父は3.11の前年5月に亡くなった。生きていれば、91歳になっていた。しかし、父は敗戦が1日でも延びていれば、21歳の若さで命を落としていたし、私を含め4人の兄弟も生まれてはいなかった。
父はお酒を飲むと、「戦争がもう少し長引いていたら、お前たちは生まれてはいなかった」が口癖だった。幼い私が「何故戦争に反対しなかったの?何故、特攻隊に志願なんかしたの?」と聴いても、「そんなこと言える時代ではなかった」と言うだけで、それ以上は口をつぐんで話さなかった。私は、もう少しというのは1週間位だと漠然と思っていた。
娘が高校生の夏休み「おじいちゃんたちに戦争の話を聴く」という宿題を新潟の父にぶつけた。隣の部屋から聴こえてくる話に私はびっくり。父は、沖縄に上陸している米国空母を叩くために、平壌から8月の15日に出撃予定だったと言うのだ。その後、どのように命からがらで日本に帰り着いたかなどの話が続いていたが、私はショックで呆然としていた。私は何てラッキーな人間なのだろうと。それまであまり、自分の人生を幸福だと感じたことはなかったけれど、私の出生そのものが幸福の塊だったのだと思うと、人生が違うものに見えてきた。
実は父は酒乱だった。物心ついた頃から父は暴力で家族を支配していた。町役場の職員だったが、写真が趣味で、様々な写真雑誌で賞をもらい、我が家の家電製品はほぼ父の副賞だった。学校の遠足や旅行、運動会全ての行事に父は同行し、写真を撮っていた。無声映画の弁士になるのが夢だったと言う父は、私の写真や8ミリを撮っては、他のアニメーションフィルムなどと近所の人を集めては見せていた。同級生は私の父親を慕い、私を羨ましがった。 小学3年生の作文で私は父親の暴力を暴いた。すると、提出したその夜、酔って帰った父親は私を起こしいつにも増して暴力を振るい、私の作文をなじった。その時にはわからなかったが、おとなになって謎は解けた。父は新潟県の教員の研究発表会などで優秀な教員を見つけては、自分の子どもの担任にしていたのだ。その教員が父に私の作文を教えた。また、遅刻しそうになった私が走って学校に行った日も、見た人が父に通報して殴られた。その頃から夢は「町を出ること。父の支配から逃れること」。
父との距離をずっととっていた私は、イラク戦争の退役軍人のPTSDが問題になった時、父も戦争の犠牲者なのだと理解した。生き残ったけれど、戦闘には参加しなかったけれど、軍隊で上官からの暴力にさらされ、死ぬための飛行訓練をさせられ、「天皇陛下のためにいつでも死ぬ」覚悟をさせられ、遺書をしたため、遺体が残らない特攻隊ゆえ、遺髪を切り、爪を切り、封筒に入れて死を覚悟して朝を迎えた。そんな精神状況に置かれていた父。ヒロポンという麻薬が蔓延していたとも言っていた。みな、精神を病んでいたのだ。そしてお酒に救いを求めてしまうのだ。
私は、父を許そうと思った。翌夏、温泉旅行をした折、家族が揃った旅館で、「幼い頃から暴力を振るわれ、一生お父さんを許すことはない、と決めていたけれど、お父さんは戦争の被害者なのだとわかった。だから許してあげる」とハグをしてあげた。帰省した際も帰る際も母やおばあちゃんとハグをする私の姿をいつも寂しそうに見ていた父親は本当に嬉しそうで、目には涙が。
父が亡くなる前に許すことができて本当に良かったと、父のことを思い出す度に思う。そして、父が言っていた、「声をあげることができない時代」にしないよう、戦争法案を阻止しなければいけないと強く思う。
寄稿 : 木村結 東電株主代表訴訟事務局長
※PTSD 「(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)は、強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、こころのダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じるものです。震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因になるといわれています。」(厚生労働省)
※3・11=2011年3月11日、東日本大震災の日を差す
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