巻き込んで、なかなか終息しそうもないようである。おそらく、徹底的に論争し、問題点を明確に、市民が意識することは望ましいと思われる。しかし、そのなかで、福島の市民(に限らない)で、実際に鼻血も含めて様々な健康障害を受けている方々の愁訴の声が、忘れられているようです。この点では、被害を受けられている方々にとっては、むしろ迷惑と思われているように伺いました。正直に申しあげて、筆者自身は、海外にいて、日本の実情を直接知る機会のない人間ですので、こうした点に関してはなんらの発言の根拠も持ちません。そこで、MLなどを通して知り得たいくつかの情報を、共有したいことと、この論争に反映されている、放射能の科学的真実について、もう少し申しあげたいと思います。
(A)健康障害のデータ 政府・原子力産業側の基本的な責任回避の態度から、市民の健康維持に責任を持つ自治体などによる正式な、健康調査などは、福島県の子供達の甲状腺異常に関するものと除いて、見られない。民間では、健康障害についての主観的報告を集めるという努力(たとえば、http://sos311karte.blogspot.ca/ )もあるが、充分なものは得られるはずもない。民間人に限られた範囲ではあるが、福島とチェルノブイリに関するデータを下に掲げる。また、時の民主党政府に対して、国会で自民党議員が、放射能の健康障害に懸念を表明しているという例も知らされた。
(1)三木氏の報告から引用する。それは熊本学園大の中地重晴氏の調査報告http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/8738/1/661nakachi.pdf だそうである。その一部は「 多重ロジスティック解析を用いた分析結果は,主観的健康観(self-rated health)に関しては,2012年11月時点で,木之本町に比べて,双葉町で有意に悪く,逆に丸森町では有意に良かった。更に,調査当時の体の具合の悪い所に関しては,様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていた。双葉町,丸森町両地区で,多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは,体がだるい,頭痛,めまい,目のかすみ,鼻血,吐き気,疲れやすいなどの症状であり,鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した(丸森町でオッズ比3.5(95%信頼区間:1.2,10.5),双葉町でオッズ比3.8(95%信頼区間:1.8,8.1))。」
(2)チェルノブイリでの調査(広瀬隆氏によるたんぽぽ舎に掲載された報告)
チェルノブイリ市 (原発から約17キロ)の避難民のアンケート回答者2,127人 (人々は事故からおよそ8〜9日後に避難した)
*「事故後1週間に体に感じた変化」 頭痛がした 1,372人 64.5% 吐き気を覚えた 882人 41.5% のどが痛んだ 904人 42.5% 肌が焼けたように痛んだ 151人 7.1% 鼻血が出た 459人 21.6% 気を失った 207人 9.7% 異常な疲労感を覚えた 1,312人 61.7% 酔っぱらったような状態になった 470人 22.1% その他 287人 13.4%
*「現在の健康状態」
健康 58人 2.7% 頭痛 1,587人 74.6% のどが痛む 757人 35.6% 貧血 303人 14.2% めまい 1,068人 50.2% 鼻血が出る 417人 19.6% 疲れやすい 1,593人 74.9% 風邪をひきやすい 1,254人 59.0% 手足など骨が痛む 1,361人 64.0% 視覚障害 649人 30.5% 甲状腺異常 805人 37.8% 白血病 15人 0.7% 腫瘍 80人 3.8% 生まれつき障害がある 3人 0.1% その他 426人 20.0%
(3)2012年3月〜6月での第180国会での質疑応答(たんぽぽ舎に掲載された渡辺秀之氏の報告) *第180回国会 予算委員会 H24年3月14日(水) 自民党:熊谷大議員の細野豪志国務大臣への質問: 「大きな不安はないというふうにおっしゃっていますが、ほかの県南の地区も、これ、保健便り、ちょっと持ってきました。ある小学校の、(宮城)県南の小学校の保健便りです。四月から七月二十二日現在の保健室利用状況では、内科的症状で延べ人数四百六十九名。内科的症状では、頭痛、腹痛、鼻出血、これ鼻血ですね、順に多くということ、これ結果で出ているんですね。これ、県南でもやっぱりこういう症状が出ると心配になるんですよ。それにどういうふうに、本当に不安はないと言えますか。」
*第180回国会 憲法審査会 H24年4月25日(水) 自民党:山谷えり子議員の発言: 「井戸川町長が雑誌のインタビューでこんなことを言っていらっしゃいます。 (中略)それから、国、東電は、止める、冷やす、閉じ込めると言い張って絶対に安全だと言ってきた結果がこれで、我々は住むところも追われてしまった。放射能のために学校も病院も職場も全て奪われて崩壊しているのです。私は脱毛していますし、毎日鼻血が出ています。この前、東京のある病院に被曝しているので血液検査をしてもらえますかとお願いしたら、いや、調べられないと断られましたよ。我々は被曝までさせられているが、その対策もないし、明確な検査もないという。本当に重い発言だと思います。」
*第180回国会 東日本大震災復興特別委員会 H24年6月14日(木) 自民党:森まさこ議員の発言 「先ほど言ったように、様々な声がありまして、これから子どもが結婚適齢期になったときに、二十代、三十代のときに、もし病気になったらどうするんですかというような心配する親御さんの声があります。これに関しては、今までのこの国会での政府答弁ですと、残念ながら、大臣は東京電力に裁判してくださいということでした。それですと、被害者の方が、子どもたちの方が、この病気は原発事故によるものなんですよということを立証しなければいけない。これはほとんど無理でございます。そういったことがないように、この法律で守っていくものというふうに私は理解しています。。。」
(B)政府/原子力機構などの対応 上で報告されているように、国会議員が、政府・東電への刑事責任追求の回避を問題視しているが、この態度は、事故後からの行政の態度であったようである。事故後の伊達市における住民説明会での原子力災害現地対策本部 住民支援班長の住民からの質問への回答の一部:「健康影響っていう形でゆくと、その生活をですね、普通に生活される分については、国としてはですね、制約をもうけるわけではないということですので、普通にお暮らしいただいて問題ないという風に考えているところでございます。。。。えー、こうした放射線被曝でですね、健康影響が確認されるというようなことが将来的にある場合にはですね、当然その因果関係も含めて整理されるべきことかと思いますし、最後はですね、大変申し分けにくいことなんですけれども、司法の場での話しになる可能性もありますけれども、そうしたことについて出来る限り、対応というのは国として、誠意を持ってやってゆくべきことだと、、、、やや基本的な対応になってしまいますけれども、、、、まずはですね、そうした放射線による健康影響のないような取り組みを、、、、」 ここには、政府が、責任を軽減するために、健康障害について、住民側からの司法的訴訟に訴えさせ、その原因の立証責任を住民側に押し付ける策を、最初から考慮していたことを示す。そのため、立証に必要なデータを隠蔽する意図を最初から持っていたことを伺わせる。(http://kasai-chappuis.net/IraqNewsJapan/CircleA.htm#CircleA20110714 より)
(C)放射能の健康への影響についてのいわゆる専門家の科学的態度の欠如
この論争で、いわゆる専門家と称する科学者が、鼻血など、現在のような低線量で出るはずがないと豪語していて、それを専門家の意見だから本当なのだろうと、多くの、しかも脱原発を標榜している人々も信じているらしいのを残念に思います。こうした専門家の、特に声を大にして発言される方の、議論の根底には、放射能問題の根本の理解が不足していて、それが誤った結論に達してしまうのですが、ご本人達は、そういうことを自ら反省する態度は持ち合わせていないようです。科学者としての基本的態度が欠如しているようです。これを議論するには、かなりの科学的議論を申しあげる必要があり、この欄では、不適当とも思われるのですが、聞いていただきます。無視して頂いてもかまいません。
(1)http://togetter.com/li/667350 の方は、典型的な放射線防御学専門家のようです。その方の云っておられることは、放射線生物学なる学問の典型的な教科書に書いてあることです。この学問は、ICRPなる組織が1928年に創立された基になったもので、その当時の診療に使われだしたX-線への被爆対策に最大の関心がありました。ということは、X-線という体外からしか照射されない、従って、いわゆる外部被爆に関してで、内部被曝は考慮外にあるのです。この方の記述の基礎になったのは、動物へのX-線照射の実験に基づくものです。なお、この事実は、私の最近の「放射能と人体:細胞・分子レベルからみた放射線被爆」(講談社、ブルーバックス)でも記述しております─鼻血に焦点をあてているわけではないが。この方によれば、高線量にさらされて骨髄が破損し、血小板が壊されなければ、鼻血はおこらない─はずだとなるようです。だから、現在のような低線量状況下では、鼻血など出るはずがないとなる。現実には上に紹介したように、鼻血を出す人はかなりいるのです。血小板は、血管が破損して、血液が流れ出すのを防ぐ為の、修復作用をするので、出血を予防するものではありません。また、内部被曝的作用は全然考慮されていません。 (2)http://preudhomme.blog108.fc2.com/blog-entry-249.html ;http://preudhomme.blog108.fc2.com/blog-entry-252.html では、詳細な計算も加えて、おそらく内部被曝と同様なシチュエーションでの鼻血の機構を論じているが、低線量では、鼻血はありえないという結論に持っていかれています。ここで、根本的な誤解は、「活性酸素」なるものについてです。おそらく、活性酸素というのは、1つの化学種と考えられているようです。そして、それに基づいて議論を展開しています。この方は、体内でいつでも生成している活性酸素と、放射線によって水分子からできる活性酸素が同じものという誤った仮定から出発しています。 先ず、活性酸素はなにか─それは、通常の酸素(空気中の)より活性(反応性)の高い化学種の総称で、1重項酸素、過酸化水素、スーパーオキシドラジカル、ヒドロキシルラジカルなどです。体内、ミトコンドリアなどで、常にかなり生成されているのは、スーパーオキシドラジカルで、これに対抗するため、スーパーオキシドラジカルデイスミュターゼと云う酵素が用意されています。なお、なぜこんな危険な化学種を生体は作り出しているかというと、これを侵入してくる細菌などを攻撃するのに使うためもあります。過酸化水素はカタラーゼという酵素で分解されます。放射線によってできるヒドロキシルラジカルに対処する酵素は存在しません。その上、放射線の直接的な作用(水分子のみならず、そこに存在するあらゆる分子を破壊する可能性)も無視されています。こうしたことを考慮にいれていないので、この方の議論は、誤った結論になるのです。
以上、簡単に鼻血—放射線因果関係の否定説の欠陥を議論しました(なお念のために申しあげますが、鼻血の全てが放射能によるとは云っていません;放射能によっても起る可能性を議論しているだけです)が、このことに限らず、放射能の生体への影響については、科学的な研究は、残念ながら、まだまだ充分ではありません。というより、人類はこの問題に対処せざるをえない状況になったばかりです。そのうえ、この原因を作り出している原子力産業は、自己の産業を保持、推進するために、マイナス面を極力隠蔽し、市民が原子力・放射能と共存することを納得するように誘導する努力に懸命です。それを助長している専門家なる科学者の反省を望みたいものです。
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