安倍首相という人物は、「お人好し」なのか、それとも「悪の権化」なのか、その評価、判断は分かれるかも知れない。しかし首相自身の言動から判断する限り、一見「お人好し」のように見えるが、本性は決してそうではない。「悪の権化」と評しても見当違いとはいえないだろう。 それは安倍政権の軍事力強化路線のみを意味しない。経済政策分野でも多くの大衆にとっては貧困拡大策の押しつけであり、雇用の分野では「残業代ゼロ」などの人間尊重とは無縁の発想が浮かび上がってきている。安倍政権の歪められた成長戦略はどこまで広がるのか。
安倍政権は2014年6月24日、「経済財政運営と改革の基本方針2014」(「骨太の方針」)と「新成長戦略」を閣議決定した。法人実効税率(現在約35%)を数年で20%台へ引き下げること、来年(2015年)10月に消費税率(現行8%)を10%へ引き上げること、さらに雇用分野で「残業代ゼロ」となる「新たな労働時間制度」の創設などを目指している。
以上のような「骨太の方針」について新聞社説はどう論じたか。
まず大手紙社説(25日付)の見出しを紹介する。なお朝日社説は27日までのところ論じていない。 *毎日新聞=骨太の方針 今や予算獲得の方便に *讀賣新聞=骨太の方針 成長と改革の両立が肝心だ *日経新聞=日本経済再生へ足踏みせず改革を *東京新聞=新成長戦略 奇策や禁じ手ばかりだ
以下、各紙社説の骨子を紹介し、それぞれに安原のコメントをつける。
(1)毎日社説の骨子 骨太の方針のとりまとめにあたって甘利明経済再生担当相は、自民党の会議で予算獲得に向け次々と注文をつける議員に対し、「全て書き込むと、骨太の方針が<メタボ方針>になる」とぼやいたという。 優先順位をつけ、「財政のメタボ化」に歯止めをかけるのが、政治家の仕事ではないか。それが今や、政策項目を盛りこめば、来年度予算に計上される流れになっている。予算獲得の方便として使われるようでは、骨太の方針を策定する意味がない。昨夏公表された中期財政計画は、空証文に終わった。今回の骨太はさらに後退し、怠慢と言わざるを得ない。
<安原のコメント>財政のメタボ化 たしかにメタボ化は歓迎できない。人間の場合、決して健康体とは言えないだろう。しかし「財政のメタボ化」とは具体的に何を意味するのか。肝心なことは平和憲法の理念、精神を忘却しないこと、さらに重視することである。安倍政権の軍事力強化路線は明らかにメタボ化につながる。 一方、生存権に関わる国民生活の充実は、メタボ化とはいえないだろう。その充実はむしろ推進すべきことである。この辺りを混同して、安倍政権の恣意的な軍事力強化路線を正当化するとすれば、それを容認することはできない。
(2)讀賣社説の骨子 安倍首相は記者会見で「成長戦略にタブーはない」と述べ、日本経済再生に向けて改革を断行する決意を強調した。中長期的な成長力向上のカギを握るのは、財政の立て直しと、人口減対策だろう。健全な財政基盤がなければ、安定した政策運営ができない。人口は消費や生産力の源泉だ。財政と人口という日本の構造的な問題に、正面から取り組む姿勢は高く評価できる。 とはいえ、財政改革も少子化対策も、長年の課題でありながら、府省縦割りや関係団体の抵抗で、十分な成果を上げてこなかった。肝心なのは、有効な打開策を、ためらわず実行することである。政権の安定している今こそ、大胆な改革を進める好機と言える。
<安原のコメント>大胆な改革とは? 讀賣社説は「政権の安定している今こそ、大胆な改革を進める好機」と安倍政権を支援する姿勢である。「時の政権に批判の姿勢を堅持すること」がメディアの基本的姿勢であるべきだと私(安原)は考えるが、最近は必ずしもそうではなくなってきている。 「言論・思想の自由」とは国家権力(政官財の融合体)を批判する自由でなければならない。そういう批判精神が衰微すれば、あの大東亜戦争で亡びた「悲劇の日本」の二の舞をそそのかすメディアに堕しかねない。
(3)日経社説の骨子 日本経済はグローバル化と少子高齢化という大きな構造変化に直面している。1%未満の潜在成長率を底上げするには、これまでと次元が異なる大きな改革が要る。まずは法人税減税だ。政府は来年度から数年で法人実効税率(東京都の場合で36%弱)を20%台に引き下げる方針を盛った。法人税改革の一歩を踏み出したのは前進だ。先進各国の法人減税競争はとまらない。政府・与党は年末までに世界標準の法人税制をきちんと設計してほしい。 労働時間ではなく成果に応じて給与を払う新たな制度の対象者は「少なくとも年収1000万円以上」としたが、あまり狭めないでほしい。いまは原則65歳以上である年金の受給開始年齢の引き上げや医療費の抑制策も待ったなしだ。
<安原のコメント>痛みを伴う「効率化路線」 日経社説の要点は「法人税制を世界標準に合わせること」、もう一つは「社会保障の効率化急務」である。その目指すところは何か。 次のように指摘している。「日本経済はようやくデフレからの脱却が視野に入ってきたとはいえ、潜在成長率を押し上げていくには普段の努力要る。日本経済の真の再生に向け改革の足踏みは許されない」と。確かに企業にとってはこの処方箋は歓迎できるだろう。しかし経済を根底から支える庶民にとってはむしろ痛みを伴う「効率化路線」にならないだろうか。
(4)東京新聞社説の骨子 財政危機だと国民には消費税増税を強いながら、財源の裏付けもない法人減税を決める。過労死防止が叫ばれる中、残業代ゼロで長時間労働につながる恐れが強い労働時間規制緩和を進める。国民の財産の年金資金による株価維持策という禁じ手まで使うに及んでは株価上昇のためなら何でもありかと思わざるを得ない。日々の株価に一喜一憂する「株価連動政権」と揶揄(やゆ)されるゆえんである。 新しい成長戦略は「企業経営者や国民一人ひとりが自信を取り戻し、挑戦するかどうかにかかっている」と最大のポイントを挙げている。しかしこの成長戦略でどうやって国民は自信を取り戻し、未来を信じればいいのか。
<安原のコメント>「人間尊重」の精神を 東京新聞社説は次のようにも指摘している。「原発再稼働を目指し、トップセールスと称して原発や武器を世界に売り歩き、今度はカジノ賭博解禁に前のめりだ。どうして、こんな奇策ばかり弄(ろう)するのか。正々堂々と経済を後押しし、国民が納得する形の成長戦略でなければ、いずれ破綻するであろう」と。 言い換えれば、経済政策として「人間尊重」をどこまで広げることができるかが重要である。しかし安倍政権には「人間尊重」の精神は無縁らしい。安倍政権が人間尊重の心配りを軽視し続ければ、やがて安倍政権の瓦解につながる。宰相たる人物はそのことを自覚しなければならない。。
*「安原和雄の仏教経済塾」より転載
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