アベノミクスはデフレ対策を行い、国民の所得を向上させ、日本経済を回復させると歌っている。その3本の矢は首相官邸のウェブサイトによるとこうである。
1、大胆な金融政策 2、機動的な財政政策 3、民間投資を喚起する成長戦略
アベノミクスに多くの日本国民が〜低所得層を含めて〜前回の参院選で投票したのはアベノミクスに社会主義的な、あるいはケインズ的な差別のない景気対策を期待したからと言えよう。その効果があらゆる層に広く行きわたるという期待からだった。アベノミクスの3本の矢の最初の2本は確かにケインズ主義的な総需要を喚起するための政策であり、別段真新しいものではない。金をばらまく政策であり、バブルを起こす政策である。
その結果、何が起きたか。
1、株価が上がり、株式を保有している人や企業や政治家は多額の利益を得た。しかし、株などを持たない多くの低所得者層は利益を得られなかった。安倍政権は株価引き揚げの為に、日本国民の老後の蓄えとなる年金の運用も先の読めない株への投資につぎ込もうとしている。
2、円のバラマキの結果、円安になったため、輸入価格が上がり、燃料や食料品などが上がったほか、消費税も5%から8%へと上がり、実質所得は目減りし生活は苦しくなった。実質所得が伸びない、悪しきインフレである。
3、大企業の生産拠点の海外移転の傾向は続いている。外国で稼いだ大企業は利益を内部留保し、庶民にはほとんど還元されていない。つまり製造業の国内回帰は起きておらず、付加価値の高い製造業→給与が比較的低いサービス業へのトレンドが続いている。これはアメリカで1980年代に始まった製造業の空洞化と同様の事態である。
4、軍需産業と原子力産業に政府は期待を寄せている。これは軍事ケインズ主義であり、戦争中毒になったアメリカと同じ傾向が見て取れる。そのことは憲法九条の解釈改憲とセットになっている。軍事ケインズ主義に陥れば戦争を必要とする経済になってしまうため、戦争の絶えない国となり、一方で財政が苦しくなり福祉水準は切り下げられる。記憶に新しいように米国は国家が経済破綻する寸前にある。人の命を経済成長の犠牲にする発想である。そして小さな政府・民間活力というスローガンとは裏腹に構造的に多額の税金を特定企業に投じ続けることでもある。
5、以上のトレンドから大企業と中小零細企業の差が拡大し、庶民と富裕層の差が拡大している。さらに大企業の中でも一部の大企業へと利益の偏在が加速している。消費の低迷はその表れであり、庶民がアベノミクスで将来豊かになると思えば物を買い、投資を行うはずだが、そうなっていない。明らかに将来不況が拡大する恐れを抱いている。特に高齢者の多くは年金の実質が目減りして生活が苦しくなっている。日本国民の4人に1人が65歳以上である。 そして実際に7月〜9月期のGDPの対前期比の成長率がマイナス1.6%(年率)であることが発表された。これは消費税8%への引き上げでどっと低迷した4月〜6月期よりもさらに景気が冷え込んでいる事態である。これはアベノミクスが失敗していることを示すものだが、さらには経済発展を至上命題にしてきた日本経済のあり方を転換する時期に来ていることでもある。
6、第三の矢が見えない。これはアベノミクスを支持してきた経済学者からも指摘されていることである。第三の矢がなければ金をばらまいただけに終わる。それはつまり財政難のつけが消費税などの引き上げの形で国民に跳ね返ってくることだ。株高で利益がある層には大きな問題ではないが、株高の利益のない人にとっては所得が奪われていくのと同様である。富裕層や大企業への課税の累進性を強めれば貧富の格差は是正されるが、消費税で国民全員から徴収することになれば結果的に貧困層になればなるほど痛みが大きくなる。
7、大企業が生産施設を海外に移し、その一方で自由貿易を推進しているため、海外から低賃金労働の反映である格安商品が流入し、日本国内のデフレのトレンドは変わっていない。円安でその分少し輸入品が割高になっても、デフレ脱却の道とは言えまい。日本国内に設備投資が行われて付加価値の高い生産が国内で行われて初めてアベノミクスによる真のデフレ脱却となるがそこまでの大きな変革が起きていない。マスメディアでは一部の企業の活躍が取り上げられることがあるが、日本全体を変えるくらいの大きなトレンドにならなくては成功とは言えないだろう。低開発国に製造ラインが移転されても、日本国内に新たな付加価値の高い産業が起きてイノベーションを伴ったものであれば突破口になったかもしれないが、それは1990年頃から20年来掲げられてきたが実現できていない、古いスローガンである。
こうしてみると、アベノミクスは1980年代に推進されたレーガン政権によるレーガノミクスに本質的に近いことがわかる。レーガン政権の場合はデフレではなく、インフレとの戦いだったが、意外にも両者の経済政策は似ている。それは新自由主義という点においてである。 レーガン政権が推し進めたのは規制緩和であり、民間活力を歌った。小さな政府を推進し、福祉予算を削る一方で大規模な法人減税を行った。この時代にGMなどの工場の海外移転が加速し、製造業の労働者が解雇され、これらの人々が所得の低いサービス業に流れていった。また小さな政府を歌いながらも巨額の軍事投資を行ったため、税収が減少する中で財政赤字が拡大した。所得格差は広がり、中流層が減り、今日の1%対99%の格差社会を生んだ。米国では医療保険に加入できない人が4000万人以上に及んだ。さらにこの時期、不況で新聞社が次々と調査報道チームを解散・縮小し、報道力が大幅にダウンし、政府をチェックする機能が低下した。そのことはイラク戦争への道を開いた。
安倍首相は今がアベノミクスの正念場であと少し我慢すれば景気が回復すると言っているが、企業のトレンドが空洞化であることや、第三の矢が見えないことなどからその行方には厳しいものがあると言えよう。これまで2年間、第三の矢を訴えてきた安倍政権だが、未だにその中身が見えないばかりか景気は悪化の一途をたどり、さらに10%に将来税金を引き上げることになるのだ。その一方で企業減税を行うとしている。この先、日本は貿易赤字から脱却できなければますます円安になり、輸入価格は高騰するが、労働者の賃金は伸びないため、悪しきインフレに陥る危険がある。アベノミクスの「3本の矢」と言っているのは総理官邸であって経済記者は3本の矢以外の経済政策を見落としてはいけない。
レーガノミクスの所産は財政赤字と貿易赤字である。
以下はレーガノミックスの場合。
・ 強いアメリカを標榜し、軍需産業に巨額を投入 ・企業減税 ・規制緩和(民活) ・所得税の累進性を弱める ・福祉削減
一連の結果として。
・製造業の空洞化 ・中流階級の減少 (製造業→サービス産業へ) ・貧富の格差が拡大 (法人減税と所得税の累進性を弱めた結果) ・財政難 (巨額の軍事費) ・貿易赤字拡大(減税しても国内製造業への投資に回らなかった) ・ドル安(1985年にプラザ合意) ・戦争の絶えない国に(退役軍人の医療費が増大)
アメリカは80年代のレーガノミックスを経て、次第に「モノを作らない国」に変化していった。「規制緩和」(米国の成長戦略)で生まれた米国最大の産業はゴールドマンサックスに代表される金融業であった。規制緩和で銀行と証券の垣根を取り払った米国の金融業は金融工学を駆使し、挙句の果てには出鱈目な不動産金融を支える債権を乱発し、世界経済をおかしくするに至った。日本も今、同じ道を歩もうとしているかに見える。だが、米国がリーマンショックの後に再生しつつある理由はヒスパニックを中心とした若い移民の力を導入していること、ドルが基軸通貨であること、日本のような少子高齢化が進んでいないこと、人口が3億数千万人いて米国自体が巨大な消費圏であること、石油や天然ガスなどの資源が豊富にあることである。日本が米国流をマネして痛手をこうむった場合はこのようなメリットはないのだ。
ではアベノミクスでなぜ空洞化が止められなかったし、これからも止められないのか。その論考が以下である。
■グローバル時代の「ルイスの転換点」 〜アベノミクスの弱点〜http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201306070012005
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