今日はしっかり料理を作りこんで、愛妻や仲間たちと食卓を囲みたい、という時の夕食に必要なのがデザート。美味しいデザートは食事の最後を甘美な時間で締めくくってくれます。レストランで締めに提供するデザートだと和やかさも大事ですが、どちらかと言うと、それまでの料理よりも華やかにと意識して作り、提供することが多いのですが、家庭ではフィナーレは和やかに。これが家庭とレストランのデザートを分けるポイントかもしれません。
僕もデザートは大好きですが、普段の家庭での食事でデザートまで用意することはありません。ただ、塩味中心の食事の後にはなにかしら甘いものが欲しいので、妻との食事を終えた後に、お茶を入れ、チョコレートやクッキーなどは日常的に食べています。肉中心の料理のあとは特に甘いものが欲しくなるようで、これはたんぱく質をしっかり摂ったあとには、糖質が欲しくなる体の反応なのかもしれません。日本食の場合だと糖分を使った料理はコースの最中にもありますが、フランス料理は基本デザートまでは砂糖を使った甘い要素は入っていないので、このあたりも文化の違いなのだと思います。思い返してみれば、家庭で食べる和食のあとにはデザートがあまり欲しくならないのです。なので、必然的に家庭でフランスの家庭料理を皆で食べると言ったときに、デザートは作っているような気がします。
前菜をみんなでつまみ、メインデッシュをたいらげて落ち着いた後、皆で取り分けるデザートが食卓にのぼると、歓喜の声があがります。笑顔で食べるデザートは、どんなときでも特別。ケーキやムースを分かち合う瞬間の喜びは、料理とはまた違った楽しみがあるものです。家庭でのデザートは素朴で、やさしく、胃にもたれない、フランスのおばあちゃんが古くから作っているようなレシピが理想です。焼いて切っただけのタルトや大きなプティング。おおぶりのミルフィユなど、見た目は焼きっぱなしの無愛想極まりないデザートですが、そこには気取りのない、しみじみとしたやさしい、滋味あふれる美味しさがあるように思います。
フランスのデザート、特に焼き菓子類は素朴なものほどしっかり焼きます。それはもう焦げる寸前まで徹底的に焼き色を付けます。こんがりキツネ色と言うよりは黒に近い茶色です。芯までしっかり焼くことによって、バターや小麦粉が色ついて香りがしっかりと引き立ち、野暮ったくない、やさしい味になるのです。あまりごちゃごちゃと手間はかけないけれど、大事なポイントはしっかり押さえる。これが特徴でしょうか。甘みはもちろんしっかりと。お茶やコーヒーの香りに負けないくらいちゃんと甘いのが理想です。最近は甘さ控えめな傾向がありますが、メインや前菜が甘めの料理でなければ、しっかりと甘いデザートのほうが印象に残りやすいかもしれません。
いちばん手軽に作れるのが、最近はどこにでも売っているようになった冷凍のパイシートを使ったミルフィユです。パイ生地をオーブンシートにはさんで重石を載せてオーブンに入れて焼き、中心まで火が入って香ばしく色つき、薄いパイの中に何層もの薄い生地が重なって焼ければ成功です。ミルフィユの意味は「千枚の葉」。木の葉が何十にも重なるように焼きあがった様子を表したお菓子です。フランス人のこういった美しい名前のつけ方はとても素敵だと思います。中のフルーツはイチゴを想像する方が多いデザートだとは思いますが、イチゴをタイミングよく入荷しておくのは難しいものです。なので、我が家はもっぱらバナナのミルフィユです。皮を剥いたバナナを無塩バターと砂糖で香ばしく焼き、ラム酒を一振り。これを先のパイに挟んで、市販のチョコレートシロップをかければチョコバナナミルフィユの出来上がり。パイだけ先に焼いておけば、メインを食べた後に取り掛かっても10分くらいで出来上がるので、よく食卓にのぼります。さくさくのパイと、しっとり薫り高く焼いたバナナとラムの香りが相性ばっちりの、手軽で豪華に見えるデザートです。冷凍庫にバニラアイスがあればひとすくい添えるとさらに豪華です。もちろんイチゴが安くて美味しい時期はイチゴとカスタードクリームのミルフィユも王道の美味しさです。妻が一番好きなデザートもこれで、時間のあるときはよく作るのですが、中のクリームやフルーツをかなり頑張って作っても、褒められるのは大体かりっと焼けたパイ皮が多いです。妻にとっては、イチゴやチョコレート、バナナよりもパイのほうがいいようで、僕としては喜んでいいのか、悲しんでいいのか…。リクエストが多いデザートなので冷凍パイシートを常備しています。
僕が料理人になると決めたとき、一番最初にチャレンジしたのがカスタードプリンで、始めて作った16歳の秋には大失敗し、焦げた炒り卵のようなものになってしまった、苦い思い出を伴うデザートです。これは蒸し器があれば比較的簡単にできるのですが、キャラメルソースを作るのはちょっとコツがいります。そこさえクリアすればあとは材料を混ぜて弱火で蒸すだけ。市販のココアパウダーを入れてチョコレート風味にすれば、少し変わったデザートに。大きな型で作り、思い思いに皆ですくって食べれば、記念日に食べてもいいものです。大きな声で妻には言えませんが時間のない記念日はだいたいこれでごまかしている気がします。
ところで、デザートを添えたディナーを用意するときは、デザートを一番に作り始めます。デザートは焼いたり、蒸したり、火を入れた後に冷やして食べることが多いので、最初に作ってきちんと冷やすことが重要です。中途半端な冷えでは魅力半減、型崩れも起こしやすいです。先に作って冷蔵庫に入れておけば提供も楽です。肉や魚を食べ終わって、おもむろに食卓に載るデザートはその場の空気を変える力があるように思います。たまに外で買って食べるケーキももちろん美味しいけれど、家庭で作る朴訥なデザートも、手作り感にあふれ、また違った魅力があります。
デザートを添えた夕食を毎日つくるのはとても難しいですし、カロリーも多すぎますが、週末の時間のあるときに挑戦して、家族や仲間と食べるのも生活の楽しみとなりえるのではないかと思います。
寄稿 原田 理 フランス料理シェフ ( ホテル軽井沢1130 )
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507250515326 ■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201507282121382 ■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508021120200 ■「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508131026364 ■「嬬恋村のフランス料理」5 衝撃的なフォワグラ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508272156474 ■「嬬恋村のフランス料理」6 デザートの喜び 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509051733346 ■嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509112251105 ■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509202123420 ■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201510212109123 ■「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511040056243 ■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201511271650435 ■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201601222232375 ■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603031409404 ■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201603172259524 ■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201604300026316 ■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201607061239203 ■「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201609142355513
■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201611231309133
■「嬬恋村のフランス料理」19 〜総料理長への手紙 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707261748033
■「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201707291234426
■「嬬恋村のフランス料理」21 コックコートへの思い 原田理(フランス料理シェフ)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201709121148442
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