最近ではいろいろと、良い面悪い面が取りざたされることが多いですが、フランス料理にとってなくてはならない食材、それが「フォワグラ」です。賛否両論ある中で、今回は勇気を持ってフォワグラについて書くことにしました。
書籍で呼んで知ってはいたものの、実際にフォワグラを食べたのは、修行時代にシェフが焼いたものを食べさせてもらったときでした。今でもわすれない、衝撃的にうまかったことを覚えています。フランス料理人にとって憧れとも言うべき食材。それを始めて口にした僕は、どうしても、この衝撃的な美味しさを、たくさんの人に届けられる料理人になりたいと、16歳のあの日につよく強く思ったのでした。
フォワグラ・・・ 一言で言えば、それは人工的に肥大させた鵞鳥または鴨の肝臓です。 ご存知の通り世界三大珍味として広く一般に知られています。普通に育った鴨や鵞鳥の肝臓を取り出しても、フォワグラほど大きくはありません。カヴァージュという毎日トウモロコシを食べさせて太らせる工程を経て、脂肪肝を作ります。それを取り出したものがフォワグラです。以前は鵞鳥のものが主流でしたが、今では鴨のフォワグラの方が生産量は多くなっています。
この強制的に食べさせると言うところが問題にされるところなのですが、やみくもにいっぱい食べさせても、食べられるものではありません。生産者の深い愛情がなくては、おいしいフォワグラにはならないのです。 フォワグラに使うガチョウや鴨は伸び伸びと育てなくてはなりません。雛のうちは広いところで、すくすくと育てます。適度に成長した後、日に何度かとうもろこしを食べさせる作業に入りますが、イメージするように無理やり押し込むようなものでもありません。口に入れた管からとうもろこしが入るときはやさしく喉をなでてあげます。そうしてするすると食べてもらえるわけです。和牛を育てるときも狭い牛舎で運動を極力させないようにして、穀物をたんまり与えますが、発想は似た感じかもしれません。
フォワグラの作り方はこれくらいにして、料理の話を。
最近はネットでも手軽に買うことが出来る様になってきたフォワグラですが、これをひとつの皿に仕立てようというとき、大きく分けて冷製と温製の2種類フォワグラの料理があるといえます。僕自身はこれまで鵞鳥のものはあまり使っていません。鴨のほうが僕には使いやすいというか。フォワグラについて鴨が良いか鵞鳥が良いかという話は、フランス料理人にとっては永遠のテーマと言えるもので、古来より議論は尽きません。鴨だ、いや鵞鳥だ、冷製は鵞鳥だ、温製は…と言った風に、たくさんのシェフが自分のスタイルに合わせて選択し、いろいろなかたちで使い分けています。
冷製料理の伝統的な手法のひとつはテリーヌと呼ばれるもので、できるだけフォワグラの原形をとどめるように、薄皮と血管を取り去り、四角いテリーヌ型に隙間なく詰めて、酒や調味料で香り付けし、型ごと加熱して冷やしたものです。冷蔵庫で寝かせて、マーブル状の綺麗なグラデーションに仕上がったテリーヌは薄く切って食べると、ねっとりしてとても味わいのあるものです。フランスでは定番ともいえるポピュラーな料理で、それこそ家庭ごと、レストランごとのこだわり、やり方でそれぞれのフォワグラのテリーヌをつくっています。パリの空港のお土産屋さんでもフォワグラのテリーヌの缶詰は人気商品です。僕も修行時代はシェフに小突かれながら、徹底的に作り方を仕込まれた料理なので、やはり思い入れがあります。
70年代の地方のフランス料理はその地方の伝統を重んじ、パリでは最先端のハイブリッドな料理を提供する傾向があり、私の修行先のシェフはフランスの地方に修行経験を持っていた人だったので、伝統料理の代表とも言えるフォワグラのテリーヌには格別の拘りをもっていました。とにかく時間が勝負だと教えられ、手早く確実に、フォワグラの脂肪分が手の体温で解け切る前にすべての工程をすませろと、厳しく仕込まれたものです。湯煎でゆっくりやさしく火を入れて、冷却してから3日冷蔵庫で休ませたあたりから、商品としての価値が出てきます。出来立てはそれぞれの味が立ってしまってまとまりがないので、どんなに急いでも、日単位で休ませる時間が必要なのです。こうして作られたテリーヌは切り出して、素朴なパンと共に食べるとしみじみとした鳥の油脂のうまみがあって、非常においしいものです。サラダに使えば豪華な前菜になりますし。他の肉や、野菜と組み合わせてリッチな前菜にしてもいいものです。裏ごししてソースに溶かし込んで濃度付けにも使うと、コクのある風味豊かなソースができます。その使い方はまさに無限大。フランス文化を代表する料理の面目躍如といったところです。我が家でも年に数回の楽しみとして、休みの日の朝にフォワグラを前にして、食材とフランスの伝統を楽しみながらじっくりと仕込んで作り、友人たちと数日かけて消費することもあります。
温製料理の代表はいわゆるソテーと呼ばれるもので、切ったフォワグラをフライパンで香ばしくしっかり焼き、ソースとともに味わう料理です。通常はコクのある甘いソースを合わせるのが定番で、甘酸っぱいフルーツで仕立てることもよくあります。きれいに焼きあがったそれは、切ったときにとろりとして、口に運ぶと何とも言えない脂の風味と香りが口いっぱいに広がり、そのあとにすっと溶ける、はかないけれど濃厚な味は癖になってしまいます。肉厚に切って焼くとさらに濃厚で美味しいのですが、火通しがとても難しくなります。熱くなりすぎて中の脂が液体状に溶け出しては失敗、火がうまく入らず、冷たくても失敗という厄介な料理ですが、コツをつかめば非常に簡単で、手軽な料理です。修行時代の僕も最初は試行錯誤の連続で、すかすかに焼いてしまったり、逆に冷たかったりして、悔しい思いは何度かありましたが、好きな食材だからこそ、もっと上手になりたいと思えるものです。料理も人生もそうですが、何度失敗しても、愛情を持ってひとつずつクリアしていくことでコツはいつか必ずつかめるものだということは、フォワグラ料理の火通しを介して知ったような気がします。
温製料理の究極はやはりフォワグラ1個を丸ごとローストした料理でしょうか。ソテーの丸ごと版といえばわかりやすいかもしれません。塊のフォワグラをオーブンで焼き上げた料理で、フォワグラの生産地などでは結構昔から作られています。パリッと焼色をつけて焼き上げれば、ソテーのときよりも旨みの流出が少なく、豪快で、ご馳走感が増します。僕の妻もこの温かいフォワグラ料理は大好きで、定期的にリクエストがあり、ちょっとしたご馳走を食べたいときやゲストを呼んだりするときなどに作っています。もちろん安くはありませんが、最上級の牛肉や尾頭つきの鯛などに比べれば、価格的にも家庭で意外と手を伸ばしやすい食材ではないかと思います。冷凍保存しても魚介類に比して劣化が少なく、扱いやすいです。そんなにたくさん食べられる食材でもないので、意外と家庭向きかもしれません。今日は外出でなく家庭でゆっくりしたいという時、パートナーとワインをあけて、家庭でフォワグラを楽しむというのもありかもしれません。伝統的にはソーテルヌという極甘のワインを合わせることが多いですが、個人的には、舌をさっぱりと流せるシャルドネ種のぶどうを使った白ワインを合わせることが多いです。
そんなわけでフランス料理人にとっては緊張する食材でもありますし、また、これぞフランス!といった食材でもあります。なにより、コレをあつかう時の高揚感がフランス料理人の僕にとっては間違いなく幸せな時間であることは確かです。
寄稿 原田 理 フランス料理シェフ ( ホテル軽井沢1130 )
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507250515326 ■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507282121382 ■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508021120200 ■「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508131026364 ■「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508272156474 ■「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509051733346 ■嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509112251105 ■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509202123420 ■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
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http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511040056243 ■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511271650435 ■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601222232375 ■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603031409404 ■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603172259524 ■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604300026316 ■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607061239203
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