本書は2013年に講談社から発行された民主党のリーダーのひとり、長島昭久氏の著作である。タイトルでもわかるように、長島氏は民主党議員の中で、外交・防衛問題を中心的に扱う議員である。民主党政権時代は防衛副大臣や防衛大臣政務官などをつとめている。本書では長島氏の基本的な「リアリズムの政治観」が、どんな風に芽生え、米国留学でどのように発展してきたのかが率直に書かれている。
そこには、カート・キャンベルやズビグニュー・ブレジンスキー、リチャード・アーミテージ、ジョセフ・ナイ、マイケル・グリーンら、アメリカの中国封じ込め政策の立案者たちとの濃密な関係がある。特に、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)を修了後、米国のシンクタンク「外交問題評議会(CFR)」の研究員に日本人として初めて採用されたことを誇らしげに紹介しているが、前出の人脈の多くはこのときの賜物とされる。
本書で最も面白いのは本の中心に位置する第二章と第三章であり、そこには中国の覇権をめぐる現実と、その中国と米国がどう関係しているか、が説明されている。いずれも中国の軍事大国化への警戒が長島氏の最も大きな政策上の関心事項となっていることがわかる。政治学者、ハンス・モーゲンソーの政治リアリズムの立場に立ち、東アジア地域の勢力均衡を目指す立場から、中国の覇権をいかに封じ込めるか、ということが政治家、長島昭久氏の核心であることがわかる。
このような長島氏は本書でも明かされていることと、2012年の衆議院選挙での毎日新聞のアンケート調査を突き合わせると、以下のような政策の信奉者であることがうかがえる。
・憲法改正を目指す ・憲法9条の解釈改憲を認め、集団的自衛権を認める立場 ・「積極的平和主義」という国家目標 ・TPP参加(経済上の観点だけでなく、日米同盟の立て直しを目指す) ・沿岸途上国へのODAの戦略的活用 ・中国を取り巻く国々との連携の強化 ・海洋国家としてシーレーンの強化 ・普天間基地の辺野古への移設を認める立場 ・原発再稼働を容認
これらを見ると、長島氏の外交防衛政策は安保関連法案の法制化を今進めている安倍政権の考え方に極めて近い。というより、ほとんど違いを見るのが難しいくらいと言わざるを得ない。実際、長島氏は本書の中で麻生太郎氏の「自由と繁栄の弧」と、安倍首相の「安全保障のダイアモンド」構想を示してこう書いている。
「麻生、安倍ふたりの首相が描いた日本の外交・安全保障戦略。地政戦略的には私の考え方とほぼ一致しています」
そもそも、本書の中で、長島氏が政治に足を踏み入れるきっかけとなったのが自民党の石原伸晃議員の1990年の衆院選挙の選挙運動を手伝い、石原議員の公設秘書をつとめたことだったとあり、石原家との深い絆に触れているのである。
今、日本では集団的自衛権を土台にした安保関連法案への強い反対運動が全国各地で起きている。しかし、いくらデモが高まっても現実の政治の構造が変わらなければ出口がないことになりかねない。二大政党制を進めるために設けられた小選挙区制で生まれた民主党は今でも野党第一党なのだが、その重要な外交・防衛政策が与党・自民党とほとんど変わりがないのであれば国民に政治の実質的な選択肢がないと言っていいだろう。二大政党を任ずるのであれば政策に違いがあり、国民が選択できることが必要なのだ。
2009年の衆院選で民主党が自民党に圧勝して政権が交代したとき、最初に登場したのは鳩山首相だった。鳩山氏が当時率いた民主党は選挙のとき普天間基地の県外移設を公約に掲げていた。当初は選挙時の公約に近い形で自民党との違いを打ち出そうとしていた民主党だが、外務官僚のサボタージュなどがあり、公約が実現できないまま鳩山首相は退陣し、菅直人、野田佳彦へと政権が移っていく。そして野田政権に入って、原発の再稼働や、TPP交渉参加など、民主党政権は当初の政策から大きく転換することになった。
長島氏は野田政権発足の時のことをこう記している。
「野田政権発足に際し、私たちは大方針を定めました。これは、久しぶりに本格的な「ドクトリン」と呼ぶべきもので、3つの柱からなっています。1つ目が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を中核とする経済連携、貿易と投資のルールづくり、2つ目が安全保障、とりわけ海洋のルールづくり、3つ目がエネルギーをはじめ戦略資源の安定供給のためのルールや仕組みづくりです。・・・・これによって、明確に、鳩山政権時代にめざしていた「東アジア共同体」構想、つまり中国を中心とする秩序に米国抜きで不用意に入っていくという考え方と決別したのです。」
民主党政権が変わっていった背景には野田政権発足時に、民主党内でこのような明確な政治的方向性の変更があったのだ。野田政権の時はもはや自民党と違いがわからない政権になっていたと多くの国民は見ているはずである。その民主党への怒りは2012年12月の衆院選挙で、「民主党政権にお灸を据える」という形で自民党圧勝につながり、安倍政権が発足することになる。
民主党の長島議員には学生時代から培ってきた政治見識や防衛観があることは理解するし、それは自由なのだが、二大政党で政策が分かれていない、あるいはほとんど同一である、ということは国民の立場にたてばまったく不条理な事態なのである。ドクトリンのクオリティがどうという以前に、国民の投票権を実質的に無効にしているからである。もちろん、日本国民の大半が自民党や民主党の長島議員のような考え方を受け入れていて、問題はどう実現するか、というノウハウの違いというのなら、そういう二大政党でもよいだろう。しかし、今、日本中を見ればわかるように、全国で安倍政権の安保関連法案に対する反対運動が高まっているし、世論調査でも反対が多数に上っているのである。
確かに中国の軍事大国化を苦々しく思っている人も少なくないだろう。しかし、それとどう向き合うか、ということについては自民党や民主党の長島議員のような軍事力を要とする封じ込め政策とは違ったアプローチを考える人も国内には少なくない。今、安保関連法制に反対している人々、集団的自衛権に反対の人々、そうした人々の多くもそうではないだろうか。こうした声に答えられる政党が二大政党の1つになかったら、日本の小選挙区制の選挙は極めて無意味な儀式以外の何ものでもないだろう。このことを長島氏はどう考えるだろうか。
村上良太
※長島 昭久(1962年-)民主党所属の衆議院議員 防衛副大臣(野田第3次改造内閣)、防衛大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅内閣)等を歴任。
※2012年衆院選挙の時の長島氏へのアンケート調査(毎日新聞)http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A13021002002
※アジア太平洋新秩序へ連携=平和と繁栄に「役割と責任」―日米首脳、共同声明発表(2012年5月、野田佳彦首相、訪米時) ウォールストリートジャーナルによる。
http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-435452.html
■堀江湛・岡沢憲芙編 「現代政治学」(法学書院) 早稲田・慶応出身の学者が集結 二党制の神話にメスを入れる
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508170231531
■飯坂良明・井出嘉憲・中村菊男著「現代の政治学」(学陽書房) 小選挙区制が有効に作用するには条件があった、だがそれは導入した日本にはなかったものだった
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508240138091
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