表題の本は、一応映画評である。“一応”といったのには、ワケがある。つまり、映画を通して、木下さん自身の人生が語られているからだ。実は、彼とは活動仲間である。普段から彼の映画評は読んでいる。にもかかわらず、1冊にまとまったこの本の、1ページ目から刺激的だった。しかも、あろうことか、この本には著者の撮影した数篇のDVDが添付されている。映画評論家が映像アクティビストとしても、デビューしたのである。
●『ゴジラ』が暗示した今
第1章の「原発」は、ゴジラから始まる。「ゴジラから『100,000年後の安全』へ」である。彼は3.11以降、日本文化と深く関わっているのは、ゴジラ映画であると常々述べていた。なぜゴジラなのかから説かれる。つづいて土本典昭の『原爆切抜帖』を思い出させ、『放射能を浴びたX年後』を見たときの驚きは、「なぜこんな大事故が、隠蔽されていたのか」という言葉になり、元高校教師山下正寿氏とその教え子たちの地道な調査に8年の歳月を付き合い、独自の調査も加えた地方TV局の伊東英朗監督の労作によってビキニ環礁での実験の実態が日の目を見たと述べている。
更に守備範囲は、映画にとどまらず、テレビのドキュメンタリーへと広がる。NHKの『ネットワークでつくる放射能汚染地図』『“内部被曝”に迫る―チェルノブイリからの報告』では、厚生省の放射能研究員としての職を辞してまで取り組んだ「測る」ことにこだわった木村真三氏と放送人の矜持とまで思わされるNHKの七沢潔ディレクターとそのチームの活躍を紹介し、市民が戸惑っている時に、今するべきことの方向づけをしたこと、また記録することが後世の人々に大きな遺産になることを述べている。それを読みながら、私も録画しておいたこの番組を探し出したほどだ。
●全ては金で動く それでいいのか
グローバリゼーションをテーマにした2章は、更に木下さんの世界が開陳される。TPP問題から遺伝子組み換え、基地問題、労働問題とつづく。『ありあまるごちそうの』のラストに登場する飲料メーカー「ネスレ」が語る“思想”水を自然のもの・公共のものとするNGOの考え方を「過激だ」として「水は食品だ」とする考え方に警鐘を鳴らす。ここでは一貫して、食品を商品として捉える現代の考え方に異を唱える木下さんの考え方が射ぬかれている。
基地問題も外せない。『日本列島』を「この映画以上に心に残ったシーンと出会ったことはなかった」と述べ、『誰も知らない基地のこと』にも刺激を受け、「米軍基地の本質にメスを入れている」と評する。そして、トップシーンの米軍が関与していたと思われる偽札作りで始まることに注目し、「戦争とビジネスは切っても切れない関係にある」と確認する。最近では、なんと言っても『標的の村』である。たった7歳の、しかも高江の阻止闘争現場に行ったこともない少女まで訴えられたが、その少女の「高江の住民が高江を守ろうとしているだけなのに、なぜ妨害罪なのか」の言葉に、思いを寄せる。
また、労働問題にも詳しい彼は、『キリマンジェロの雪』『ザ・テイク』でも遺憾なく発揮され、またその行間に、働く者への暖かな思いが溢れる。
●来し方を振り返る
なんと言っても最後の章は、圧巻である。木下さんの真髄とでもいうか、この本の方向性のすべてがここに現れていると言っても過言ではないだろう。最近の映画『ハンナ・アーレント』を語ったかと思うと、彼の初めて見た映画『無法松の一生』と意表を衝き、映画の中で生きる人々と、自分の生きてきた道筋をオーバーラップさせていく。
ガンと闘わないことを選んだ女性の最終章を丁寧に記録した『いのちを楽しむ』は、ご本人がガンという病を得た前後で見方が変わったと告白する。それと対比して語るのは、乳がん罹患の確率87%と知り、両乳房を切除した女優、アンジェリナ・ジョリーのこと。「子どもたちのために死ぬわけにはいかない」という言葉に子を持つ母の意志の強さを読み取り圧倒されると言いつつ、「……リスクがあるなら、選択肢があるということを知ってほしい……」と言う彼女の言葉に、胡散臭さを嗅ぎ取る鋭さ。彼自身は、進行するガンを「育てる」と言う言葉で表現し、ビデオ作品にして同梱している。
実は、この本を読み終わったとき、木下さんは、この本を最後の著作と決めているような感じが拭えなかった。ガンは彼の中で育っているかもしれないけれど、こんな面白い本を読む機会を私たちから奪わないで欲しいと思ったのだった。次の本も楽しみにしている。
※木下昌明さんは、レイバーネットTVでも映画紹介をしてきました。第71号のレイバーネットTVの特集で、この本を取り上げている。アーカイブ(43分頃から)のアドレスは
http://labornet.iblug.com/index.jsp?cn=FP1335243N0114239 (広告なし) または
http://www.ustream.tv/recorded/48654274
単行本: 207p 判 型: A5判並製カバー装 発 行: 2014年5月 価 格: 1800円+税
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