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橋本勝21世紀風刺絵日記
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2014年08月18日13時40分掲載
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反戦・平和
【編集長インタビュー 集団的自衛権を考える】 国際協力NGOの現場から(2) クリニックが米軍に占拠された 谷山博史
谷山さんは9・11翌年から、まだ戦火が続くアフガニスタンに駐在していた。農村部のクリニック支援、女性教育、村でお産を仕切る伝統産婆さんのサポートなど、米軍の爆撃にさらされる人びとを支援する活動を立ち上げた。常に危険と紙一重のところでの活動だった。クリニックが人道支援を標榜する米軍に占拠されたり、近くに爆弾が落とされたこともある。非武装のNGOにとって、身を守る武器は人びとの信頼しかないことを身をもって理解した。一度武器を使えば、それは我が身に跳ね返り、紛争は連鎖反応的に拡大する。(聞き手 大野和興)
◆軍が人道支援するとき
ーJVCがアフガニスタンに入ったのは、二〇〇一年、9・11があって、ブッシュがアフガン攻撃に踏み切ったその年の内でしたね。
谷山 9・11があった二〇〇一年は緊急救援で地元のNGOを通して医療・医薬品を支援しました。主要な戦闘が終わった二〇〇二年になってまず暫定的なチームを派遣し、続いて駐在事務所を置きました。
−初代駐在代表が谷山さんだった。いろんな問題があったと思うのですが、中でも大変だったのは・・・。
谷山 外国の軍隊が入るということは地元社会に大変なストレスを生みます。ウエルカムのグループもあれば、それに反発するグループもある。外国軍の存在によってコミュニティが分断されることもある。そういう微妙なバランスの中で人道支援が出来るとすれば、中立の立場で双方から受け入れられることが前提になるわけですが、アメリカの場合、そういうことは全く考えない。 二〇〇二年に考案した新しい軍事ユニットである地域復興チーム(PRT)というのがあります。軍隊が人道支援をするというのは昔からあったのですが、このPRTの特徴は軍だけでなく軍民組織だということです。アメリカだと国務省や農業省の役人がいたりNGOも入りユニットをつくる。あるいはその外にあって提携関係を結ぶ。地方の治安があまり安定していなくて、中央政府であるカルザイ政権の影響が及びにくい地域で活動することによって、中央政府の権威を地方にまで広げるという名目で人道・復興支援を行うものとしてスタートとした。これはアメリカだけではなくてアフガンに出かけたすべての外国軍隊がアフガン政府の治安維持と復興をサポートすることを名目に、復興人道支援のためのPRTを設立し、民間と協力しながら人道支援をやったりしたのですね。 これがすばらしい成果を出したと鳴り物いりで宣伝され、イラクで同じように始まったりして、心あるNGOは、こいつらに見こまれたら大変だと逃げ回っていました。現地で活動するNGOの連合体は、当時「中立を旨とするNGOの人道支援活動が軍事的な活動と混同される恐れがあり、私たちの安全が確保できなくなる」と訴えた米軍への要請を行っていました。
◆JVCのクリニックを米軍が占拠
谷山 そんなときでした。米軍のPRTがJVCが支援しているクリニックに押し入ってきのですね。クリニックのスタッフは追い出され、クリニックは占拠された。スタッフで遠方から来ていた一人だけは残留を許されたので、彼がその後何が起こったかを逐一報告してくれました。ぼくたちはその報告を国連や国際NGOに回し、「こんなことが起こっている。許されることではない。みんな声をあげてほしい」と訴えたのですね。 村の人を対象にちゃんと医療活動をしていたところに乗り込んできて、これから自分たちがやることになったといって、専門家でもないのにクリニックのホールに長椅子を置いてシャンプーや石鹸、歯ブラシなど並べ、診療もしないで医薬品をくばったりしたのですね。そのなかには診療したうえで服用しなければならない抗生物質や副作用が問題になる薬もあった。そんなことをやりながら、夜になると米軍はクリニックから外に向かって射撃訓練をしたりしたのですね。NGOの人道支援の病院が米軍の前線基地になってしまい、中立を旨とする医療活動はできなくなってしまったのです。病院のスタッフはとてつもない危険にさらされてしまいます。私たちは、
これは人道法違反だと訴え、赤十字国際委員会などが関心を持って調査にも乗り出してくれました。最終的に「これは国際人道法違反だ」と認定してくれ、それをもとに米軍と交渉し、一時的にはやみました。しかし、ほとぼりが冷めかけるとまたやるのですね。JVCだけでなくフランスのNGOのクリニックにも米軍がやってきて薬をくばりましたが、その帰途で武装勢力に攻撃されました。軍が人道支援をすることが、どれだけ本来の人道支援を危険にさらすか、そんな事例はたくさんあります。 JVCでもさっきのクリニックのことだけでなく、こんなこともありました。そこも農村地帯なのですが、そこの病院の境界壁のあたりに米軍がロケット弾を落としたのですね。二〇〇八年でした。その前から、そのあたりでは米軍が悪さをしていたのですが、このときは子どもが負傷した。村人は怒ってデモをしたり抗議文を県知事につきつけたりしたのですが、いっこうに変わらない。JVCのそういう報告を受けて、これはまずいということで米軍にクレームを出そうとしていた矢先にクリニックの敷地境界あたりに簡易爆弾を落とした。ちょっと間違っていたら、クリニックが被弾しました。そこで、米軍とNGOの会議の時、現地スタッフが抗議したのですね。米軍はしらを切って、「そんなことは知らない、タリバンに違いない」で押し通した。それで、次の会議の時、爆弾の破片を集めて持参し写真とともにつきつけた。その結果、米軍は自分の行為を認めたのですが、「あれは練習だった」というのがその言いぐさでした。その席には他の外国のNGOや国連もいて、JVCが強烈に抗議した結果、米軍もその後はしなくなった。 村の人は「JVCが米軍を追い払ってくれた」といっています。別にJVCが追い払ったわけではないのですが、JVCは村人とともにいうべきことは言いますということが分かってくれたのだと思います。これは、JVCがその地で安全に活動する上で決定的な意味を持っている。NGOはそうやってみずからの安全も守っているのです。
◆前線のない戦争
いまの戦争は前線がないのですね。ゲリラ化し、それが長期化する。武装勢力は住民と混在している。そんな中で武力を行使することは、必然的に地元の人たちに被害を及ぼすことになります。だからアフガンの場合もイラクの場合も、住民を巻き込んだ戦争になってします。住民の反発は異常なまでに高まって、ゲリラ勢力が活性化するという悪循環が高じ、結局泥沼になったのですね。そして米軍は撤退せざるを得なくなった。 そんな状況の中では、武力を行使しないといっても、攻撃される可能性は十分にある。いったん攻撃されたら、防御から攻撃へ転換せざるを得なくなり、どんどんエスカレートします。そして、攻撃こそが予防だという罠に陥る。戦争あるいは紛争におけるそういったリアリティが、集団的自衛権をめぐる安倍首相や関係者の言葉からは感じられない。 アフガンでPRTへの参加をさんざん要請された時、日本の憲法がなければ最終的に拒否できなかっただろうといまも思います。現場の大使館レベルは現場を知っていますから、「うちは憲法がありますから」と断わり続けていたのですね。ちょうどその後安倍首相になった。そしたら彼はNATOの首脳会議でPRT派遣を検討するといってしまった。その時には、普段政府を批判することなどしないNGOも一緒になって、政府に公開質問状を出しました。アフガンでPRTに自衛隊を派遣したら、そこにいる日本人に対する影響は大きいことを誰もが感じていたということです。結局あのときはあきらめましたが、今回の閣議決定では歯止めがなくなってしまいました。 (つづく)
季刊『変革のアソシエ』17号から転載
たにやま・ひろし 1958年東京生まれ。中央大学大学院法律研究科修士課程修了。在学中からJVCにボランティアとして参加。1986年からJVCのスタッフとして、タイ・カンボジア国境の難民キャンプに入り、その後タイ、ラオス、カンボジア、アフガニスタンなどで活動。2006年11月よりJVC代表。
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